97-5 それぞれの願いをかけて! 月萌最後の戦い!(3)
『セレネさん』は『ツクモエマザー』の現し身。いうなれば、ヒューマンインターフェースだ。
このことは、全国民が知っている。
けれどそれを、ここまであからさまな形で突き付けられることは、99%ないことだ――『ツクモエマザー』のメンテナンスを担う、選ばれた者たち以外は。
別におれなんかは平気だ。なぜなら、知っていることだから。そして、一度は通った道だから。
おれは、つい一年前までライムのことをアンドロイドだと思い込んでいた。
迷って、あきらめかけて。結局、おれのきもちは消えなかった。
それでも、いま、イツカに対して、この仕打ちはひどすぎる。
これからセレネさんと運命の一騎討ち――もしくはおれを補助に着けての決着をつけようというときに。
どうしてくれよう、このショタジジイ。考え始めたそのときに、陽気な笑い声は響いてきた。
「あっははは! なんだよもーそんなことかよー。
ルクって案外ベッタベタなこというんだな。ちょっと和んじまったかも!!」
「…………はい?」
イツカのやつ、腹を抱えて笑ってやがる。
いや、どうしてこうなった。ぶっちゃけおれもポカンだ。
ひとしきり笑うとイツカは、ルクをまっすぐ見つめて語りだした。
「ゲームキャラだとかなんとか、んなセッテイどーでもいい。
セレネはセレネだ。それだけだ。
セレネの脳みそが、金属でできたキカイだから。その行動のもとになってんのは、誰かのプログラムでできたAIだから。だからなんだ?
俺たちの脳みそだってミソでできたミソ製で、誰かの考えきいて覚えて育ってくるもんじゃねーか。
結局なんも違わねえんだよ。話せて、笑いあえて、たとえ部分的でもまっすぐ心を通じて。それ以外に何が必要だ?
だいたいセレネのココロを『手に入れる』とかありえねえだろ。
俺の心は俺のもん。セレネのココロはセレネのもんだ。
セレネは自分の人生生きる。俺は、セレネのそばで俺として生きる。
そんだけだ。わかったら帰れ。
今度この手の挑発ぶちかましたら、セレネと一緒にガチで殴るからな?」
「……ふふっ」
全部聞いたおれは、失礼ながら笑ってしまった。
「え、なんだよカナタ?」
「やっぱりおまえはおまえだね。
あんな仕打ちされたら、いくらおまえでもショックでかすぎないかなと思ったけれど……
よかった、杞憂だったみたいだね」
「おう!」
すると、ルクはどこかあわれむように問いかけてきた。
「おやおや、これは奇特なナイト様だ。
欲を覚えたりはしないのかね、男として?」
「……食欲ならふつーの男子並みにあるけど……?」
「……………………」
ショタジジイ会心のはずの問いかけは、見事に空振った。
我らががきんちょ黒にゃんこ野郎はけげんな表情。『なんでそこで食欲の話が出んだ?』という顔だ。
かっこつけてぼやかしたところをわざわざ解説もしがたいのだろう、ルクは何ともいえない顔をしている。
なんだかちょっと気の毒になったので、とりあえずおれが対応した。
「御用がそれだけでしたら、セレネさんとの約束がありますので。
お引き取り願えますね?」
「ああ。そうするとしよう。
ではまた、いずれ」
なんの仕草もはさまずに、ルクの姿はす、と消えた。
そして入れ替わるように、ブルーのワンピース風ドレスのセレネさんが姿を現した。
『まずは、礼を言おう。ありがとう、イツカ。
わたしを、そのように思ってくれていたこと、とても嬉しい。
母体に基づく血肉を持たぬわたしを。マザーの分かち身であり、ミッション遂行のための道具に過ぎぬわたしを』
いつもどおり冷静なしぐさと声音。けれど、澄んだ瞳はキラキラしている。
そうだ。こんなにきれいな瞳が、まがい物なんてことがあるもんか。
たとえその構成要素が何だろうと、セレネさんは、『ほんもの』なのだ。
おれはあらためてそう確信した。
「んなふうに言うなよ。
たとえ生まれがどうだって、セレネは生きたホンモノだ。俺たちが保証する」
そのことばにうなずきを送れば、セレネさんは嬉しそう。
『カナタも、そうなのか。
わたしは果報者だな。いや、わたし『も』というべきか……
いや。それでも』
あどけなさを宿す顔から、やわらかな笑みが引っ込んだ。
『わたしは、やらねばならない。
わたしは、わたしを求めたものたちの、星とならねばならない。
それは、『わたし』自身の意志だ。
戦ってくれ、イツカ、カナタ。いまのわたしは反魔王の首魁、その象徴だ。
この今を、未来を変えるというなら――
お前たちの意志を、力を。戦いをもって示してみせよ!!』
セレネさんはきっぱりと宣言すると、すっと背筋を伸ばした。
いや、その背丈も物理的に伸びた。
ドレスをまとった小さな少女から、戦装束の大人の女性へと姿を変えたセレネさんは、手にした王錫をシャン、と鳴らして宙へと跳んだ。
対し、イツカは。
「そういうと思ってた」
にっこり、笑顔をむける。
「セレネはやっぱり、セレネだな!
そうだな。約束したもんな。
よし、やろうぜ!
さすがにここでやるとやべえな。表出るか」
『……ああ。
我らの全力の戦いぶりを、天下万民に示そうぞ!』
悲壮感なんかこれっぽっちもない、カラッと明るいイツカの笑み。
つられるようにセレネさんも、笑顔を取り戻す。
そうして、おれたちは転移した。
月晶宮の一番高い場所。すなわち、塔のてっぺんへ。
ノゾミ先生「( ゜д゜)」
次回、月晶宮のてっぺんでバトル!
どうぞ、お楽しみに!!




