Bonus Track_99-4 はじめての『ごめんなさい』! 天才科学者のリスタート!~ユリア・ホシノの場合~
いつも、自分と自分で話をしてた。
まわりのガキどもなんて、バカとしか思えなかった。
だからいつも、自分と自分で話をしてた。
幼稚園はたいくつで、園長室の本を読みつくしたら、もう用はなかった。
幸い父は理解のある人で、私を書斎に入れてくれた。
一番面白かったのは、航空宇宙工学の本。
ちっぽけな人間の世界を飛び出して、もっともっと大きな世界を見たい。世界の真理を知りたい。
そのためには、高天原学園に行くしかなかった。
学校なんてバカらしくて行ってられなかった。
ティアブラをキッズアカウント解禁と同時にやりこんだ。
あっという間に小学生ユーザーの上限であるBランクへ。運営に談判しても、中学生もしくは、それに相当する年齢に達していないとAランクにはなれないということ。
やってられない。さっさと300万TPを稼ぎ、八歳で『天使堕ち』。無理やり高天原に乗り込んだ。
高天原学園に入るには年齢が低かった私は、手術と引き換えにここに来たハートチャイルドや、御三家の子女たちとともに、高天原幼年学校へ。
当然そこでも浮いていたけれど、別に気にもならなかった。
私にはもう、あたしと俺とぼくとウチがいたから。
なんでもカンペキにできた。五人で考えれば、宿題だってあっという間に解けた。
そのうち、われらを認めてくれる人が現れた。
ひとりは、リュウジ。
もう一人は、当時の国立研究所の長のホシノ博士だ。
幼年学校でも浮いていた私だが、正確には友人はいた。
リュウジだ。宇宙を目指して勉強しまくっていたやつとだけは、マトモに話ができた。馬もあった。
なにより、われら五人で話していても気持ち悪いと言ったりしなかった。
いずれともに宇宙へ行こう。約束して、リュウジは高天原学園に。
われらは、博士にすすめられるまま五人に。
私以外は戸籍がなかったため、ほか四人はホシノの養子・養女として『人間』となった。
彼の口添えでカレッジに飛び級。同時に、国立研究所で働き始めた。
博士に指示されたものは、非合法な実験が主だった。
Ω堕ちののち、身柄を買い取られた研究者たちとともに、様々なタスクをこなした。
その日々は楽しいものだった。
博士はわれわれにいくらでも学ばせてくれた。
必要なものは最大限用立て、体調を気遣い、温かみを感じる声をかけてくれる。
月面到達研究への予算がつかなくなっても、われらは博士を恨みはしなかった。
彼が最大限奮闘してくれていたことを知っていたから。
いつか、希望を取り戻してくれると信じられたから。
――あいつらにすべてぶち壊されるまでは。
博士はすべてを自らでかぶり、われらは咎めもなく研究所に残ることができた。
だからといって、ハイそうですかといい子ちゃんになることなどできるわけもない。
ほとぼりが冷めるとすぐ、博士が残した研究をひそかに再開した。
『アマミヤカケル』をはじめ、よい被験者が見つかったのは、幸か不幸か。
それは明るみに出てわれらは捕縛されたが、研究は成功以上の成功を収めた。3Sの多重憑依、それによる大幅パワーアップは完全に成功したのだ。
その功を持って我らは首の皮一枚つながった。そこへ『魔王戦争』。
つぎなるプロジェクト案はもう完成していた。結果は出せるはずだった。
そうして、われらは再び評価されるはずだった。
博士といたあの場所へ戻ることができ、つぎに功を上げれば今一度、博士を呼び戻させることもかなうはずだった。
だが、またもやつらだ。
絶望しかけたその時、黒猫野郎がまさかの提案をしてきた。
われらを研究チームに迎えるというのだ。この知識と技術を評価してのことだ。
やっぱりだ。結局は結果がモノをいう。われらの生き方は、間違ってなかった。
追い風はさらに続いた。『グランドマザー』に行く手を遮らせぬためには、スキルに依ることのないプレーンが必要となる。
月萌に、いや、世界に唯一あるソレは、われらがつくりあげた最後の実験機『そらふねIII』だった。
予算がつかなくなり、廃棄処分となったソレを、記録を改ざんしこっそり我が家に運んだ。こっそりとメンテを続けた。そのためにスパイ行為もしたし、シゴトをサボりもした。
だがそれらはすべて実を結んだ。なにも、なにひとつも、われらの行いは間違っていなかった。
調整はあっという間。テストコースを設定し、遠隔操作で打ち上げ、飛行し、戻ってくる。われらにとっては、簡単なお仕事だ。いうなれば、ラジコンでも飛ばすような。
念のためにと魔王やガキどももスタンバイすることになったが、まあ、無駄なことだ。
なぜって、われわれはなにもまちがわない。いつだって、カンペキなのだから。
予定時刻きっかり、それははじまった。
用意した滑走路を『そらふねIII』はなめらかに疾走。ゆるやかなカーブを描き、青空へ。
うなるATREX エンジン。排気口がまばゆく輝く。
いや、これは、まばゆすぎる。直感した。やばい!!
