1Re-4 生贄のウサギになりたくなければ
騒ぐも何も、声すら出せなかった。
感じるのは、圧倒的な強者の存在感。
超大型スパイダーマンティスなんかまったく目じゃない。むしろかれらなど、全速力で逃げ出すに違いないほどのやつだ。
しかし、おれは同時に混乱していた。
この細身だが、しっかりと筋肉のついた若い男性の腕には、確かに覚えがある。
そして、それ以上にかぎ覚えのある、ありすぎるこのにおい――
香ばしい焦がししょうゆ。フレッシュ&フルーティーなおろしショウガとすりおろしリンゴ。ほんのりまったりと甘みを添えるハチミツ。
その中核にある、はじっこしっかり・まんなかジューシーに焼けた牛肉、じゃない、サンドブル肉の香りが混然一体となった、胃袋直撃もののこれは!
「ミライっ?!」
「っ?!」
そう、それはミライの得意料理、サンドブルの生姜焼きのにおいだった!
つまりこのひとは、ミライに生姜焼き弁当をごちそうになったのだろう、ということは……
振り向こうとすれば、ばふり。もふもふとしたものが顔を覆った。
右のうさ耳パーツに触れられている感触があることから、何が起きたかはすぐわかった。
謎の男性は、おれが振り返る一瞬でおれのロップイヤーをすくい上げ、目隠しとして顔に押し付けてきたのだ。
「お前も堕とされたいか?」
大きな手で後ろからも頭を押さえられ、低く冷たい声をかけられれば、再び身がすくんだ。
けも耳パーツに触れられたときの、あのくすぐったさを感じる余裕すらなかった。
「嗅ぎまわるな。爪を砥げ。生贄のウサギになりたくなければ」
最後にぽふ、と柔らかく頭を叩く感触と同時に、そいつは――強者の気配は消え去った。
おれはその場に座り込んでいた。
目の前で、掲示板の表示が勝手に更新されていく。
名無しの通りすがりさん:マジですか、その状況です。
ちょっとそのおじいさん教会に連れてきます、ボケてるだけかもしれないんで。
ありがとうございました!!
名無しの通りすがりさん:優しい……
名無しの通りすがりさん:優しいなおいwww
名無しの通りすがりさん:おお、役に立ったならよかったよかった
名無しの通りすがりさん:えびせんか、食べたくなってきた。ちょっと買いにいってくるわ
名無しの通りすがりさん:リアルで食っているなう
名無しの通りすがりさん:わけてー
名無しの通りすがりさん:あーん
名無しの通りすがりさん:あーん
名無しの通りすがりさん:いやどうやって送ればいいのさwww
潮時だ。おれの直観がそう告げる。
このことは一度切り上げ、引き上げよう。
これは、今のおれの手におえることじゃない。
触れるだけで人ひとり硬直させるような奴。
一瞬で大手掲示板をハッキングし、その内容を改ざんするような奴。
そんな奴らの相手は、残念だが、ただの中学生には荷が勝ちすぎる。
爪を砥ぐんだ。TP100万を突破して、『ヴァルハラの戦士(見習い)』になる。
そうして情報を集め、力をつける。
ミライを見つけ、取り戻すために。
でも今はまず、リアルにもどりたかった。
もっというなら、イツカに会って、いつもの笑顔で大丈夫と言ってもらいたかった。
のろのろと立ち上がれば、ふたたび連絡。
イツカからだ。
『カナタ。リアルに戻ってくれ。ミライのことが分かった』
固い声音でのそれに二つ返事で答え、ティアブラからログアウト。
視界がリアルのものにもどったとき、現れた光景におれはフリーズした。
いつのまにかそこは、星降園の集会室からミライの部屋になっており、目の前にはカコさんとイツカ、そしてカナン先生が思いつめたような顔をしていたからだ。
本日は、お昼にもう一部分、夕~夜くらいに二部分投稿いたします!
(内容はなんか緊迫してますが)ゆるりとお付き合いください♪




