109-8 Our game was over.と彼女は言って
神剣ライカ。
この世界で最高のAIレベルをもち、『大女神』の影響力をすら凌駕する、味方にすれば心強く、敵にすればやっかいきわまる存在。
ルク陣営が勝利とその後の安泰を手にするには、彼を上回る存在を生み出すことが不可欠だった。
もちろん、それを邪魔立てする存在を始末することも。
戦神ルク戦はそれらを達成するために、うってつけのモノだった。
強力は強力だが、対抗することができないわけでなく、互いの連携もよく取れていない追加パーツ群。
召喚士が本職であるにしては甘い、増援召喚への対策。
ここまで古竜や四女神といった大物ばかりを召喚していたのに、それと比べて明らかに格下の召喚獣を出しまくるウィニーデッキ作戦への切り替え。
これらが揃って生まれる、ドタバタわらわらのバトルは、ルクと支持者たちをつなぐ『ルクネットワーク』を酷使。シンギュラリティを再現した――ちょうど、ライカたちが超高速宇宙大戦争(※ごっこ)をした時のように。
そして、ライカとその仲間たちを使って行ったそれにより、『ルクネットワーク』は『ライカネットワーク』を超えた。
そいつのチカラで作り出した防御壁に『穴』が開いていたのは、本当に想定外だったのか。セレナによる超回復『空振り』は、どうなのか。
そこまではわからないが、いまはまず、しなければならないことがある。
『さいごの一手』にたどり着くこと。そして『それ』のもたらす破滅から、全員を守ることだ。
『それ』がどういうものかはもうわかっていた。
最初、おれはみずから竜の首を取るつもりだったが、エルカさんが教えてくれた。
いたずらな緑のきつねによる、冗談みたいな省エネ作戦とみせかけて。
ルクおとっときの灼熱の炎と、そいつで燃えない腐食性の強毒。
絶対爆発しそうもないこのとりあわせに、小麦粉という名の可燃物を加えると、一転とんでもない大爆発が――ルク本人ですら、耐えることのできないやつが――起きるのであると。
『それ』を起こさせて、なおかつ『それ』からルクたちを、守る。
もちろん、おれたちとみんなも。
すべてを出し切らせ、なおかつだれひとり犠牲にすることなく、この戦いを終える。
そんなミッションインポッシブルにはしかし、強い味方がついていた。
『最後の一手』のさいには、『はるかな愛のコンチェルト』をフルパワーでいこう。
そう考えたおれは、ライカネットワーク上にシオンがアップしている『戦況予報&予定表』をチェック。そこまでの、推定手数を確かめようとしたのだが――
待っていたのは、小さなおどろきと大きな喜びだった。
そこにはもう、俺たちが守ります、の一言とともに、あの頼れるチームが立候補の書き込みをしてくれていたのだ。
そして、そのまえにもあとにも、頼もしい仲間たちによる協力表明がいくつも。
『カナタさんたちは、ひたすら戦況に集中してくれればいいんです。
あとは、俺たちでフォローしますからね!』
書き込みにこめられた心の声たちが、おれを勇気づけてくれる。
もちろんおれの見る先には、あたたかく黒いツヤモフをまとった、だれより頼もしいあの背中。
もう不安なんか、かけらも残らなかった。
進化を遂げた『ルクネット』のチカラで、さらにパワーアップしたルクと対峙しても。
たとえ彼本体が、アカシやセレナ、ルクネットの向こうの人たちの尽力により、まるでノーダメージなのだとしても。
ライムとソナタが、みんなの願いのこもったお守りとして渡してくれた、さくらピンクのリボン。
インベントリからとりだして、おれのうさみみにきゅっと結べば、舞い散る桜花とたなびくリボンのエフェクトとともに、あたたかな守りのチカラがおれを包む。
ソナタはいまこの瞬間も、この空の向こうで頑張っている。
泣きたいほどの不安も、きゅっとにぎって笑顔に変えて。
無事を祈る気持ちを、澄み切った歌声に乗せて。
大丈夫だからね。すぐ、そこに帰るよ。
ソナタが好きなように泣いて、好きなように笑えるように!
「イツカ、全力で行くよっ!」
「おうっ!」
いつのまにかスケさんのほねほねを身にまとい、天使なんだか黒猫なんだか骨剣士なんだかもうわかんない姿になったイツカと短く声を交わし、おれはルクに向き直る。
「それじゃあ、遠慮なくやらせてもらいます。
始めましょう。
おれたちの、さいごの大一番を!」
ルクは本当に、強かった。
イツカ二人を相手に、両手の双剣で互角に渡り合う。
ライカネットを通じて世界中からふりそそぐ祈り、ここにいる仲間たちみんなから飛ぶ強化をめいっぱい受けたイツカはもう『輝くねこみみ大魔神』としかいいようがない状態なのに。
「がんばれ四人とも! がんばって――!
