Bonus Track_97-1 むそうなんかしたくなかった、おとこのこのおはなし ~レインの場合~
『レインくん、かさかしてくれてありがとう! たすかっちゃったー!』
『レインすげーなー、あてられるじゅんばんかわっちゃったのに、ちゃんとこたえられてさ!』
ボクにとっては、当たり前のことだった。
降水確率から判断して、傘を何本かもっていくのも。
つぎの授業の範囲と、それよりほんの少しだけ先まで、予習をしておくのも。
そうすれば、みんな笑顔になる。自分もうれしくなる。
『レインかわいいー! いっしょにおしゃれ、たのしいね!』
『いつもありがとうございます坊ちゃま、とても助かりますわ』
『あなたは優しい子ね。ありがとう、レイン』
『ありがとうレイン。お前はお父さんの誇りだよ』
なにもたいへんなことじゃなかった。
だいすきなお姉ちゃんたちが、ファッションショーごっこをしたいときには、さりげなく顔を出してあげるのも。
メイドさんたちがこまってるときには、そっと手伝うのも。
お父さんやお母さんが泣きたいときには、そっと近づいていって、ぎゅっとするのも。
だって、そうしてあげればみんな喜ぶ。
心に浮かぶのだ。みんなの笑顔が。
それがほんとうのことになったら、ボクもうれしい。
だから、ボクにとってはあたりまえのことだった。
みんなみんなに、やさしくするのは。
もちろん、『ティアブラ』のこともいっしょうけんめい準備した。
キッズアカウントが解禁される五歳になるまでに、ネットやときには本で勉強した。
ボクたち高天原に生まれた子供は、ひとよりたくさん女神さまの恵みを受けて生まれている。
だから、そのぶんたくさん勉強して、いっぱい強くなって、女神さまを、この国をまもらなくっちゃいけない。
そのためには、ティアブラで冒険者ランクA、TP100万を達成。高天原学園に行って、優秀な成績で卒業しないといけないのだ。
もちろんボクは、やる気いっぱいだった。
そうすれば、みんながよろこぶ。そしたら、ボクもうれしくなるから。
けも装備は、だいすきなうさぎにしよう。
けがしたひとを治してあげられて、いざってときはたたかうこともできる、聖騎士になれたらいいな。
でも、クラフターになっていろいろべんりなものをつくるのも、たくさんひとをたすけられる。
どうせなら、ぜんぶ。ぜんぶ、できたらいいな。
そんな風に夢をふくらませ、初のログイン。
キャラメイクをしたら、始まりの街に降りてったボクは、感動でふおおおおっとなった。
すごい、なんてリアルなんだろう。
風のかんじも、空の色も、行き交う人も、まるでほんもの。
道沿いのお店も、そこに並んでる果物も、動画でみたのよりずっとリアルだ。
「ぼうや、ここは初めてかい? ほら、お食べよ。サービスだよ!」
「ありがとう、いただきます!」
お店のおばさんが一つ渡してくれたリンゴみたいなくだものは、みずみずしくて甘酸っぱくて、ふわんとオレンジみたいな香りがして。
「おいしーい!」
おもわずさけんだら、周りの人たちがあったかく笑った。
五歳の誕生日にはじまったティアブラライフ。
なにもかも新鮮で、なにもかも楽しかった。
ぜんぶ、順調だった。
ギルドで、バトルのチュートリアルを受けるまでは。
「はい、ではいまから、三匹のスライムを出します。勝てなくてもいいので、精いっぱい戦ってみてくださいね~」
「はいっ!」
冒険者登録の仕上げは、バトルの実力確認だった。
ギルドのバトル練習場にはいったボクは、初期装備の木の棒を手にとった。
向こう側の入り口が開いて、緑色をしたぷるぷるの水まんじゅうのようなスライムが、ぴょこん、ぴょこんと跳ねてきた。
ボクはイメージトレーニング通りに、木の棒をふりあげて……
いや、ちょっとまって?
