1.2 ラストワンステップ、もしくはおれたちのもふもふな日常(2)
2019.10.14
描写を整理、イベント(イツカの牙チェック)を追加。『説明』を極力減らす形で改稿いたしました。
2020.02.25
魔法を漢字+ルビ書きに記載変更、あわせて一部表記をなおしました。
ちょこっと解説をつけました。
「っしゃ!」
イツカがぐん、と右足を蹴りぬけば、かかとの下で灰白色のオーブ――『斥力のオーブ』はぱりりと割れ、なかに込められたチカラが開放される。
『斥力のオーブ』のチカラ。すなわち、全方位にむけて『すべてを押しのける』チカラが。
イツカの細めの体も、思い切り押しのけられ、さらなる高みに吹き飛ばされた!
いや、正確には吹き飛ばされたのではない。イツカは自ら足裏を『吹かれ、跳んだ』のだ。
これにより実現したのは、大幅加速しての『二段ジャンプ』。
超大型にとっては完全に予想外だったよう。イツカを狙ったカマは、またしても空振り。
それでも、発生した衝撃波が、不運な大枝を切り飛ばした。
ミライが小さく悲鳴を上げる。やばすぎだ。あんなのまともに食らったら、バトル描写ふんわかのゲームとはいえ、痛いどころじゃすむ気がしない。
もちろんおれは、超大型の足元に、もう一発エアロボムを投げ込んだ。
スパイダーマンティスは、クモの前半分がカマキリになったようなモンスターだ。つまり、かれらの『足』は六本ある。
だから、たとえばそのうちの一本がやられたとしても、体勢を崩すことなんかはないのだが……
それでも、足元に注意を向けさせることはできる。
足元。すなわち、輝きながら上昇していくイツカとは反対側に。
はたして一瞬、超大型の注意が逸れ、イツカは無事に超大型の頭上をとった。
そのときイツカの全身は、手にした剣は、すっかり月色の輝きに包まれていた。
溜めによるパワーの昂ぶりのあかしだ。
金色にきらめくポップアップ――『パワーチャージ!』もそれを裏付ける。
やがて剣の刀身に走るラインの色が、青から赤に切り替わった。
溜めが臨界に達したしるしだ。
今こそ、イツカの必殺技を最大威力で放つチャンス!
今度はおれが、イツカに叫んだ。
「いまだイツカ!!」
「よっしゃあ、チャージ完了っ!!
いっけぇ、『ムーンサルト・バスター』あああ!!」
タイミングぴったり。イツカは上空に打ち上げた、いまひとつの『斥力のオーブ』の直下に到達していた。
くるり、本物の猫のような身ごなしで体を反転させると、オーブに足裏をつけ、一気に蹴り上げる。
もちろんイツカはふたたび『吹かれ、跳』んだ。
今度は、さっきとは逆に。
地上に向けて、まっ逆さまに。
空を蹴り、月色の衝撃波に包まれて跳ぶ、イツカの行く手に待つものは……
緑豊かなラスクの森。森の大地をはしる一本の街道。街道を覆った、石と土。
そしてそれらをがっしと踏みしめる、一体の超大型スパイダーマンティス。
かれらは、下手な軍隊などあっさり蹴散らす強敵だ。
しっかりと対策をしたAランクパーティーだけが、やっと渡り合えるレベルの怪物。
その両目が、ぎょろり。真っ赤に燃えて、イツカをにらみ上げている!
しかし、イツカに恐れる様子はない。
両手で握った愛用の剣に、そして自分の体に必殺の力をみなぎらせ、巨大な敵へ一直線。
『斥力のオーブ』の反発力、神聖強化で強化されたイツカ本人の力。そして、重力加速度。
それらをすべて重ねた必殺剣のまえには、巨大スパイダーマンティスの殺人カマも、まさしく『蟷螂の斧』でしかないからだ。
森を静寂が支配した。
そうして一秒、二秒――どおん!
