The C-Part_40秒の、そのなかで~旅立つ者たち(7)~
@月萌空港・搭乗口~ハヤトの場合~
かつてソロイによりもたらされたイングラムの血には、病の可能性が秘められていた。
胸の病。命を縮める危険すら有したシロモノだ。
だがこいつは、並外れた強い魔力と表裏一体。
タカシロ家は、さまざま勘案してそれと共存することを選んだ。
そのタカシロ家に生まれたのに、胃が弱い。
それは、別におかしいことじゃない――つまり胃『も』弱いのだ。
そんな虚弱さと引き換えか、アスカはなみはずれて天才的な頭脳をもっていた。
だがもちろんそれは、心身に多大な負担を強いる諸刃の剣。
事態がひと段落してすぐに、やつは倒れてしまった。
それでも病室のベッドの上、アスカは笑って言った。
「後悔なんかしてないよ。
あんとき全力出さなかったら、いまのセカイはなかったし、いまのおれたちだってなかったんだからさ。
ああ、でも、ひとつだけ悪いとは思ってる。
……ハーちゃんに、心配かけたことさ」
いや、おまえはなにひとつもわるくない。
なのに、ごめんね、と詫びるさまは、殊勝でけなげで。
おもわず抱きしめたくなった。
けれどいまのアスカには、それさえも負担となる。
「ゆっくり休んで、元気になってくれ。そうすりゃ、心配じゃなくなる」
精いっぱいに優しく告げて、そうっとそうっと、頭を撫でた。
きもちよさそうに目を細めて笑った顔を見ると、それだけで幸せだと感じた。
ずっとついていたいのはやまやまだったが、そうするとやつがゆっくり休めない。
やつは俺が見舞いに来ると、全力で俺と話そうとするからだ。
だから、ほどほどのところでまた来るからと告げて、寝付くのを見届けて病室を出る。
そんな日々を、毎日繰り返していた。
俺に医学的知識はない。だから、医師の言うことをよく聞き、自分でもいろいろと調べ、できることを繰り返した。
それが、時間を決めての見舞いだった。
最初は五分程度がやっとだったのが、一週間したころには10分。その次には30分と、話せる時間は増えていき……
二週間後には、短距離の歩行ができるようになった。車いすに乗ってだが、庭にも出られるようになった。
そこからはペースが上がった。食欲も増し、会うたびあきらかに回復しているのがわかるようになった。
そうして、療養すること一か月半。
ついにアスカはもとのように力強く立って、ヒャッハーと快哉を上げて、俺にヘッドロックをかけてくるようになった。
主治医の先生の太鼓判ももらって退院。アスカが俺を連行してまっさきに向かったのは、お気に入りのスイーツ食べ放題店『スイーツシャングリラ』だった。
療養初期のアスカの食はひどく細くなっていて、見舞いにとねだった甘味も一口、二口が限界だった。
当然残りは、俺ががんばって食った。
そんなわけで甘いもの耐久値がいやおうなしに上がった俺だが、それでもアスカの甘いもの好きにはかなうわけもなく、覚悟の同行だったわけだが……
パンケーキにエクレア、ショートケーキにマカロンとつぎつぎほおばり、しあわせいっぱいの顔を見ていれば、そんな『覚悟』など頭から消えていた。
そしてそのとき、気が付いた。俺も少しの量なら、甘いケーキをそれなり楽しめるようになっていたことに。
「ぬふー。ハーちゃんもよーやく甘いものに目覚めてくれたよーだねー。
よしよし、かくなるうえはお」「頼むからお前は作らないでくれ頼むから。」
しかしそんな恐怖の提案は、間髪入れずに却下した俺だった。
「まー、でもさ?」
ひととおりお目当てを食い尽くすと、アスカは茶を片手に言い出した。
「おれ的には、こんどはハーちゃんの番だって思うんだな」
「俺の?」
「そ。
魔王戦争中とかずーっと、おれのガードだったじゃん?
