19-7 第四楽章~悪党どものカプリッチォ!~
「やっぱ、つ、えぇ……!」
それから一分もしないうち、おれたちはピンチに陥っていた。
ミライが全力で神聖強化と回復を連発し、おれがポーションやボムで援護を続けてなお、イツカは押されていたのだ。
相手はこの作戦のリーダー、マルキア。
ジュディを『とりあえず形だけでもこうしないとだから』ということで拘束しようとしたところへ、ゆうゆうと現われ、斬りかかってきたのだ。
口調は軽いが、正直まるで格が違う。
増援の到着を祈りつつ、おれたちは絶望に近い戦いを続けていた。
「そうだろうそうだろう? これが一人前の軍人というものさ。
ジュディは今夜にでもすこし、鍛えなおしてやらないとねえ。
その後でお前たちだ。
お前たちはできのいい個体だからね、いろいろと役に立ってもらわないと」
「くっそ、誰が!」
「その威勢がいつまで続くかな?
『青嵐公』。あいつはお前たちを助けには来ないよ?」
「うそだ!」
「ホントだよ、マジ」
マルキアは攻撃の手を止めて、妖艶に笑った。
「実はねぇ。裏通りで拾ったΩ(オメガ)をちょうどいいからお出迎えに使ってみたんだ。
そうしたら『偶然にも』、あいつのもと教え子だったみたいでねえ!
いやあ、あいつの驚いた顔ったらなかったよ!」
おれはため息をついた。
どうせ時間稼ぎなのだろうが、悪趣味な大嘘だ。
しかしミライにはそうは考えられなかったようだった。
声を震わせ問いかける。
「そ、それで、お兄ちゃんは?! お兄ちゃんは、どうしたの?!」
「きくなミライ!」
「ああ、それがねぇ……
斬り捨てちまったよ、ずばあっと。
いやあさすがは『鬼神堕ち』の黒狼だ。情けも容赦もありゃあしないね。
まあそのすきに、あたしら総出で仕留めたんだけど」
「!!」
「ほんとうさ。なんなら警備カメラの映像見るかい?」
「ミライ。よくある心理攻撃だからね。
真にうけちゃダメだから。落ち着いて」
おれは震えるミライをぎゅっとしてやると、マルキアに向き直った。
「あなたたちの技術力なら、映像の捏造も可能だよね。
そして今あなたたちは敵。信用する意味がない。
その話はあとでゆっくり聞くよ。どうせあと一時間もすれば消えるアバターなんでしょ。たまには取調べ室にぐらい、来てみたっていいよね?」
マルキアは笑みを深める。
「おやおや、ずいぶんと強気になったものだねぇ、ウサギちゃん。
初めて会ったときには、えらく卑屈なザマでへたり込んでいたのに。
……まあ、今のツラの方がずっといい。
それじゃあ聞こう。奴は今どこで何をしている?
先陣を切ってここに来たはずの、奴は」
そのとき、右側からドン! とすさまじい音がした。
みれば、外庭に続いた大きな入り口から、噂の青キュウビが入ってくるところだった。
抜き身を手にしていい笑顔で。
おれの記憶では確かそこは、さっきまで壁だった気がするんだけど……まあいいか。
「『あいつらを保護させることにより、俺をこの場から確実に引き離す。』
その発想はよかったな。
だが、お前は俺たちを舐めすぎた。
ゲームオーバーだ。『小夜見II』のコントロール権限をよこせ。
そうすれば、バラバラになる前におうちに帰らせてやる」
先生の後ろには、ケイジ君とユキテル君、ルシード君とマユリさん、そしてライカを背負った憑依済みハヤトの姿があった――もちろん、全員無事。
さすがに無傷とはいかないが、まだまだ戦う力は充分のようす。
しかしマルキアは。
「クッ……ッハッハ!!」
喉をのけぞらせて、笑った。
「馬鹿だねえ。
忘れたのかい、『いまここにいるあたしたち』はただのアバター。そんな脅しは怖くもないよ。
しかしこいつを壊せば、権限者は『いなくなる』。『小夜見II』を止める手立ては失われる。
つまり最初から、お前たちの負けだったんだよ、この作戦は。
まあ、我々の要求にこたえてくれるなら、止めることはできるかもだけどねぇ?」
『青嵐公』が、ぎりりと歯を食いしばる。
「……何が目的だ」
『いや、その交渉に応じる必要はないよ、先生。
かれらは衛星を止める。止めなきゃならない。絶対に、だ』
そのとき壁の館内スピーカーが、聞き覚えのある声を吐いた。
「きさま、アスカ?!」
『ああ、警備詰所に来ても無駄だよ。
おれは館内のシステムを外からハッキングして話してるからさ。
まあ、ちょっと落ち着いて聞いてよ、みんな』
「……はっ?!」
