16-8 きつねとうさぎの課外授業!(4)
「っでええええ……」
イツカは転げ、うめいている。赤いポップアップはBP2000。
大急ぎでもう一度、回復と鎮痛を投げた。
「ちょっと! 無謀だよっ!! もうちょっと」
「っしゃあ! もう一回!!」
「こらー!!」
けれどその瞬間、イツカはもう一度地を蹴った。自分から、先生に向けて。
一瞬、イツカは先生の腕をかいくぐったように見えた……が、やはりともに揺らぐように消え、イツカは落ちてきた。
ポップアップはBP1000。強化をかけてないのに、ダメージが少ない。
「いってえ! だけどいい感じ!」
イツカ本人もそんなことを言いつつ、笑顔で身を起こしている。これは……
鎮痛は今回よさそうだ。回復を急いで投げつつ、聞いてみる。
「ねえイツカ? いったい何やってるの?」
「だから速くて重くてなんかそんなかんじの!」
「全然わかんない!」
イツカが飛び出していく。捕まった、消えた、落ちてきた。
けれど今度のポップアップはBP3000。イツカはうめくだけで、動けない。
「イツカ!!
これやっぱり無謀だから! もうちょっと考えよう?」
しかしやつは、回復と鎮痛を受けるとこんなことを言ってきた。
「わり、今のはちょっとミスっただけだから! ノーカンにしといてっ!」
「っ……!!」
もういてもたってもいられなかった。さっきの強化のポーションを三本まとめて自分に使った。そしてイツカをそのままに、先生の真下に移動した。
「カナタ……?」
先生とイツカがきょとんとおれを見る。
「先生、構わずやってください。
イツカ、お前はおれが受け止めてやるから。
逆にミスったらおれが痛くなると思って、次で成功させて。いいね?」
「はああああ?!
ちょ、おま、それ無謀! こないだだって俺の下敷きで痛い重いって」
あわてるイツカ。けれどおれは叫んでいた。
「相棒が強くなりたいって痛い思いしてるのに指くわえて見てられるわけないだろ!
だっておれは――」
不意に蘇る。あれは、イツカがまだ小学生だったころ。
元気がとりえの黒猫少年は、毎日町の外でモンスターに突撃ばかり。
楽しそうではあったけど、おかげでしょっちゅうぼろぼろだった。
みかねておれは、摘んできた薬草でけがの手当てをしてやった。
あぶなくなったら、石を投げたりして助太刀もした。
依頼をこなしてTPをもらえば、イツカのフォローのために、ポーションやボムなどを少しずつ買いためた。
そのうちに、自分でもそれらを作るようになって。
イツカのため、武器や防具をみつくろい。ときにはカスタムするようになり。
ついには自力で、剣を作った。
『イツカブレード』。おれの最高傑作だ。
――そうして、おれは。
クールでかっこいい、二丁拳銃のハンターに憧れていたおれは。
「おまえのことをたすけたくってクラフターになったんだからっ!
おまえがメーワクっていったって! 絶対に助けるんだからなっ!!
ぜったいぜったい、ぜったいにっ……!!」
言ってるうちに、体が熱くなってきた。
同時に、吹き抜けるような清涼感。
なんだろう、これは。
すこしくるしいけど、いやなきもちじゃない。
むしろ――
大きく伸びをするような気持ちでおれは、月光色の『翼』を広げた。
無謀な相棒が落ちてきても痛くないよう、包み込むよう柔らかく。
そこへ、不意にシステムボイスが聴こえてきた。
『マリアージュ発生:プレイヤー・カナタとけも装備『でかもふロップイヤーEX』のエンゲージレベルが限界突破しました。
スペシャルスキル『玉兎抱翼』が解禁されました』
何が起きたのか、すぐにはわからなかった。
けれどすぐにピンときた。けも装備の『スペシャルスキル解禁』。それはすなわち『覚醒』だ!
イツカはぼうっとおれを見ていたけれど、やがてふたたび笑顔になった。
「まったくもーカナタはなー!
そこまでされて覚醒できなきゃ、俺いっしょーお前に頭上がんないじゃん!」
「いいじゃんこの際、次男でも!」
「よーくーなーい!
っしゃあ、もう一度っ!!