あたりを圧する轟音とともに上がったのは、まばゆい閃光。
ついで、BP10000 Over Kill!!というひときわ大きなポップアップ。
その後ようやく現れた『ミッションコンプリート!』の文字と、鳴り響くファンファーレに、おれは大きく息をついた。
ちなみに、超大型の下の地面、すなわち街道は無事だ。
タイミングを合わせてミライが、地面に神聖強化をかけていたからだ。
『ムーンサルト・バスター』を無対策で使うと、その場にちょっとしたクレーターができてしまう。
せっかくボムの威力も調整したのに、そこをはずしちゃ意味がないのだ。
そんな兵器級のワザをぶっ放した本人はというと、反動のセルフダメージ3で着地を決めた。
もちろんミライのおかげだ――ミライはさきほど、イツカの方にも神聖強化を追加でかけていた。
装備も強化も魔物化もなしの状態で、最大HP3000耐久度730。そんなイツカのあきれた頑丈さから言えば、無修正のダメージ150さえ「いってぇー!!」で済んでしまうレベルにすぎない。
それでも……
「おつかれさま! イツカ、いま回復するねっ!」
「サンキュー、ミライ! 今日もありがとな!」
優しいミライは、至れり尽くせりのフォローをしてやる。
イツカにかけより、かわいい笑顔で即、回復。
するとイツカもいつもの笑みで、ガシッとミライをつかまえる。
そのまま、わんこを撫でるときのように両手で側頭部をわしわしわしっとすれば、ミライの巻きしっぽパーツが本物のようにパタパタパタ。
おれもさっそく便乗して、いぬみみの間をやさしく撫でながらお礼を言った。
「ほんとにありがとね、ミライ。
どうしてもアイテムだと無差別になっちゃうからさ、対象選択できる魔法はほんとに助かる。
ミライがいてくれるとほんとに心強いよ!」
「えへへ、よかったー!
ふたりの役に立てると、おれもうれしいっ!
おれ、もっとがんばるからね、ふたりとも!」
「おうっ!」
「いっしょにいこうね、高天原!」
「うんっ!」
イツカの、おれの「ありがとう」や「うれしい」が、白いキラキラにかわってミライに宿る。
すると、ピロリン♪ ピロリン♪ というかわいい効果音とともに、白くきらめくポップアップが上がった。
TP10、TP10。
ミライからおれたちにもキラキラがくる。
ピロリン♪ ピロリン♪
TP10、TP10。
ふんわり、胸が温かくなる。
このキラキラふんわりが、ミライはなにより大好きなのだ。
だからおれたちはこんなとき、全力でありがとうする。
そうすれば、ミライが笑ってくれるから。
っていうか、こんなときのミライは、リアルまめしばよりもかわいらしい。
だから、ついつい目いっぱい甘やかしてしまうのだ。
もちろんおれにはソナタがいちばんだけど、ミライも同じくらいにかわいいから。
それはイツカもおなじようで、幸せそうな笑顔でミライをモフってる。
「おーよしよしよしよしよしよしよしよし」
「ちょっ、あはは、くすぐったいよー! 耳はそんなにさわったらだめってばー! しっぽはもっとだめー!!
もー、そーゆーイツカにはおかえしなんだからー!! それー!!」
「ちょっ、あは、あははははっ、タイムタイムそこはあははは!!」
めっちゃ楽しそうにじゃれあう二人。おれも便乗したい、それはやまやまだったけど……
「ほらほら、今日はその辺にしよう?
ソナタとのデートにおくれるよ?」
「あー! そうだった!!
いそがなくっちゃ、ふたりとも!
いそいでドロップ回収して、いそいで達成報告して、アイテム換金と奉納してっ……」
「じゃー、最後のは今回よくね?」
このめんどくさがり猫は。両手でイツカのほっぺたを捕まえて、おれはにっこりお願いした。
「ね、イツカ? いいこだからあーんして?」
「……。」
しばしの沈黙ののち、観念した様子で口を開けるイツカ。素早く上くちびるをめくりあげれば、案の定。やつの犬歯はすこし、だが確実に人族の大きさを超えていた。
「わあ、またのびたねイツカ……」
「イツカ、いまのBPいくつ?」
「あが、あががが」
「そうだね、12万とんで149だよね? もう魔物化、始まってるよね?
