2-1 ようこそ、けもみみキャッスルへ?
2021.06.11
オーディエンス→オーディション
結局、ライムには何も言えなかった。
『カナタさん、お話って?』
『あの、……おれ。
もう知ってるかもだけど、高天原行き、決まったんだ』
昨日の朝。
おれは、いつもの通学路に出て、ライムに声をかけた。
すこし話がしたいから、後でも時間をもらえないか。そう頼むと、ライムはにっこり微笑んで掃除の手を止めてくれた。
『まあ! おめでとうございます!
カナタさんなら、できると思っていましたわ!』
『ありがと。うれしいよ。
それで、あの……』
朝もやの残る公園で、ふたりきり。
そのことを言うなら、絶好のシチュエーションだった。
はずなのに。
気づけばおれは、ミライのことを打ち明け、イツカとソナタのことを話し。
その他にはあたりさわりのない約束だけして、ライムを見送っていた。
『帰ったら、また話そうね。』
そんなの、約束でも何でもない。
ただ、ライムが絡めてくれた小指のあとだけは、いつまでもあたたかくて……
「……タ。カーナータ!」
そのとき、おれを呼ぶ声。
目を開ければ、イツカがおれの顔をのぞきこんでいた。
一張羅のジャケットを着こんで、シートベルトごと身を乗り出して。
「もう着くってよ、高天原」
「……ありがと」
星降園にやってきた送迎車は、なんとつやっつやの黒のリムジンだった。
その後部座席ときたら、絶妙の弾力と温かさ、そしてほどよい静けさにつつまれた、最高の居眠り空間。
そのせいでおれは、いつの間にか、眠ってしまっていたようだ。
窓を開ければ、さあっと、さわやかな風がふきこんできた。
深呼吸して、思いっきりのびをして、残る眠気を振り払った。
行く手にはもう、巨大な門が見えている。
ミルドの町の門に匹敵するような大きさと、美しい赤レンガが特徴的な、『月萌国立高天原学園』の正門が。
車が三台は並んで通れそうな門扉は、すでに大きく開け放たれて、おれたちを待っていた。
* * * * *
「はーい、お疲れ様っすー。じゃ、荷物下ろして寮行ってねー」
車の動きが完全に止まれば、若い黒服さんが、運転席から振り返って言う。
彼にお礼を言うと、おれたちは左右のドアから車外へ降りた。
そこで見たものは、ブレザーを着たけもみみの城だった。
ブレザーを着た、けもみみの城、だった。
うん、おれはまだ、寝ぼけてるんだな。
だがほっぺたをつねってみても、目をこすっても、なにをしてもそこは『ブレザーを着た、けもみみの城』だった。
いや、おれもこれは何かがおかしいんだと思う!
でも、事実そうとしか見えないんだから仕方ない!
リムジンの止まった『車止め』ときたら、ちょっとした城の前庭か何かのような広さ。
その向こうに見える建物は、どう見たって迎賓館に居城に宮殿。
それ以上に驚きなのは、そのへんにいる人たちの姿だ。
高天原学園の制服を身につけ、こっちを見ている少年少女たちには、ことごとくティアブラ同様のけも耳しっぽ、ときには羽根やヒレなんかが生えているのだ!!
「ね、ねえイツ……」
どうなってるのこれ? 思わずイツカを振り返ったおれだが、そこで絶句してしまった。
なんと、やつの頭にもいつもの黒い猫耳。ズボンの後ろからは黒しっぽ。
まさかと自分の体のわきに手をやれば、なじみ深いもふもふが指先に触れる。
まさかまさかと捕まえてみれば、それはいつもの水色のでかもふロップイヤーだった。
ロップイヤーからは、触れられた感じが伝わってくる。
周囲の物音も、ふだんよりクリアに聞こえているかんじがする。
試しに耳を動かそうとしてみるとぴこ、と動いた。
まるで、ティアブラの中にいるかのように。
いやいや、ここはたしかにリアルだ。そのはずだ。
ということはつまり、おれの『EXでかもふロップイヤー』が、ゲームの外なのに実体化し、装備効果までもたらしている、ということなのか。
戸惑っていると、やじうまたちの声が聞こえてくる。
『ねえ、あれ』
『驚いてる驚いてる!』
『新入生くるとああなるよねー、貴公子カナぴょんも例外じゃなかったか♪』
『まあねー、入学案内に書いてあったってびびるわ。
ティアブラのアイテムが実体化、おまけに効果も出ますとかさ!』
ええええ、と叫びそうになりあやうくひっこめた。
この距離、その音量。人の耳では絶対に聞きとれない。
いや、この『EXでかもふロップイヤー』でも、普通は内容まで聞き取れない。
これはあくまで『超聴覚』を得意とし、常日頃から使い続けてきたおれだからこそ、聞こえる会話なのだ。
つまり、かれらはおれに聞かれてるなんて知らずに話し、おれはそれを『盗み聞き』している状態ということ。これを明らかにするのはよろしくない。
ごまかしも兼ねて携帯用端末を取り出し、入学案内メールを確認した。
確かに、書いてある。
高天原学園の構内では、ティアブラで所持するアイテムが実体化、おまけに効果も出る。
月萌の国家プロジェクトである『VRとリアルの架橋』。
ここはそれを実践研究するための、巨大な研究エリアでもあるためだと。
ゆえに学園生たる者は、自重とチャレンジ精神をもってうんぬんかんぬん。
いや、おれはこれを何度も読んだ。しっかり把握していた。
そのつもりだったけど、いざ目で見て、耳で『聴い』て、手の感覚で感じてしまうと……
「おーす! 俺はイツカ! こっちは相棒のカナタだ!!
これからよろしくなー!」
……が、そんな感慨なんかどこへやらの男がここにいた。
野次馬たちに手を振って、でっかい声でご挨拶。
「え……ええっと、よろしくお願いします!」
つられておれも頭を下げれば、「よろしくねー」という声がいくつか返ってくる。
もちろん、それだけじゃないのも、今のおれにはわかってしまうのだけれど。
ここで気に病んでも仕方ない。おれは荷物を下ろすべく、リムジンの後ろ側へと回り込んで……もう一度絶句した。
そこには、またしても、現実味に欠けるものがいた。
「ホシミ イツカ様、ホシゾラ カナタ様でいらっしゃいますわね?
ようこそ、高天原学園へ。
お荷物はお持ちいたしますわ、さ、こちらへ」
それは、白を基調としたメイド服、様々の髪色をした、若い女性の五人組。
リーダーっぽい赤毛のひとを中心に、なんかV字型の編隊を組み、意気揚々と立っていた。




