Bonus Track_97-2 俺の、ラストバトル~リュウジの場合~
レインが私の前に立った瞬間、勝負の行方が分かった。
さあ、最後の戦いだ。
疑義など出ぬほどきっぱりと、白黒つけなければならない。
ガチの剣なんか向けたいわけがない。
突き放し、冷遇したとはいえ、ただひとりの、愛する息子なのだ。
だが、だからこそやり遂げねばならなかった。
私は、否、俺は、愛刀『兎角』を手に地を蹴った。
* * * * *
僕には、夢があった。
地球を飛び出し、宇宙に行くこと。
ひとのたましいが還る月。この世界を統べる、大いなる女神様のお城があるといわれる場所。
いつか、そこに行ってみたい。
そしたら、さらにそのさきへ。
どこまでもどこまでも、星々の海を冒険してみたいと。
子供から少年となって、その夢はもっと現実的なものになった。
宇宙にかかわる仕事をしたい、というものに。
一番の近道は、空軍に入ることだった――月萌航宙防衛隊は、宇宙がフィールドだ。
体を鍛え、勉学に励み、もちろんバトルにも精を出し。
高天原学園卒業と同時に月萌軍へ。配属は、航宙防衛隊。
バディを組んでくれていた弟アキト、親友のイワオとやつのバディのユキナとともに、飛び上がって喜んだ。
その後、アキトは社会学者として高天原の外へ。俺は、空軍で訓練と任務、学びと研究の日々を過ごした。
いずれ、父の跡を継ぐまでのこと。わかっていたので、懸命だった。
すこしでも、すこしでも、夢の在処に近づきたくて。
日々、研究と進歩を繰り返す俺たちのまえには、見えない天井があった。
たとえば、テラフレアボムの実現。たとえば、月面への到達。たとえば、定型スキルと覚醒技の直接リンク。
理論的には可能であるはずなのに、なぜか、結果を出すことができない。
大いなる女神に禁じられた領域に、日々幾人もの人々が挑み、そして敗れていった。
成人するころには俺も、その一人となりかけていた。
どうやっても、どうやっても目指す場所に至れぬ日々。
心荒みかけたその時、あのひとにであった。
「大丈夫よ。わたしたちはいつも、あなたたちをみているから」
『マザー』の現身に似た、少女のようなそのひとは、ひとつ俺を優しく撫でると「もう、会わないといいわね」と謎の言葉を残して去っていった。
その意味を知ったのは、十年以上後。
父の跡目となり、『御大』の前に上がった時だった。
学生時代の弟によく似た、少年にしか見えない男のわきに、あのひとは控えていた。
あの日のままの姿で。どこか、哀しい笑みを浮かべて。
『できるならば、終わらせてやってくれ。セレナの、終わらぬ時を』
帰り際に『御大』は俺にささやいた。
ミッション『エインヘリアル』をおわらせる。それが新たなミッションとなった。
その過程で犠牲が出てしまうことは分かっていた。どうしても救われぬ運命が待つとわかるものだけを救い上げた。
もうひとつの意味で『おわらせる』準備も進めていった。
愛する家族を突き放した。
息子を冷遇し、冷徹なヒールとしてふるまい、憎しみを集めた。
私が、この私が、『ラスボス』となるのだ。そうすれば、もう犠牲が出ずに済む。
この、過酷な『ゲーム』での。
友といえる存在も作らぬようにした私だが、それでも強引に親友でいてくれたイワオに、どれだけ救ってもらったことか。
やつの前でだけ、『私』は『俺』になれた。
その、短くもかけがえのない時間が、ここまでを支えてくれた。
いま、やつはここで私を見守ってくれている。
家族のことは、やつに頼んだ。
愛するものと手を携えた我が息子は、全力の私に勝つ。
そして私は『退場』となる。
私はたくさんの恨みを集めている。確実に、獄につながれることとなるだろう。
それでいい。そうすれば、『御大』『御前』とタカシロ宗家の縁は切れる。
正義の魔王たちが『御大』と戦い、勝てば、ミッション『エインヘリアル』も――『御前』の『終わらぬ時』も終わる。
わが息子、そして息子の最愛の存在が連携して繰り出す技は、これまで見たどんな技よりも美しく、そして暖かかった。
そのやわらかな、うさぎの毛のような感触に、そのまま落ちてしまいたくなる。
まだ、まだだ。
私は、『ラスボス』なのだ。やり遂げるのだ。全力で。
一振り、一跳ね、かわして一突き。
体は軽かった。心はもっと軽かった。
見てくれ、皆。これが、ほんとうのレインだ。
自分の力を手に入れた、最高にかっこいい、自慢の息子だ!