TP100万近いのに、うっかり魔物堕ちなんてしたら馬鹿らしいよ。
おれかミライが、ミソラさんみたいな目にあうこともないとは言えないんだし。
っていうかこの大きさ、ソナタが見たら怖がるよ。だからいってこよ。ねっ?」
がくがくうなずくイツカの目が、ごまかしモードじゃないのを確認し、おれはやつを放免した。
「……とりあえずなんでお前はリアルタイムで1の位まで把握してんだよ俺のBP……」
「当然だろ? さ、急ぐよ回収!」
スパイダーマンティスが消えたあとにはもう、『スパイダーマンティスのカマ』とかの素材アイテムや、各種ポーションのびんなどの『ドロップアイテム』が浮遊している。
どうしてカマやハネ『だけ』がきれいな状態でパッキングされてるのか、どう見ても新品のポーションのびんが一体どこから現れたか、そもそもどうやって浮いてるのかとかは、突っ込まないのがお約束だ。
おれたちはいつもどおり、回収素材用のマジックサックにパパパッとそれらをつめこんだ。
忘れ物がないことを確認し、ミライが『帰還』の呪文を唱えれば、おれたちはもうミルドの町の門のそばに立っていた。
* * * * *
ミルドの町は『中世ヨーロッパ風異世界』ふうの石造り。もちろんその門も同様だ。
そしてそこには、これまた『中世(以下略)』ふうの門番が立っている。
といっても、彼は友達なんだけど。
明るい金髪と白の犬耳がトレードマークのアレン。昔からこの町に住んでいるミルドっ子だ。
「おう三人とも。そのようすだと成功だな?」
「もっちろん! 余裕で大成功だぜ!!」
「さすがだな! ありがとよ!」
アレンはおれたちをみつけると、笑顔で手を振ってくれた。
ヘルメットの穴からのぞく立ち耳をぴょんとさせ、イツカとパーン、とハイタッチ。
ふりそそぐキラキラと感謝の言葉で、おれたち三人をあたたかくねぎらい、迎え入れてくれる。
この町に来たばかりのころ、彼はすこし年下のおれたちに、何度も親切にしてくれたいいひとだった。
つきあいも年単位となったいまでは、すっかり友達同士。顔を合わせれば陽気に軽口をたたきあう間柄だ。
けれど、今日のアレンはちょっぴり寂しそう。
「たしかお前たち、そろそろTP100万達成だろ?
寂しくなっちまうな、こうして会えなくなるとかさ。
いや、そりゃめでたいんだけどさ……って悪い、今日は急ぐんだったな。
ソナタちゃんによろしくな!」
それでも、彼はすぐに気を取り直し、おれたちの背を押してくれた。
ありがとう、とお礼を言って、おれたちは駆け出した。
『TP100万』。それは、夢への切符の代金だ。
これを達成すれば、高天原にいくことができる。
高天原――『月萌国立高天原学園』に。
ティアブラのなかでなく、リアルに存在する学校だ。
そこは高給をもらいながら学ぶことのできる、エリートプレイヤー養成校。
つまりおれたちにとっては、大切なソナタの手術費用を稼ぎながら、大好きなティアブラのα(アルファ)プレイヤーを目指すことができる、夢のような場所である。
だからおれたちは、全力で依頼を受けてはこなしてきた。
TP100万を達成するために。
TPは依頼を達成すれば、お礼としてもらえる。
いい取引ができたり、ただ単に何かを喜んでもらえたときにもわいてくる。
『慈愛が導く感謝の涙』といううたい文句の通り、主に誰かの感謝によってもたらされるエナジーなのだ。
『守ってあげたい』という気持ちとかからも発生するから、プラスの感情の結晶と定義して差し支えないだろう。
これはただのプレイヤー評価の指標ではなく、神聖魔法の発動や、回復アイテム錬成に使われるMPみたいなものでもある。
さらに――これこそ『ティアブラ』最大の特徴なのだが――このTPは、ゲーム内外で通貨としても使われる。
ゲーム内では、全員が持つスキル『錬金術』により、まるいコインの形に結晶させ、店での支払いなどに使うことができる。
リアルでは電子マネーとしての利用や、リアルマネー『クレセント』との交換もできる。
つまりTPを稼ぐことは、ソナタの手術費用を稼ぐことでもあるのだ。
このセカイに生まれる前の記憶を、ほんの少しだけ持っているおれたちにとっては、ちょっぴり不思議なシステム。
けれど今はこれがおれたちの生きるリアルで、希望。
だからおれたちは、今日も精一杯がんばるのだ。
まずは、TP100万。そして、その先に待ってる夢に向かって。
今回のちょこっと紹介コーナー!
『スパイダーマンティスのカマ』
素材/アンコモン
見た目は、巨大なカマキリのカマ。
軽くて丈夫。
大型以上のものは、そこそこの武器としても使える。
『スパイダーマンティスのハネ』
素材/アンコモン
見た目は、巨大なカマキリのハネ。
軽く、意外に丈夫。
魔道具や装飾品の材料になる。
『ポーション』
消耗品
一回分の瓶入りの薬品。効果やレアリティはいろいろ。
『ポーション』とだけ言うと回復のポーションをさすことがほとんど。
なお、瓶はどこからか現れていつの間にか消える。
TP
プラスの感情の結晶。ふたつの用途があるポイント。
1.わざポイントとして使う
→神聖魔法や回復技を使う時に!
→回復や治療のアイテムを作るときにも!
2.お金として使う
→全員のもつスキル『錬金術』でコインに変え、ゲーム内での支払いに!
→月萌国通貨『クレセント』(=リアルマネー)と交換、お買い物に!
→そのまま、電子マネーとして!(ゲーム内外どちらでも。納税はこれで行います)
※100万ためて冒険者ランクAを達成すると、『高天原学園』入学資格を得られます。
※300万貯めると天使になるようです。