おれたちがついてるから!! ぜんぶぜんぶで、応援するから――!!!」
ひときわひびくのはミライの声。
ミズキにまもってもらいながらも、みんなの一番前に立って、一生懸命だ。
きれいなエメラルドの瞳をかがやかせ、こころからの祈りを声援に乗せて。
おれたちが小さい子供と赤ちゃんとして、着の身着のままこのセカイにあらわれて。
わけもわからず不安だった時、おれたちをたすけてくれたのは、ミライだ。
親のないおれたちを誰より心配して、たくさんたくさん世話を焼いてくれた。
『おれをおにいちゃんとおもって、なんでもいってね!』と、かわいらしくがんばってくれた。
自分もまだ、たったの五歳なのに。
ともに時間を過ごすうち、いつしかその存在は、かわいいお兄ちゃんから、かわいい弟になっていたけれど……
それでも、頼れる存在、家族に等しい存在であることは、いつもいつの日も変わらなかった。
イツカが『ミライツカナタ』の剣、おれが頭脳とするならば、ミライはハートだ。
やさしく、あたたかく、チカラをくれる、かけがえのない存在。
スターシードであるおれとイツカにおいてかれてしまうなんて、不安を抱いていたようだけれど、とんでもない。
おれたちのほうこそ、ミライなしではやっていけないのだ。
ここまでの日々、何度も何度もそう実感した。
ミライの小さなからだから、大きなハートからあふれる無限のチカラが、すべての祈りを包んで、おれたちに優しく流れ込むのを感じた。
だから、イツカの剣は冴え。
だから、俺の頭脳も冴える。
めいっぱいの強化を。回復を。防御を。
錬成魔術に、双銃『サツキ』『ウヅキ』から打ち出すミックスポーション弾やオーブに、ときにはスキルや神聖魔法にのせて、一手、また一手と戦いを進めていけば、そのときはやってきた。
「ヴァル。セレナを頼んだぞ」
膝をついたルクはそれだけ言うと、首飾りを足元にたたきつけた。
「おじさま? なにを……まさか」
とまどうセレナを執事ヴァルが連れて退避すると同時に、ルクは『それ』を実行した。
もうもうと上がるスモークの中、竜頭双剣をクロスさせて念を込めれば、ふたつの竜の口から、つんと匂う腐食性の毒霧と、激しい炎があふれ出す。
そのときおれが使ったのは『はるかな愛のコンチェルト』ではなく『玉兎抱翼』。
そのときイツカが使ったのは、逃げるための『0-G』ではなく、抱いて守るための『0-G』。
『謁見の間』はその全体が、ふくいくたる花の香りと、舞い散る花びらに包まれた、薄紅色の『誰も傷つかぬ聖域』と化していた。
はるか空の向こうから、ライカネットを通して送り込まれたノーダメ結界『セント・フローラ・アーク』――否、その正統の進化型である『セント・フローラ・ガーデン』によるものだ。
そのまんなかでイツカたちは、ルクを腕に抱えて爆発から守り、おれたちはそんなイツカたちを、めいっぱいに展開したうさみみで包んで守っていた。
「ルク――!!」
「ルク様!!」
『大女神』の玉座の後ろからセレナが走り出し、ルクに飛びつく。
そのうしろを追って、執事ヴァルも駆けてくる。
もちろんイツカたちとおれたちは、腕と耳を解いてその場を譲った。
「ばか、……ばか! なんてことっ……
もうおじさまなんて呼びません、お兄様とも呼びません!!
たとえ結婚できずとも、わたしが唯一愛する方はあなただけです!
世界中から後ろ指をさされても、不適格な魂として煉獄に棄てられるとしても、わたしが生きる場所はあなたの隣、ただそこだけですっ!!
だから、生きて。
たとえ罪を、不名誉を負っても、生きてください!!!」
「え…………
いや、しかし」
あふれる涙とともに、訴えかけるセレナ。
ルクはいまだぼうぜんとしたまま、それでもかぶりを振ろうとしたけれど、そこはイツカがトドメをさした。
「なあ。愛するひとにこんだけ言われてんだ。生きてみようぜ」
「アカシたちもさ。
死ぬのは100年くらい先でいいじゃん。
いまは、帰ろうぜ。あんたたちがいなくなったら泣いちまう、大事なひとたちのもとへさ」
そう、ルクのまわりには、自らを戦神のカラダを形成するパーツと変えていたアカシたちも、すっかりもとの姿で立っていた。
「え……なぜ……元の、姿に……」
「セレネがさ。そうしたいって。
女神の名のもとに、おれたちの戦いは終わった。
ここは、ノーサイドで行こうぜ?」
イツカが頭上のわっかを指して笑えば、ああ、と彼らの目元も潤む。
ノーサイド。互いの健闘をたたえ合っての和解。
『Our game was over.――おわりだ』
あたたかなムードが『謁見の間』に満ちたその時、玉座から大いなる女神が立ち上がった。
静かな、温度のない、どこかかなしげな瞳がおれたちを見下ろした。
次回。はじまるトゥルーエンド。
どうぞ、お楽しみに。




