14-5 高天原・ごちゃまぜケーキバイキング(3)
「ありがたくは思っているよ。こんなダメなわたしでも、毎日ひとなみ以上の衣食住をもらえるのだから。
お飾りとはいえ、いずれは釣り合う家柄の婿にもなれる。
ま、万一議場が爆破なんかされたら、その未来もなくなるのだけれどね。
実権のないわたしは、傀儡をもらえていないからさ」
小さな笑いとともに明かされる身の上に、おれは絶句していた。
おれのもといたセカイでも、政治家や官僚が反対派により脅迫されたり、危害を加えられたりという問題があった。
月萌はそれを、最先端の技術で解決したのだ。
それが『傀儡』。
『職務のためにのみ』『独立して動く』アンドロイドだ。
見た目は個性の乏しい成人。それに自らの容姿と思考をコピーして職務を行わせる。
これならば、なにがあっても無事に、任期が全うされるというわけだ。
たとえコピーもとの本人を消したところで、傀儡にその思考が残っている。
逆に傀儡を破壊したところで、バックアップはいくらもある。
職務にのみ動く傀儡が、不用意な言動で不祥事を起こすこともない。
にもかかわらず、政治の場に襲撃がかけられることも、まれにはある。
つまり実権があろうがなかろうが、理事として議場に居る以上、そうしたことに巻き込まれる危険度は同じ。いや、唯一の本体であるレイン理事には、最悪のことすらないとは言えない。
それでも彼は、さっぱりと笑う。
「そんなわけでね。いまの毎日はこれまでよりずうっとましなのさ。
わたしの票は自動的に『赤竜管理派』の票として投じられることになっている。それは今も、変わらない。
それでも『このわたし』はもう、それに諾々と従うだけの生き人形じゃない。
傀儡をもっていないおかげで、アスカやきみたちに生殺与奪を握ってもらえた。そのおかげで、反管理派の端くれとして活動することができるようになった。
今じゃあ毎日が心底生き生きしているよ!」
「まっ、これまでの所業の言い訳にはならないけどねっ。
ほい、チョコケとモンブランお待ち!」
再び背後から割りこむ声。アスカとライカだ。
それぞれ持ってきたお皿をテーブルにおいてくれる。
その手つきは、ちょっと優しい。
ライカは『ハルオさん』の頭をよしよしと撫でてやってすらいる。
『『ハルオさん』はだーいすきなチーズケーキねー。
さーさ、たーんとお食べー』
「ありがとう、ライカくん。
できればこのまま、膝枕であーんも……」
ほんと、最後の一言がなければよかったのに。
そんな残念男をハヤトが睨む。
「俺の剣で何やってんだお前。」
「たとえ剣でも恋愛は自由だ。そうではないかね、ハヤトくん?」
「そもそもそれは恋愛なのかよ?」
「遊び!」
「即答!!」
ライカの身もふたもない答えに『ハルオさん』は撃沈した。
だが、なんだかとっても嬉しそうだ。
よし、そのまま幸せに浸らせておいてやろう。
そう考えた時、動きがあった。ルナが立ち上がり、とてとてとテーブルをまわりこみ、イツカの右へやってきたのだ。
「イツカくん!」
「え、あ、ルナ」
「イーツーカーくーん?」
「どわっレモンちゃんいつのまにっ?!」
「いま『縮地』でー♪」
さらにはサラッとS級スキルを発動したレモンさんまでが、イツカの左――つまりおれとの間――に。
さりげなく、しかししっかりとイツカの腕を取る。
物理的に逃げられない体制を作ったところで、ルナがにこにこと誘いかけた。
「いまチョコケーキあたらしいのでたよ! 取りにいこ!」
「え、マジか! いこうぜ!」
「はーいそれではれっつらごー♪」
『チョコケーキ』と聞いた瞬間、黒フサしっぽがぴんっと立ったのをおれはみた。
そのまま奴は女子二人にはさまれてあっさりと拉致られていく。
ちょろい、ちょろすぎだろイツカ。お前はほんとに中学生か。
「あれってホント大丈夫なの……
やらせといて言う事じゃないかもだけど……」
「うん、いますごく不安になってきた……ってルカっ?」
右から聞こえた声に振り向けば、さっきまでイツカのいたその席には、いつのまにかルカが移動して来ていた。
「わ、わ、わるいっ?!
その、ついでに、あくまでついでによ?
モンブラン、と、取ってきたん……だけど!」
「あ、頂くよ。ありがとう」
「ではお茶のおかわりをお注ぎしますわ、おふたりとも」
「ライム!」
そしておれたちの後ろには、これまたいつのまにかライムがいて、温かなお茶を注いでくれた。
たおやかな笑顔、優雅な手つき。さすがは名家『ソレイユ』の令嬢にして、長年シティメイドとして務めてきた女性である。
もっとも彼女もただお茶を注ぎに来たわけでなく、どうやらおれたちふたりと話がしたい様子。
ちょうどミライが移動して、おれの左隣が空いていた。そこをすすめれば彼女はするりと腰を下ろし、おもむろに話し出す。
「カナタさま、ルカさま。
先ほどの勝負の結果により、わたくしは改めて申し込みますわ。
どうぞわたくしを、カナタさま付きの専属メイドとしてお仕えさせてくださいませ。
家の許可ももらい、手続きも済ませてまいりました。
お許しをいただけるのでしたらすぐにも、カナタさまのお部屋の控室に入居させていただきたく存じます」
「……それ、あたしも口出していいことなの?」
ちがうでしょ、といいたげなルカに、ライムはふんわりと首を縦に振る。
「はい。
『ルカさん』は『カナタさん』にとり、大切なひとですわ。
――それにわたしも、ルカさんをすきですのよ」
「ふぇっ?!」
おれとルカはライムをまじまじとみてしまう。
けれどライムは一片のくもりもない微笑みでこう続ける。
「ルカさんの戦う姿、歌う声。そしてまっすぐな瞳。
りんとして、りりしくて。ときにはとてもかわいらしくて……。
けして、ないがしろにしたくなどありません。
ですので、さいしょからわたしは、こうなったときにはルカさまにもお許しを、と思い定めておりました」
ルカは息をのむと、小さくうつむいた。
「ひきょうだわ、こんなの……
あたしも、ライムのことは素敵だと思ってる。
そのあなたに、そんな風に言われちゃったら。
……ううん、だったらあたしはこういうわ。
一度、決めたことよ。ライムがそうなら、カナタのいいようにしなさい。
同居でも、結婚でも……いまのあたしは、反対しない」
それでも、きっぱりと顔を上げて、おれたち二人を見かえした。
くもりなき黒の瞳がきらきらと、つよく澄みきった輝きを見せる。
この瞳の前で、うそなんかつきたくない。いや、つく必要なんかない。
おれは一つ息を吸い込むと、心に決めた答えを告げた。
ブクマが……ななんと複数いただけました!
増減を繰り返した結果、これは嬉しい……
ありがとうこざいますっ!!