「とどまれッ!! チアキ!!」
「うん! ゆっくりにげてっ!」
そのとき、ガキどもが叫びだした。
広がりかけた爆炎が、押さえつけられたかのようにとどまり、やがてもとの太さで排気口から流れ出しはじめる。
「ユリア君、緊急着陸を」
「え、え、ああ、……」
エルカの声に促されるまま操作を行った。なんだ、何が起きている。
コンソールに走らせた手は、なぜかひどく震えていた。
滑走路に戻った『そらふねIII』は無残な姿だった。
消火剤にまみれたエンジンと、その周囲はひどく焼け焦げていた。
爆発寸前だったのだと理解はできたが、納得はできなかった。
「ば、かな、ばかな……なんだってこんな……
お前らかッ?! お前らがやったのか?!」
目に入ったのは、オブザーバーブースからこちらを見下ろしているガキども。
あいつらは、3S多重憑依実験の被験者どもだ。
そのなかのひとり、黒くでかいうさみみを装備したメガネのオッドアイは、そうだ。
「おい! 貴様、貴様だなマキノハライズミ!!
私に騙されたことを恨んでこんなっ……」
やつはスキル『邪眼』を持っている。そいつを暴発させてΩ堕ちした。われらの実験の『後遺症』で。その意趣返しか。そのためにわれらをチームにいれることを了承したのか。
やつは通信越しにしれっとのたまった。
『意味ないだろ、そんなの』
「なんだと?!」
『あんたのふねを飛ばすことは、おれたちを救うことになる。
そもそもおれはもう『邪眼』をもってない』
マキノハライズミはステータス開示。そこには確かに『邪眼』はなかった。
唐突に悟った。われわれは、間違っていたのだと。
「…………ハハ」
口から出たのは、乾いた笑い。
「われらは、やらかした。やらかしたんだ。
じゃなきゃこんな失敗はなかった。
笑え。笑えよガキども。
そうされなきゃ、いけねえんだ……!!」
目の前が曇った。膝をついてしまった。
降ってきたのは笑い声、ではなく、背中を撫でる温かい感触だった。
顔を上げれば、マキノハライズミがそこにいた。
無表情っぽい、だが、とげのない顔で。
「意味ないだろ、そんなの。
あの頃は苦しかったが、もう、それは遠い思い出だ。
アレがあって、今がある。なら、ぶつけるべき恨みなんかない」
背中を撫でているのは、まだ大人になりきってない手。
なのに、思い出した。
博士の手を。父の手を。
われわれより年下の、IQだってはるかに低いガキなのに、その手はとても、暖かかった。
「……私は」
愕然とした。なんてことをしていたのだろうと。
この暖かい存在たちを、ただの被検体としてしか見ていなかった。
見下していた。粗末に使い捨てようとしていたのだ。
こんなに暖かな、尊い存在たちを。
われらはこの日、生まれてはじめて過ちを悔いた。心から詫びた。
やり直そう、それは、人として。
そのために、月を目指す。
決意とともにわれらは、人生の新たなスタートを切ったのだった。
カンペキだったことなんかカンペキにない日向はちょっとうらやましいです。
次回イツカナ視点。三日間の休みにしたことは当然……
どうぞ、お楽しみに!