たのむセンセ、手加減なしでっ!!」
「ああ。来い」
イツカは再び地を蹴った。
二段ジャンプで先生のすぐそばまで近寄るけれど、伸ばされた腕はふいっとかいくぐった。
「っしゃ、第一関門突破―!!」
そして、今度は自分からつかまりに行く。
先生の手がイツカを捕まえ、ふたりの姿が陽炎のように揺らいで消える。
そしてそのまま、一秒、二秒。
これまでならば即座に落ちてきていたイツカは、なかなか姿を現さない。
けれど聴こえた。第二関門突破! という陽気な声がどこからか。
そしてその直後。
『マリアージュ発生:プレイヤー・イツカとけも装備『黒猫しっぽ』のエンゲージレベルが限界突破しました。
スペシャルスキル『0-G』が解禁されました』
システムボイスが響いて。
「第三関門突破――! やったあカナタ! 俺できたー!! 覚醒できたー!!」
おれの数メートルうえに現れたイツカが、いっぱいの笑顔でダイブしてきた。
そう、投げ落とされるのではなく、自分の意志で。
いつの間にか、装備が狩衣めいた黒衣に変わっていた。ふさふさつやつやのしっぽも二又になっている。
ほめてほめてー! といいたげなやつをおれは、のばした『翼』で受け止め、地面に降ろす。
するとイツカはばふっと抱き着いてきたので、おれも抱き返していいこいいこ。
「よしよし、がんばったねイツカ。おめでとう!」
「カナタもおめでとう! すげーよすげーよそれっ!
えっとなんていうか……ダンボの陰陽師?」
「え」
メニューを呼び出し、視点切り替え。
そして他者視点から自分の姿を見てみたおれは、ぽかんと口を開けてしまった。
おれが『翼』とおもったそれは、おれの頭から伸びていた。
ぶっちゃけいうなら、おれの『EXでかもふロップイヤー』が、もはや引きずるほどのデカさとなって、ふわふわと宙に浮かんでるのだ。
おれの装備も、清楚な狩衣に。
そしてそれらはすべて、月光をうけた雲の白銀色に染まっている。
それはあたかも、周りに白銀の雲を漂わせた天人。
野郎がまとうにはもったいないほどの優美ないでたちだ。
けれど『ダンボの陰陽師』といわれてしまったら、もうそれにしか見えない。
「イツカのばか……」
「えっ」
「い、いや、大丈夫だ。かっこいいからなカナタ?」
すたん、と着地したノゾミ先生が、戦装束を解除して歩み寄ってきた。
俺たちの頭をまとめてわしゃわしゃしてくれる。
「イツカもすごかったぞ。
まさかこんな荒っぽい方法で、こんなに早くやってくれるとは思ってなかった。
まったく、無茶しやがって。罪悪感でこっちの心が折れるところだったぞ」
「ノゾミにー……センセももう一度覚醒しちゃえばいいじゃん!」
「もうたくさんだ!」
「ほんとだよ! むちゃだよ! よかったよー! うわああん!!」
そこへミライが飛び込んできて、おれたちは一気に団子に。
むちゃぶり課外授業は平和に終わろうとしていた。
「おい」
そこへ、かけられた声一つ。
観客席からだ。見ればいたのは……
「トウヤ・シロガネ?」
以前と同じ、明るい青と白を基調とした軍服風。
ピンクの髪にイチゴの瞳、真っ白なうさ耳のエクセリオンは、ぴょん、とフィールドに飛び込んできた。
「見ていられんな。
まったく、それがエクセリオンの座を蹴った男のやりようか?
お前たち。最強の戦い方を見せてやる。
ホシミは剣士として。ホシゾラはうさぎとして。
よく見て手本とするがいい」
「ほう、それは俺への挑戦か?
いいんだぞ、シミュレーションバトルモードでも」
「ほざけ。行くぞ!」
そしてあっという間におれたちの前で、ラストバトルが始まってしまった。
「えーと……?」
「いや、何しに来たの……?」
だが、ミライがニコニコと言うには。
「あ、トウヤお兄ちゃんはときどきこうして遊びに来るんだよ。
あれでふたりともけがとかしないし、安心して応援してあげて!」
「はい?」
いや、ほんとまじですか。
ボーゼンとするおれたちの前では、何も見えない場所から刃を合わせる音がし、フィールドの地面が粉砕され、あちらこちらで轟音と爆炎がはじけまくっていたのだった。
いつもお付き合いいただき、ありがとうございます。
いやはややっと覚醒できた……!
次回新章突入。全体会合前と書いてカオスと読む! お楽しみに!