これを振り下ろしたら、このスライムたちは。
つぶれてしんでしまう。一撃で、一瞬で、いのちがなくなってしまうのだ。
「どうしたの、大丈夫よ?」
「がんばって、レインくん!」
優しい係員さんたちや、見物客のひとたちも応援してくれる。
ドキ、とした。
もし、もしも。
ボクがいま、この木の棒を、おもいっきり、振り下ろしたら。
この練習場は、ばきばきにこわれてしまう。
ここにいるひとたちも、みんなけがをするだろう。
しんでしまうひともいるかもしれない。
なにも、むずかしいことじゃない。
だってボクは それができるんだから
ぜんぶこころにうかんだ。ボクがそれをしてしまえばどうなるのか。
こわかった。にげだした。
無我夢中でログアウトした僕は、お父さんとお母さんに抱き着いて泣いた。
ボクたちは『神族御三家』といわれる家柄だ。
生まれながらにして、大きな大きな力を持っている。
だからこそ、それを制御できなきゃならない。
わかってた。お父さんもおじいちゃんも、お姉ちゃんたちだって、みんな通ってきた道だ。
でもボクにはどうしてもできなかった。
失敗したら。思うと怖くて。
そんなわけで、まずはプリースト兼クラフターとしてティアブラをはじめたボクだったけど、行き詰まりはすぐにやってきた。
クラフターに採取はつきもの。そのとき、戦えない。
プリーストとしてみんなのお手伝いをするのは性に合っていたけれど、討伐には加われない。
一般ユーザーならそれでもよかったけれど、タカシロ宗家の嫡男がそうであることは許されなかった。
ついに僕は、病を理由としてティアブラをやめることになった。
そのころだった。父がタカシロの宗主となったのは。
父は仕事を口実に家に寄り付かなくなった。
理由は分かってた。宗主の抱える闇に僕が、家族が、取り込まれないようにだ。
父の留守中、むりしてはしゃいだハロウィンはぎこちなかった。
僕にはいつのまにか、どのリボンもどのドレスも、似合わなくなっていて。
それから姉たちと僕は遊ばなくなった。
母と三人の姉は、支えあうようにはしゃぐ。
僕は、それをそっと見守る。
それが我が家の日常になった。
やがて僕にも立場を与えねばならなくなったとき、父は僕を『冷遇』した。
『無能』を口実に、くぐつさえ与えず、特段の発言力もない『ハリボテの貴公子』に仕立てた。
僕が、後継ぎとなってしまわぬように。
父は、全てを背負って終わらせるつもりなのだと、ハッキリとわかった。
その意に従うのが一番いいことと『分かって』いた。だから私は命ぜられるまま、イツカ君とカナタ君に近づいた。
くぐつが与えられていなかったのは好都合だった。私はみずからスキャンダルの種をまいてアスカに生殺与奪を握らせ、かれらの陣営にくわわった。
かたちだけのダブルスパイとして動き。セレナ・タカシロの逮捕劇後の火消しをこなし。ライカくん、アスカ、ハヤト君たちとともに、『魔王』たちの留守を守り。
そうして、いまわたしはここにいる。
誰も殺さず、守るための戦いをし遂げるために。
「この光弾は……『ホスピタリティ』の応用か」
「はい。『ロイヤル・ラビット・レア』と名付けました」
今はなった金色の光弾は、そのためのもの。
TPBPHPの残量が減るにつれ、防御力を増すフィールドをまとわせる術式がこめられているのだ。
この防御力は、対象と周囲の時の流れを緩めることで実現される。
つまり、TP・BP・HPのいずれかがヒトケタになれば、対象と周囲の時は止まる。
こうなったフィールドは、次元破壊系の技でも壊すことができない。
つまり、相手を絶対死なせることなく捕縛することができる。
かつてソリステラスの戦いで、聞き分けのない主君を前線に放り込み、かつ生還させた奇跡の衛生兵『白衣のうさぎ天使グローリア』。
彼女が作りだした保護術式『ホスピタリティ』の応用だ。
あちらは、自らの身に宿したソウルの力で、もふもふの被毛を変化させてフィールドを作る。
残念ながらわれわれにあるのはけも装備とスキルなので、もふもふのさわり心地の光弾で応用だ。
「だが、どうする。
そこでただ立っていたところで、ポイントは減らせないぞ!」
「そこは、頑張るだけです!!」
大丈夫。いまわたしにはライカ君がいる。
心の中にはもう、惨劇のイメージは湧きあがらない。
地をけった。父が小さく微笑んだ。
タカシロの人たちはみんな天才ですが、アスカとレインさんは破格です。
次回、決着とそして。
どうか、お楽しみに!