イツにゃんとバトりたくっても、ギリギリガマンしてさ。
この一か月くらいなんか、トレーニングもそこそこにずーっと毎日おれの見舞いファーストで。
たとえハーちゃんがよくってもさ。おれがしてあげたいんだ。ハーちゃんの望むように。
ハーちゃんのいきたいとこについてって、ハーちゃんのしたいことを応援したい。
ね。なんかしたいことない? おれ、全力で付き合うよ。これまでのお礼にさ!」
「……俺は」
お前が元気なら、笑ってくれればそれでいい。
なんて口から出かけたが、さすがにこんな場所では照れる。
「ああ、いや。その。まあちょっと、頭を整理して。……
それから、相談していいか」
「えへへ。りょうかーい」
わかっているのかいないのか、いや多分、悟られてるのだろう。
アスカはめちゃくちゃいい笑顔で了解を言ってきた。
家に戻れば、もうアキトさんたちが俺たちの帰りを待っていた。
事態が落ち着いたことを契機に、アキトさんは本格的に俺たちに家を譲り、チセさん――アスカのお母さん――のもとに引っ越していたのだが、今日は泊まりで戻ってくれたのだ。
ライカ分体たちのおかげで、家はきれいに保たれていたのではずかしいことはない。
『おっかえりー!!』
『はいほーい荷物ちょーだいね! 手洗ってうがいしてのんびりしてちょ!』
『お父さんお母さんもあとはやるから! 座ってあーちゃんたちとおはなししてて!』
「ありがとねー!」
「お、おう」
ライカ分体たちはてきぱきと俺たち四人を居間に。お茶とお茶うけを出してくれて『できるまでは団らんしてて~』と言ってくれた。
いつもはブッ壊れてるライカ分体たちだが、こんな時にみせてくれる気遣いとチームワークに、やつらの秘めた優しさが――アスカ譲りのそれが、身に染みる。
あとで、ちゃんと礼を言おう。冗談めかしてはぐらかされてしまうかもだけれど、それでも。
居間に四人そろって、あらためてテーブルの上をよく見れば、お茶うけにと出されていたのはおふくろ得意の手焼きせんべいだった。
ちょっとぶかっこうなところがほっとする、なつかしいせんべい。
子供のころから大好きだったそれをかじると、甘じょっぱさと香ばしさに顔がほころんだ。
なぜおやじおふくろがおらず、せんべいが差し入れられているのか。
理由は知っていた。今日は道場で大会なのだ。
本当なら俺もエキシビションに出るはずだったのだが、アスカが倒れてはそれどころではない。かわりに、演武のビデオを流してもらうことに。
大会の様子のライブ動画を見れば、おやじがノリノリで祝いのメッセージを叫んでいた。
『もうご存じの方もいらっしゃるでしょうが、本日エキシビション出場予定のハヤトは、この場には来られなくなりました。
理由は、ここまでの戦いを支えてくださった、大切なひとに付き添うためです。
私としては、そのきもちを尊重したく思っております。
本日、その方は退院の予定です。
私は本日の戦いをその方に、そしてその方を『人生のいちばん』として選んだ我が息子に、祝福のエールとして贈りたく思っております!』
うおおおおっという歓声、たくさんの拍手。おしあわせにーなんていってる声まで聞こえてくる。
「えっ、あのっ、これはっ」
ぶっちゃけ焦った。『人生のいちばん』というのは、おやじがおふくろにプロポーズした時の言葉、みんな知ってる名言なのだ。
これではまるで、俺がアスカにプロポーズしたみたいじゃないか。
けれどアキトさんもチセさんも、優しく笑って言ってくれた。
「ふたりがそうしたいなら、わたしたちはその生き方を尊重したい。
そう思っているよ。
みんなそう思ってる。ふたりが支えあう姿を、そして戦い抜くさまを、ずっとずっと、見てきたからね」
そんなこんながあって半月後。俺とアスカは、ソリステラスに旅立った。
二人でのんびり二週間。ソーヤプロデュースの料理が食えるステラマリスのレストラン、北の狼族の地の温泉宿、とあちこち予定を入れての出発だ。
以前イツカとカナタを追っていったときには、くぐつの体を使っていた。けれど、今度は生身だ。
この体でかぐソリステラスの風のにおいは、口にする食べ物の味は、記憶のなかのそれと、どう違うのだろう。
二人でそれを、確かめに行こう。そう言いあって俺たちは、東の海を越える飛行機に乗ったのだった。
――アキト&チセ。
アスカの両親。今は高天原の家をアスカたちにゆずり、チセの家で暮らしている。そのラブラブぶりは日々加速するばかり。
互いを『人生のいちばん』とする息子たちの生き方を支持。ハヤトの両親とともに、よき理解者として生涯支えた。
――アスカ&ハヤト。
平和実現後のいろいろをひと段落させたのち、演武や試合、ショーなんかしつつしばし自由に世界をめぐってのち、月萌に戻る。
イツカナたちともども悠久の命をもらい、最終試行のおわりまで世界の平和とお互いのしあわせを守るため、その知恵と力を生かして働き続けた。
なおアスカのポイズンクッキングの腕はそれからも健在で、ごはんを作るのはもっぱらハヤトの役目であった。
これにて『旅立つ者たち』の章はおしまいです!
次回、新章突入。悠久のときを生きるものたち。
この章のおわるとき、この物語も終わります。
どうぞのんびり、お付き合いくださいませ!




