The C-Part_40秒の、そのなかで~旅立つ者たち(2)~
@国立工廠付研究所・宇宙開発本部~ユリア・ホシノの場合~
無重力フィールドのなか、船外服をまとったやつは最後のボルトを締め終えた。
その動作は今回も、最初から最後までまったくぶれない。
そばでアシストをするアリアはもちろん、モニターごしに見るものたち――もちろんわれらもだ――をすべて魅了する。
一つ呼吸しそれを飲み込み、私はマイクごしに呼び掛ける。
「ミッションコンプリート。上がってこい、リュウジ」
『了解』
船外活動(EVA)シミュレーションの結果は今回も良好。
これなら、次の飛行も問題ないだろう。
超人的な持久力と集中力を兼ね備えた男は、涼しい顔で上がってきた。
『これでも人並みには消耗しているぞ』とのたまうが、メットの内側の顔には笑みさえ浮かんでいる。
これが、神族御三家の実力というやつだろうか。まったく、大したものだと素直に思う。
『救世主のノーサイド』の効力は、われらの立場をよりゆるぎないものにした。
とはいえ、もうかつてのようなことはしないし、できもしない。
そんなわけでわれらがすることは、さらなる宇宙への探求、それのみとなった。
リュウジは政界から身を引き、宇宙飛行士一本で訓練を続け――
われら五人、いわゆる『ホシノーズ』はそのサポート訓練と並行して飛行士の訓練も、というバランスだ。
なお新婚所長エルカは仕事を若干セーブし、代理としてトップをつとめているのはシアンだ。
彼女は宇宙畑の人間だ。よって我らに好意的であり、現状はきわめて居心地の良いものといえた。
どうせならばホシノ博士も呼び戻せたらよかったのだが、彼のほうから現場復帰を辞退してきた――理由は年齢。
顧問としてアドバイスはくれるということなので、これはこれで目標達成、といったところである。
カオスだったのは、両親との再会。
元気だったんだね、よかったと喜んでくれた。
不法な人体実験をしたことをいたく叱られた。
われらがしっかり五人になっているのを白状し、全員と会わせたら、驚かれるやら喜ばれるやら。
リュウジがお嬢様方にはいつもお世話になっておりますと頭を下げると、えっ元総理ですよね?! とめちゃくちゃ驚いていた。
『こんど五人で帰ってきなさい、好きなもの全部つくるから』
『寝る場所も何とか作るから、全員でゆっくり』
ともあれそう言ってもらえると、いままでにないようなふんわりとした気分になって、われら五人、二つ返事で里帰りを快諾していた。
思えばわれらは、われら以外とももっと話をするべきだったのだろう。
そうしておれば、おそらくもうすこしはマトモな人間になっていた。すくなくとも、イズミたちをイケニエにはしなかったかもしれない。
だが、それらはすべて仮定の話。
われらがしたことは消えてなくなりはしない。それと向かい合って、伝え続けねばならない――教訓を、われらのような愚行が繰り返されぬために。
ここで訓練と研究を重ね、結果を出すことも大切だ。
さもなければ、イズミたちも、その苦しみも浮かばれない。
『もはや、恨みはない』と言ってくれているにしても。
そんなわけでわれらは今日も励む。
月の向こう、ひろがる宇宙を目指して。
「みんな張り切ってるな! 差し入れもってきたぞ!!
『PAW☆PAW☆スイーツ』のマカロン全種詰め合わせ、プラス新商品の骨せんべい味だ!!」
「やった――!!」
現首相イワオ・ゴジョウが、視察ついでに差し入れ持ってくるような、そんなどっかノーテンキな、楽しいこの場所で。
だがその時気づいた。『ホシノーズ』の戦闘力最強・アリアがどこかぼうっとしていることに。
いまだって、手にとった骨せんべい味マカロンの個包装を開封もせず。
表面に描かれた、白い犬のイラストをまじまじと見つめている。
どこか、上気したような顔で。
「どうしたアリア? 調子でも?」
「いや。なんだろうな……?」
そのときシアンが「ねえアリアさん。ちょっとお話ししましょうか?」と言ってきた。
なんかえっらい、いい笑顔で。
――ユリア。
ホシノーズの筆頭。天才すぎて周囲を見下すクセがあったが、すっかり更生。それまでとは打って変わって、宇宙飛行士としての訓練のかたわら、研究倫理の分野で活動する。
清楚な美貌はそのままに、人柄も地に着いた真摯なものとなったが、口の悪さは相変わらず。そのギャップにやられるものは後を絶たないが、本人は『仕事が恋人』と目もくれない。
――シアン。
今は亡き大叔父の夢を継いで宇宙分野の研究を続けてきた。彼のかたみのペンダントは、いまも大切な宝物。
月にある天国と、ティアブラ・ミッドガルドがイコールであることを知り、もしかしてそこでまた大叔父さんに会えるかもと、再びティアブラをやるようになった。
優しく人の心の機微にもさとく、ホシノーズをはじめとした、所員たちの恋愛相談を引き受けるが、彼女自身の恋はまだ迷子のままのよう。
――リュウジ。
もと『月萌の表のラスボス』、いまは優秀な宇宙飛行士。
たまの休日には、失われた時をとりもどすかのように、家族と一緒に過ごしている。
なおかつて口にしていた『血を残せ』発言はあくまでアスカをけん制するためのものだったようで、実際のところ一切の偏見はなく、その件について詫びを入れ、息子レインとライカがパートナーとなることも認めている。
これからもっと未知の宇宙目指すぞー! おー! な話だったはずがアリアさんの話に?!
うん、実はこのセカイ、月より向こう側は作られてないのです。衝撃の事実。
だからこの訓練はそこまでのエリアでの宇宙開発、ならびに、アースガルドに出てからさらなる遠方へ飛ぶためのものだったりします。
ともあれ、Cパート、山は越えました。
次回、いずれ旅立つものたちをみつめるひと。
ゆるゆるまったり、お付き合いくださいませ!




