92-2 ただでは帰しません?! 寝起き訪問のそのあとに!
もちろん、ただ顔が見たい、友からの伝言をとどけたい、というだけの理由ではありえないだろう。
月萌におけるエクセリオンは、『マザー』と『祈願者』に次ぐ、高位の存在。
この時期、この情勢で『敵地』を訪ねるからには、何か重要な任務を帯びているに違いないのだ。
はたしてレモンさんは言った。
「えー? べつにそんなのないよ?
君たちはもう、全部知ってるでしょ。
ユーユーが作ったへんな動画とか、それでやろうとしてる作戦とか」
「ぶふっ」
「お姉さまったら!」
イツカが吹いた。いや、おれも吹いたけど。
親しい仲とはいえ、歯に衣着せぬというか、まったく身もふたもない。
「乗ってあげるの、アレに」
「ほかに選択肢はないでしょうからね。
もしおれたちが月萌行きをことわった場合、政権はあらかじめ作っておいた動画を流してそれを真実と言い張り、サクラの書き込みで世論をあおることでしょう。
そんな面倒なことになるくらいなら……」
イツカがニカッと笑って後を続ける。
「おう! ぶち当たってぶち砕けだな!」
するとレモンさんはにっこり笑って、おれたちの肩をいい勢いで叩いた。
毎度のことだが、ちょっと痛い。
「うんっ、いい返事だ!
いちおうあたしたちは『まだ』体制側の人間だからね。
ああして一緒に歌う以上のことはできないけれど、……応援してるよ」
そうしてほんのちょっとだけ、悪い笑いを見せる。
「高天原のみんなは、ここから戦時協力で大変だよ。
お給料やファイトマネーは一割天引き。でもって毎日一コマ、余計に実習やらなきゃなんだ。
ミズキに至っては、そのうえに使者役として毎日軍と行ったり来たり。
学園のカリキュラムはけっして楽なものじゃないんだ。長くは続かないだろうね」
おれはあらためて複雑な気持ちになった。
そのことは、高天原の外には秘されているけど、当然知っていた。
そして、そのあとに来ることも――アカネさんもアスカもほのめかす以上のことはしてこなかったけど――予測はついてた。
それでもミライやみんなが大変な思いをすることは、やっぱりいやなもの。
おもわずため息が出た。
「やっぱりちょっとだけけちょんけちょんにしてこようかな……」
「ちょっカナタやめてやめたげてこわいこわいこわいこわい」
「あはははは!」
なぜかめっちゃおびえるイツカと、大笑いのレモンさん。
でも、ライムが「カナタさん?」とおれの肩にやわらかく手を置いてくれると、すっときもちが優しくなった。
「冗談だよって。
そんな『思うつぼ』なこと、やらないよ。
あんなバカなことやったら、ミライやソナタに合わせる顔がなくなっちゃうもの。
おまえも首脳会談でうっかりへんなこと、言わないようにね?」
笑ってそう言えば、イツカの猫耳がうえーというように垂れた。
「あー……月曜来るのってリュウジ・タカシロだもんな。
ぶっちゃけある意味ラスボスっていうか……」
月萌にいるころ、リュウジ氏のつっこみには苦戦させられた。
おかげで鍛えられたと言えばそうなのだが、イツカ的にはそういうのはどうしても苦手らしい。
おれなんかはもう、一周回って楽しくなってきたりもしているけれど。
「ま、そのへんはおれにまかせてドンとかまえてなって。
お前の本番は、上陸してからだからさ」
「だな!」
あさって月曜の首脳会談では、月萌国、ソリス領とステラ領、そしておれたち『魔王軍』の代表が一堂に会する。
そこでのイツカのしごとは、おもに議場にネコ味を添える担当。
やつの真価が発揮されるのは、月萌上陸後。リュウジ氏が実力をもって、やつの目の前に立ちはだかった時だ。
イワさんは『そのときには、見届ける』と言ってくれている。
古くからの親友であるリュウジ氏と、新しい友であるイツカの激突を見るのは、つらくはないだろうか。
そうきいたときに、イワさんは言ってくれたのだ。
「ワシはリュウジを信じてるし、リュウジもワシを信じてる。
妙な手出しなどしたら、逆に邪魔になってしまう。
ワシは見届ける。それが、ここに渡ってきた、ワシの責任だ」
……と。




