102-5-2 めいっぱいの逆襲を! 邪道うさちゃんの戦い方! ~ミズキの場合~(2)
「ミツル、だめだよこっちきちゃ! かえれなくなるよ!!
ほらはやく出してもらって!」
「帰るとしたらカケルもいっしょ。
俺だけなんて、いやだ。
ぜったい帰るんだ。俺たち、いっしょに」
「…………うん!!」
ミツルがソラの手を取って、力強く言い切ると、ソラは目を潤ませてうなずいた。
前世において、ルクとセレナとともにGMに挑んだというふたり。こうしてみると、その当時は双子の兄弟だったというのも納得がいく。
一方でアスカは、ガラスの向こうの交渉人相手に条件を詰めていた。
「まず、僕とミツルが相談して楽曲を作る。
それを君たちが承認し、僕が歌う、という形になるね。
だがハッキリ言って、僕は戦意高揚の歌なんか歌いたいとは思っていない。なにより、そもそも僕は音痴のシロートだ。
だから僕はプロンプターアプリを使って『歌う』。心を無にし、ただひたすら流されたデータの通り、内容を考えることなく。でもって、依頼は完了。楽曲は自由に利用していいものとする。それでいいね」
「はい、それで結構です。では、納期のほうは……」
アスカはどんとかまえて『王子様』全開。もはや完全に強弱関係が逆転している。
相手はただの交渉人でなく、ルク派のなかでもそれなりのポジションであり、このプロジェクトにおいてはリーダーをつとめる人物であるようなのに。
『月萌神族御三家』、その宗家の子といえば俺もだけれど、とてもこんな威厳は出せない。メンタルの強さが違うのだろう。
「この一日で作る」
と思っていると、ミツルが振り返って言い切る。
紅の相貌にまっすぐ見つめられた交渉人、あらためプロジェクトリーダーは、これまた敬語で返事する。
ほんの一年前には、内気すぎて人と目を合わせられず、大浴場でも前でなく顔を隠してたミツルが、こんなにも堂々としている姿に、俺たちは感慨を抑えきれない。
ソーヤとニノに至っては、後ろのほうでオカンモードに入っている。
「ミツルちゃん……すっかり立派になって……」
「本当! ニノさんもうれしいわっ!」
「ほんとのミツルはこうなんだよ。
実力も、意志の強さもピカイチ。
ただね、遠慮しちゃうんだ。
自分の力が、誰かに無理強いをさせちゃうんじゃないかって。
ミツルなら、ぜったいそんなことないのにね」
さきほどまでの不安な様子はどこへやら、すっかり誇らしげな顔になったソラが、そっと教えてくれた。
その後『衣装と背景画像はニノとイズミで作る(それも完成後はノータッチ)』というところまで話がまとまると、おれたちは面会室から移送された。
といっても、昨夜一晩をすごした最深部隔離エリアでなく、特別待遇の――具体的には、ここを出る直前のスケさんたちがしばらく過ごしたという――フロアへだ。
居室の広さ、設備をいうならば、前者は零星、後者は二つ星部屋といったかんじ。
フロアを無断で出ることはできないが、同フロアの各種設備の使用は自由。アトリエでのクラフトデザイン、スタジオでの作曲もできれば、ボイスの先生と連絡を取りレッスンを受けることもできるというのだから驚くばかりだ。
「ほんじゃ、イズニノにみつるん、打ち合わせいこっか。
あとのみんなはそだねー、休息か軽めのアイドルレッスンでオナシャス!」
「ねえアスカ、おれたちも、なにかお手伝いできない?
だって、四人だけにたいへんなことさせちゃうの……こころぐるしいよ」
ミライがまってとけなげに声を上げると、アスカはミライをむぎゅーっとした。
「ああっもおおおなんっていいこなんだろうねミーたんは!!
だいじょうぶだよ。むしろ今はおれたちにまかせて。
ここから出たら、きみたちはめいっぱい歌って踊ることになる。
まあそれいうならみつるんもだけど、その分をきみたちが頑張るかんじで」
「うん、わかった!
それじゃあね、えっと、お茶いれるねっ!」
「っしゃあ! ソーヤさんもてつだうぜ! 胃袋担当の名に懸けてっ!!」
「おーう! ぜひともおたのもうします!!
……あ、一杯でいいからね?」
「はーい!」
もちろんソーヤ以外の俺たちもおてつだいだ。
カップを用意し温めて、ミルクにさとうにレモンスライス、棚にあったクッキーもお皿に盛って、トレーに乗せて持ってゆく。
ミライがていねいにポットを傾けお茶を淹れたら「それではごゆっくり☆」と冗談めかせてミーティングルームを退出。
あとはそれぞれお茶をたしなみ、沸き上がった眠気のままにすこし昼寝して、時間になったら食事、入浴。軽く自主トレを行って就寝した。
俺たちが再び呼び出されたのは、昼も過ぎたころだった。
ミツルの曲、ニノとイズミによる衣装&背景画像が承認を受け、アスカが歌うセッティングが整ったのだ。
アスカはひとり、スーツを着てスタンドマイクの前。
のこる俺たちはその後ろ、お仕着せめいた控えめな意匠のスーツで立つ。
俺たちの後ろには、月萌の四季をモチーフにした背景画像。
まぶしい照明の中、荘厳な前奏がはじまった。
プロンプターアプリに操られ、アスカが口を開く。
『音痴のシロート』なんていうにはもったいない、透明感あるきれいなカウンターテナーが、積年の恨み悲しみを歌いだした……
はずだが、そのメロディ。やけに明るい。
この歌詞ならば必須であるはずの悲壮感がまったくないのだ。
というか、歌詞までどんどんおかしくなってくる。
違和感、違和感。違和感しかない。
「おいやめろ! とめろ!!」「だめですとまりませんー!!」「おい、この背景画像どうなってる!!」「ひえええ?!」「コンセント引っこ抜け、そしたらどうにかなるだろ!」「とまりませんだめです――!!」
そんな悲鳴があちこち上がるのをガン無視して、アスカは神妙な顔のまま、その奇妙な歌を歌い終えたのだった。
逆襲のうさちゃん。種明かしとシメは次回です!
どうぞ、お楽しみに!




