101-6 力になるというならば
どこまでも続く虚空を天井に。月の砂のようなふみ心地の、ふわふわとしたアイボリーの敷物を足元に。
壁は、どこにも見当たらない。
色彩は違えど間違いはない。ここは『謁見の間』。このセカイを統べる、大いなる女神のおわす場所。
おれたちは全員まとめて、そのまんなかに出現した。
距離にして10mほど。
おれたちの正面には白の玉座があり、そこに座する主がいる。
その左右には、彼女に侍る男と女が。
リアルの三女神全員によく似た、堂々と威厳ある女性。
かつて彼女に挑んだと自称する、少年にしか見えない男。
そして彼を慕う、少女の姿をした女性。
大女神。そしてルク、セレナ。
いずれも、月明かりの色の装束で厳かに装っていた。
彫像を思わせる笑みをこちらに向けていた。
まるで、体温さえ有していない、そんな風にさえ見えた。
以前は晴天の青を宿していた天井に、そこから注ぐ光に、彩りがないためか。
そういえばあの玉座。虹の色を宿していたそれにも、今日は彩色がなされていない。
女神の目がおれたちをとらえる。玉座に座したまま、彼女は厳かに口を開いた。
『よくぞここまで至った。素直に称賛を送ろう。
すでにルクより聞いていると思うが、われに攻撃を加えることは愚行だ。
それをよくわきまえた上で、己が振る舞いを決するが良い』
おれと、イツカが進み出た。
「しばらくぶりです。
さっそくですが、本題に入りましょう。
おれたちは覚悟を示しました。
『世界の人々のため、平和のためなら、矢面に立つ』と。
その結果が現状です。
おれたちは戦い抜き、世界の人々の意思をまとめ、ここに至りました」
まずは、おれが丁重に一礼して口火を切った。
「いま、世界には戦争がない。
みんなが平和を望んだあかしだ。俺たちだけの、ワガママじゃない。
ミッション『エインヘリアル』を。戦争を使ってひとの成長を強制し、輪廻を加速させるそのカタチを、変えたいとみんなが思ってる。
一緒に変えよう。ここまで来た俺たちだ。必ず、チカラになって見せる!」
そして、イツカがまっすぐに手を差し伸べる。
『…………ふふ』
するとGMは、目を伏せて笑った。
『相変わらずの「はかいりょく」だな。いや、磨きがかかったというべきか……
思わずぐらついてしまったぞ。
だが、その申し出はうけられぬ。
なぜなら、もう時間がない。
方向転換をおこなう余裕はもうないのだ。
……もしくは、余力、というべきか』
GMはすっと立ち上がると、虚空に二本の折れ線グラフを出現させた。
一方は青。ほぼ横ばいだったものが、途中でがくんと落ち込んでいる。
もう一方は黄色。微増微減を繰り返していたものが、これまた途中で下降に転じ、その下に横たわる赤い横線にむけてじりじりと近づいている。
『おまえたちがステラを救い、月萌とソリステラスの戦争を停止させた。
なおかつ、『魔王戦争』においても、死者を出さなかった。
このことにより、上位世界に旅立つ魂が大きく減った』
GMの指先が、青の折れ線を指し示す。
『魂たちは上位世界でヒトの受精卵に命を与え、やがて赤子となる。
赤子は長じて次の世代をなし、世を守る。
だが上位世界に至る魂が減ったことで、出生数も低下に転じた。
このペースのまま推移するならば、遠からず上位世界の人類は滅亡する』
次いで黄の線を示し、彼女は声を震わせた。
『最小存続可能個体数、というものを知っているな。
上位世界の人類の場合は、最低でも1000。
それがこの、赤のラインだ。
これを下回ってしまえば人類に残されるのは、デッドエンドだけだ。
民たちを戦わせ、ヒトとしての成長、輪廻の速度、すべてを上げてゆかねば、滅びの運命は避けられぬ。
平和にして長閑なセカイで、民の自然な成長を待っていては、共倒れの未来しかもう来ないのだ。
すくなくとも私の演算力では、このセカイにそうしたしあわせをもたらしてやることはできん。
力になるというならば。それでも戦争は嫌だというならば。
非情の魔王となってくれ。ミッドガルドの民を一人でも多く覚醒まで追い込み、戦いの末の死を与えてくれ。そして上位世界への虹の橋を、一日でも早く一人でも多く渡らせてくれ。
ルクとセレナは、それを受け入れてくれた』
セレナ――セレナ・タカシロをイツカは、驚いた目で見つめた。
この状況で、細かいことは語るまい。
次回、つづき!
お楽しみに!!