おれとイツカ、ミライをのぞく何人かが声を上げた。
『おれね、考えたんだよ。
単に高天原に破壊工作したいなら、黙ってドーンと落とせばいいだけのことだ。
なんだってこんな、『引率一名、生徒十名だけなら止めにきていい』なんて、少年漫画みたいな舞台づくりをしたのかってね。
いや、正確には生徒だけじゃない。君は『研修生とメタモルソードドールもOK』と明言していた。
このことで確実に参戦が決まるのは『ミライツカナタ』と『白兎銀狼』。
けれど知っての通り、おれたちは君たちの将来の脅威ともなる『赤竜』とその付き人だ。
どうせなら素直に衛星で叩き潰せばよくないか。
それをわざわざ手間かけて引っ張り出すには、相応の理由があるはずだ。
『ミライツカナタ』はカンタンだ。ジュディはカナタを好きだから、どうあっても死なせたくなかった。ちがうかな。
けれど『白兎銀狼』は君たちとそこまで深いかかわりはない。となると、おれたちを殺したくない別の人たちが君たちの裏にいる。そんな構図が浮かび上がるわけだ。
そこまでわかれば、あとは簡単だ。
ライカに擬態してもらったんだよ。『ライカを持ち、おれを憑依させたハヤト』にね。
そうしておれとハヤトはここに残った』
アスカがそういえば、ハヤトの姿はぬるりと崩れ去った。
一瞬だけ、剣としての姿を現したかと思うと、あっという間に白のねこみみメイド服姿に変形する。
気の毒なことにケイジ君とユキテル君、ルシード君とマユリさんは口をパクパクさせている。
『さあ、もう時間もない。選びたまえ。
見せかけの勝利条件に拘泥し、依頼主の真の目的に背くのか。
それとも、真の敗北条件を満たさないために衛星を止めるか。
おれたちはここで待ってるよ。衛星の墜落地点である、高天原学園大グラウンドでね』
しばらくの静寂。
「……ハハハハハ」
破ったのは、マルキアだった。
「なかなかいい着眼点だったが……残念だねえ。
『我らに勝ったら止めてやる』なんていつ言った?
『我らに勝つことができれば、衛星の落下を止めることもできよう。』とはいったけどね。
つまり……止められないんだよ。
『小夜見II』は遠隔操作で『降下』していたわけじゃない。
あたしが犯行声明を出した、一時間前。最初の最初から緩やかに『墜落』していたんだ。
そりゃそうだろう? 特殊施設エリアの館内インフラをハッキングするようなトンデモハッカーやら、情報処理能力が異常すぎてΩ(オメガ)に落とされかかるようなもと情報屋やらがそっちにゃいるんだ。どんだけぶ厚いプロテクトかけたところでブチ破られるに決まってる!
つまり、これはハナから既定路線だ!
そう、この事態は、これを指示した依頼人の責さ。あたしたちにフォローの義務はない!!
どうせ何とかするんだろ、【規格外】ども。
我らはここで飢えた狐に身を食われつつ、高みの見物をすることとするさ!」
『………………』
ふつり、沈黙が落ちた。
数秒後流れてきたのは、くつくつという小さな笑い。
そして、にんまりとした笑顔が目に浮かぶような、満足気な声だった。
『そーかそーうかぁ~。
うんうん、貴重な証言ありがとー。
悪いね、そこんとこは最初からわかってたんだ。
だってそうだろ?
『特殊施設エリアの館内インフラをハッキングするようなトンデモハッカーやら、情報処理能力が異常すぎてΩ(オメガ)に落とされかかるようなもと情報屋やら』がここにはいるんだ。
ハッキングが『不可能』であることぐらいすぐに確かめられたし、そもそもその可能性はとっくに織り込み済みだ。
こっちには『銀河姫』と『青嵐公』がいるんだからね。
ま、キミたちはもうただの暇人だろ。仕事終わりにのんびりと見ておいでよ。おれたちの圧倒的華やかな大活躍をさ!』
気持ちよさそうにアスカが笑う。
だんだんどっちが悪党だかわからなくなってきたのは気のせいか。
『みんな、急いで高天原に戻って。
作戦第二部開始。『おこんがー!』のステージ終わり次第、フィナーレに演目追加。
『力技で衛星止めちゃうぞショー』を放映するよ!』
そのとき、ミソラ先生の声が割りこんできた。
『車を回したから、みんなそこで少しの間でも休んで。
あ、ノゾミ『先生』は縮地ですぐ戻るようにね! おしごとが待ってるから!』
「マジか…………………………」
先生は半笑い。
おれたちは(マルキアも含め)心からの同情の視線をノゾミお兄さんに向けていたのであった。




