The Final Epidode_ぼくの選択~『ゴーちゃん』と呼ばれる少年の場合~
長い長い、夢を見ていた気がする。
でも、それが本当にあったこと、本当に過ごした時間だということはすぐに分かった。
何度も、何度もこう言われたから。
もう三か月も生命維持装置のなかだったのよ、助からないかと思った、目が覚めてくれてよかったと。
涙でぼくを抱きしめる、家族に、友達に。
でも、そのなかに、あのひとはいなかった。
「あ、あの、……」
のどを抜けてきた声は、だいぶかすれていた。
それでもぼくは、全力で問いかけた。
「マリオさん、……マリオさんは……?!」
そう、マリオさん。
ダメダメなぼくの小説を暖かい目で読んでくれて、幻想のハコニワの森の奥までぼくをさがしにきてくれて、自分もそこに、飲まれかけて。
それでも、いっしょにがんばって、ぼくをもういちど人間に戻してくれた、たいせつなあのひと。
「まだ、目が覚めていないのよ。
だいじょうぶよ、じきに……」
みなまできかずに、ぼくは体を起こしてた。
ちょっとふらっとした。気合でふんばる。
ささったままの点滴が腕をひっぱる。ちょっと痛かったけど、思い切って引き抜いた。
うわがけをはねのけて、ベッドの下に靴をさがすのももどかしく、ぼくはかけだした。
父さん母さん、看護師さんの腕もすり抜けて、病室のドアを抜けようとしたその時、カーッと滑ってくる人がいた。
点滴スタンドをキックボードよろしく使って、白馬の王子様もかくやの鮮やかさでやってきたのは。
「おう、ゴーちゃん! 目、覚めとったんやな!!」
「マリオさん!!」
ほかでもない、入院着すがたもきまってかっこいい、マリオさんだった。
もちろん、ふたりしてきっちりお叱りをうけた、ぼくたちだけど……
その後に待っていたのは、びっくりするようなお客さまと申し出だった。
『ほしふり出版代表取締役 星ノ木 ちとせ』という名刺を差し出して、ぺこりと頭を下げてきた優しそうなお姉さんは、ぼくたちにこういったのだ。
「単刀直入に申し上げます。
手記を、書いてみませんか」……と。
『ガーデン』に魂を飲み込まれ、プロジェクト『ソウルクレイドル』で生還した、ぼくたちの体験記を、本にしたいという。
「ええやんええやん! やろうでゴーちゃん!!」
マリオさんは、まるでわがことのように目を輝かせた。
けれど、ぼくは。
「あの、…………かんがえさせて、ください」
そういうのが、精いっぱいだった。
ちとせさんが帰ってから、マリオさんは優しくぼくに聞いてくれた。
「どないしたん、ゴーちゃん?
書籍化。ゴーちゃんの、ゆめだったやろ?」
「えと、……書籍化、は。それは、すごいけど……
ちがう、んだ。
ぼくは、ぼくのものがたりを、本にしたくて。
それに。
ぼくたちが、みてきたこと。すごく、すごかった、けど……
だからこそ、うそだって、つくりばなしだっていうひとも、いるんじゃないかって。
ばかにするひとも、……きっといるよ。
人間のくせに、小説書こうなんて、してて。
だってのに、たいした文章でも、なくって。
ダメで、あんまりダメで、VRに逃げて飲まれちゃった、さえない中学生が。
モンスター使いとして、モンスターとして大活躍して、かわいいアイドルと仲良くなって、……って。
きっと、笑われるよ。そんなの、中二病の、妄想のものがたりだって……!」
マリオさんは真剣な目で、ぼくをみていた。
ぼくは、少し迷ったけど、言ってしまうことにした。
「文章で、……ぼくは迷惑かけちゃったんだ。もう、文章は、かいちゃダメなんだ。
落ち着いたら、サイトのアカウントも削除して、……
人間にもできるような。現実的な目標探すよ。
勉強して、どこか、ぼくみたいな不器用でも働ける進路、みつけて」
ぼくの情けないことばをマリオさんは、いつものように、口を挟まず聞いてくれた。
そうして、あったかく抱きしめてくれた。
「……そっか。そうやな。
やっぱ、こわいよな、ゴーちゃん」
ぽんぽん、背中をたたいて、頼もしい笑顔を見せてくれた。
「ほな、原稿は、ウチがかくわ。
こんっなイケメンが書いたおハナシだったら、そんなことは言われへんやろ?」
そういうマリオさんは、すっごくすごく、イケメンで……
うん、こんなひとがその物語を書いたって、ぜったい笑われることはない。すなおにそう思えた。
「ただなあ……知ってるやろ?
ウチ、作文ドへったくそやねん。
ゴーちゃんが手伝ってくれると、めっちゃありがたいねんけど……」
そんなイケメンに上目遣いで拝まれたら、とってもことわるなんてできない。
そうじゃなくとも、マリオさんはぼくの恩人だ。
そのたすけになれるならと、僕はそれを引き受けた。
それから、一週間。
ぼくは、リハビリの合間をぬって、マリオさんの原稿をチェックし続けた。
『てにをは』や接続詞をなおしたり、誤字脱字を見つけたり。
ときには、このシーンどう表現したらいいかわからないんやたすけて~! と泣きつかれて、いっしょに文章を考えた。
その時間はたのしくて、たのしくて。
気づくとぼくは、メモアプリにちまちまと、文章の切れ端を書きためていた。
もうだれにも迷惑かけないために、自分の文章を書くのはやめよう。そう、ひそかに思ってたはずなのに。
さらにそれから一週間。
ぼくはついに、マリオさんに打ち明けた。
ぷるぷると、震えながらだけど。
「あの。あんなこといっといて、なんだけど。……
書きたい。やっぱ、書きたい。
へたくそって。中二病っていわれるかもだし、……
それは、やっぱりこわいけど。
がんばって。勇気、出して……!」
すると、マリオさんはいい笑顔で笑った。
「よういってくれたわゴーちゃん~!!
ほな、書こ。いっしょに。
でもな。そんなひっどいメにかわいーゴーちゃんをぜったいあわせたりせーへんで! さっそく作戦会議や!!
だいじょうぶ。つよくってかわいくって、ゴーちゃんもぜったい信頼できるブレーンちゃんたちがドーンと来てくれるさかいな!!」
さっそくマリオさんはどこかに通話をかけ始めた。
一時間しないうちに現れたのは、かわいいうさみみとねこみみをはやした、見覚えのある、ありすぎる子たち。
「え、……イツにゃん、カナぴょん――?!」
プロジェクト『ソウルクレイドル』。
そのなかで知り合った、最強サイコーのアイドルバトラーたちだった。
――マリオさん&ゴーちゃん。
プロジェクト『ソウルクレイドル』が成功に終わったのち、参加者たちの手記が出版されたが、圧巻といわれるのがこの二人による一冊。
そのスペクタクル的な内容と書き手の背景を鑑み、よけいな疑義を産ませぬためにとカナタたちが提案した作戦――『ティアズ・アンド・ブラッズ』のプレイ動画の公開と合わせての出版も、大きな追い風となった。
人間ならではの不完全さを有した筆致が、むしろリアリティと読み応えを増すと、AIたちにも人間たちにも広く評価を得た。
その後もこの二人は、タッグを組んで執筆をつづけ、周囲のあたたかな手助けの中、さらなる高みを目指している。
これにて物語は完結です!
明日、あとがき等を上梓いたします。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
まずは御礼まで!!




