13-6 お客様のおもてなしにと黒にゃんこをお出ししたのだが、数分後おれの頭が真っ白になった件
やがて不埒者どもの駆除が終わり、盗聴器の駆逐も済んだころ、ライムとルカが戻ってきた。
ライムは自分がお茶を入れると言ってくれたが、用件を聞けば転属のごあいさつとのこと。
そういうことなら、お茶を入れるのはおれの役目だ。
二人にはソファーの上座でかけていてもらい、間もたせ要員にイツカを向かわせる。
そうして、おれがお茶を準備。ミライはルカのおみやげクッキー――チョコ&プレーンの市松模様、なかなか見事なできだ――をお皿に盛ってくれた。
数分後、二人でそれぞれトレーを持ってリビングに戻れば、なぜかライムとルカにはさまれたリアじゅう(種族:黒にゃんこ)が涙目で訴えてきた。
「なあカナタ。なんで俺二人がかりですきほーだいモフられてんの……?」
「おれが聞きたいよっ!」
「すみません、ついなつかしくって……」
「ごっごめん、つい手触りよくって……」
そういうことなら仕方ない。おれは女性二人に笑顔を向けた。
「問題ないよ。お客様がいらしたら、お茶と座布団とにゃんこ。おもてなしの基本だからね」
「おまえは一体どこの国から転生してきたんだよっ?! つうか猫と俺の人権は?!」
「はいはい、あとでごほうびのブラッシングしてあげるからね~。
それで、二人のおはなしは……」
おれとミライでお茶とお菓子を配膳し、二人と一匹、もとい三人の向かいにかける。
奥ゆかしいライムは、微笑んでルカに先を譲る。
「先にいらしたのはルカさんですわ、どうかお先に」
「あ、ありがと……
あの。じゃあ、改めて。
あたし、さっきのことを、謝りたくて……
急に叩いたりしてしまって、本当にごめんなさい!
その……とつぜんのことで、すごく……驚いてしまって……」
ルカは生真面目にも、立ち上がって深くこうべを垂れてくれた。
そこまで驚かせてしまったのであれば、それはこちらの責だ。だから、どうかそのことは気にしないでと伝えると、ほっとほほを緩ませて腰を掛けてくれた。
「それでさ、きみがくれたこれ……」
「あ、それ……あたしが焼いたアイスボックスクッキー。
お店のものよりは、うまく焼けてないと思うけど、その、……おやつの足しにでも、してもらえればって……」
「ルカ、クッキー焼くんだね」
「う、うん……ときどき、だけど」
「きれいにできてるよ。それに、甘さ控えめで素材の味がする。
おれ、すきだなこれ」
「ちょ、食べたのっ?!」
素直な気持ちを伝えれば、ルカの声のトーンが跳ね上がり、ほっぺたがさらに赤くなる。
照れているのだ。なんというか、微笑ましい。
「ごめん、さっき一枚つまみぐいしちゃった」
「……も、もう……
ま、その……いいけど……」
おれが素直に答えれば、視線をはずしてもごもご。
ミライとライムはほわほわニコニコ。
だがひとりニヤニヤしてる黒にゃんこ野郎、お前はダメだ。ブラッシングのまえにモフり倒そう。心のメモ帳にメモっておいた。
「それじゃ、これでおれたちすっかり仲直りだね。
また、先輩としてライバルとして、よろしくしてね?」
「ええ。よろしく。
次は勝つわよ!」
「それでこそ。
追っかけてくからね、全力で」
笑みと握手を交わすとルカは、すっきりした顔で次を譲った。
ライムは柔らかく微笑み、丁寧に会釈して話し出す。
「ありがとう、ライム。
あなたの番よ、どうぞ」
「はい。それでは……。
お久しぶりですわ、イツカさん、ミライさん、そして……カナタさん。
わたくしこのたびわけあって、これまでのお役にお暇をいただきました。
これよりのちは、この高天原で――カナタさんのおそばにて、専属メイドとしてお仕えする所存にございます」
「えええええっ?!」
その声は玄関の扉の方からした。
みれば、扉の隙間に曲者がぎっしり。
男が女性を部屋にお招きするときの常として、ドアは開けておいたのだが、やつらはそれを悪用して盗み聞きをしていたというわけだ。
これについてはおれが何かする必要はないだろう。そう、せいぜいうらやむといいのである。
もっともことがこと、理由次第ではお断りをせざるを得ない。
おれはまず、経緯を聞かせてもらうことにした。
「さきほどルカさんのおっしゃった通り、先日までわたくしはエクセリオンの末席におりました。
シティメイドとして勤めておりましたのは修練の為。当家代々の教えに基づくものですの。
どうぞ、近しき皆さま以外には、ご内密に願いますわね」
「うん、約束する。
でも、そのライムがどうして、おれのメイドさんに……?」
「公に明らかにされてはおりませんが、エクセリオンには禁忌がございます。
その一つを犯し、わたくしはその座を辞したのです」
「聞いても、だいじょうぶ? 人払いしようか?」
「大丈夫ですわ。みなさまにも、いずれわかってしまう事ですので……」
おれが問いかけると、ライムはほほを染めた。
するりと立ち上がると、長いスカートが床につかぬよう軽くつまみつつ、膝を深く曲げ頭を垂れる。
『カーテシー』――女性だけが行うとされる、格調高い挨拶の、最上級のものだ。
ルナもステージやバトル前後のあいさつでやっているが、こちらは格段に優美に見える。
「申し上げます。わたくしライム・ソレイユは、カナタさん。
あなたさまに、心をすっかり奪われました。
それゆえに、エクセリオンとしてふさわしからざるものとなり、その栄誉を返上したのでございます。
これよりのち、あなたさまがお望み下さるのでしたら、わたくしはもてるすべてを、あなたさまに捧げます。
どうぞこのわたくしを、お側においてくださいませ」
おれの頭は真っ白になってしまった。
あからさまな伏線回収がばりばり進んでおります。
なお、ライムさんのおでましが異常に早かったのは、飛んできたからです。飛んできたからです。
大事なところっぽく二回言ってみました。
次回、さらに騒ぎが大きく(というかしょーもなく)なります。お楽しみに!