レインの動きは滑らかだった。すべるように移動し、流れるように防御し、シームレスに攻撃を返すさまは、まるで舞踏のよう。
対し、私の動きは身を包む特殊結界の力で、どんどんと重くなっていく。
それでいい。それでいいんだ。
三分ほど立ち回れば、俺はもう、その場を動けなくなっていた。
いい頃合いだ。終わらせよう。全力の、最後のあがきで。
「レイン。よくぞここまで成長した。
最後に、我が奥義を見るがいい。
耐えられれば、お前の勝ち。耐えられねば、私の勝ちだ」
「はい、父上。受けて見せましょう」
レインはりりしくそう答えた。そうだ、それでこそお前だ。
大丈夫、俺の目にはもう見えている。
お前はこの技を、笑って耐え抜くのだ。
痛い顔をしたら、父が悲しむと思って。
「ゆくぞ!
秘剣! 『天ノ岩船』ッ!!」
『兎角』を天に掲げ、全力を注ぎ込む。
凝り固まった剣気がかたちづくったものは、空渡る、山もかくやの方舟。
中空に表れたそれを、祈るように突進させた。
耐えられることは分かっている。自己満足と分かっている。
けれどどうか、すこしでも、痛くないよう、苦しくないように――
レインは両手を広げ、それを受け止めた。
愛する者を迎えるような、やさしい抱擁に、方舟は光の粒となって溶け去った。
その光景を見届けると俺の時は、ゆっくりと凍てつき始めた。
さあ、ラスボス最後の言葉を残そう。
「すばらしい。完敗だ。
……私はこれまで赤竜管理派の長として、多くの犠牲を出してきた。
大人も、子供も。それと知りつつ苦境に落としてきたのは、この私だ。
いまが年貢の納め時。潔く縛につき、すべての罪を償おう。
さあ、勝利宣言を。お前の、お前たちの勝利だ……?」
そこまで言ったとき、異変に気が付いた。
ドンドン、女神の障壁をたたく者がいる。
レインと二人顔を見合わせ、そちらを振り返れば、見覚えのある少女と、見覚えのありすぎる少年たちがいた。
「待て! 待ってくれ!!」
「その人は俺たちの恩人だ!!」
「ぜんぶ聞いたぞ! Ω落ちして行く当てのない俺たちを、正体かくして引き取ってくれたんだってな?!」
かれらの顔触れを見て驚いた。ヤヨイ君、ユキテル。ユキテルに付き添うケイジ。
その後ろになんと、これまで身柄を引き取ってきたもとΩたちや、その仲間たち。『魔王の仲間』たちまでいる。
いったいどういうことだ。たしかにユキテルには正体がバレてしまったが、そのほかの者たちにはまだバレていなかったはずだ。
『マザー』が一つうなずくと、青の結界が消え去り、少年たちと少女が駆け寄ってくる。
「タカシロのおじさま! わたしです、ヤヨイです!!
あなたがさきほど、ケイジさんたちを基地に来させてくれたんですよね!
おかげでわたし、どれほど救われたことか……
こんどはわたしにあなたを助けさせてください!」
「お、おっさん! あんた俺たちのことずいぶん心配してくれてたんだってな!
セレナんちにいる間は別に記憶なかったし気にすんな!」
「そうだよ、まあちょっとメイド服は着せられてたっぽいけどね!」
「俺のことも気遣ってくれてたって聞いたよ!」
驚いて見回せば、グッと親指を立てるイワオとライカ分体たち、ふんっと腕を組んてみせるアスカ、さらには意外なくらい優しい目をしたノゾミ・アリサカ、ミソラ・ハヅキ両教諭の姿が見つかった。
ヤヨイちゃんの後で叫んでるのはイザヨイ&ソラです。
リュウジ氏はかれらも引き取ろうと思っていたのですが、セレナたちが『あの三人、実験体として優秀じゃね?』と目をつけてしまったのでどうにもできなかったのです。
それでもなにかと心配していた模様。
次回、月晶宮への招待。
マザー・セレネVS赤イツカ、月萌国ラストバトルの開幕です。
どうぞ、お楽しみに!




