Bonus Track_89-3 『ゼロブラ館』と愛のチカラと~エルカの場合~
『ゼロブラ館自由研究会』。
読んで名のごとく、ソレイユ邸敷地内に建つ『ゼロブラ館』を拠点とした研究会。
館の主は今はいないが、彼らの残した志はしっかりと息づいている。
すなわち、高天原生やOBたちが、ここで交流し、ともに研究を進め、勉強会を開いているのだ。
さいしょはイツカ君、カナタ君だけが住まう程度だった居住スペースは大きく拡張され、10名程度のゲストが泊まれるほどになっているため、泊まり込みで議論をしていく者もいる。
もっとも、主の部屋はアンタッチャブル。
愛しい人の帰りを待つ女主人だけが、慈しむように日々掃除を続けている。
彼女の寂しそうだった背中も、あの日からふたたび、ぴんと伸びるようになった――白いメイド服の襟元に、真新しいペンダントチェーンがのぞくようになってから。
ここが活気に満ちたのも、そのころからだ。
月萌神族御三家の成員や、彼らの住まう敷地内ですら、『大神意』の影響は免れなかった。
そのため、『ゼロブラ館』に出入りする客人はイツカ・カナタの『追放』以降、ほぼ完全に絶えていた。
イツカとカナタを深く愛するルナ、ルカ。ごくまれに、セレネさまが忍びで姿を現すくらい。
その間はライムと、彼女を気遣うライカ分体たちが、ひそやかに掃除を続けていた。
このままでは、ここを取り壊せという声も出てくるに違いない。そこで私はユズキ夫妻にかけあった――この素晴らしい研究施設を、時間が許す時でいい、われわれに貸してはくれないかと。
『大神意』からの暴走で、施設を損壊される心配はない。作業に当たるのは、わたしたちのような『スターシード』、もしくは、素性の確かなアンドロイドや、ライカ分体に限るからと。
承諾をもらえたその日から、さかんに研究が始まった。
ライムは不思議なことを言い出した。『どうしてかしら。わたし、ライカ分体さんたちの見分けがつくようになってきたみたいなの』
確かめに行ってみれば、なんのことはない。ライカ分体たちが、けもパーツを変化させていたのだ。
あるいは、きつね。あるいは、うさぎ。ねこはもちろん、からすやいぬも。
もちろん、どうしてこうなったかなど知っている。それを伏せてライムに『互いにややこしいから、けもパーツをたがえているようだ』と知らせると、ライムは本気で驚いていた。
『まあ! まあ! ほんとうだわ!
よくみたら、みんな耳やしっぽがちがうわね!!
なあんだ、そういうことでしたのね!』
なんという、愛すべき天然ぶり。おもわず声をあげて笑ってしまった。
ちなみに我が愛妻も、『やっぱりライムは可愛い!』と大ウケだった。
それから、しばらくののち。
ライムがカナタ君からお守り機能付きエンゲージリングを受け取ったことで、彼女の周り――ひいてはこの一帯が、『大神意』による憎しみを寄せ付けぬ『安らぎの場』となった。
皆、なんとなくでもそれを感じ取ったのだろう。『ゼロブラ館』にはぽつぽつと、また人や動物が訪れるようになっていった。
ラボの灯は連日のようにともり……
居間や宿舎にも、たくさんの声が響くようになった。
そのなかには、我々の声もある。
なぜなら、一部の『先祖返り』研究は、ここで行われているからだ。
この研究で被験者を務めてくれている子たちの一部――イズミ君、ソラ君は『魔王の味方』。そして国立研究所周辺は『安らぎの場』ではない。よって『大神意』の影響から、彼らに反感を抱くものと鉢合わせし、悶着になるおそれがある。
それを防ぐため、彼らとコンタクトをとるさいには、ここを利用しているのだ。
また、『スケさん』は先祖返りのチカラゆえか、イツカ君が大好きすぎるゆえか、『大神意』を吹っ飛ばしている。
本人も気を付けてはいるけれど、なにかのきっかけで『イツにゃあああん!!』となる危険は付きまとう。そのため、『ダンサーズ』に研究協力してもらう時も、極力ここに来てもらうことにしているのだ。
いっそ、ここに住居を置いてもらうようにするのもいいかもしれない。
今だって、どっかからきた小さな黒猫と楽しそうにたわむれている。
「イツにゃーん? おいでおいで~?
おーよしよしよし、いいこだねーいいこだねー♪」
私は知っている。あの子猫の中身は正しくイツカ君だ。
うしろの藪の中にひそんだうさぎフォームカナタ君も驚愕している。
いや、結論を出すのはまだ早い。ただ単に、黒い子猫と黒猫装備のイツカ君を重ねている可能性もある。これは、別の黒猫とも混ぜて会わせてみなければ。
決意とともに私は、けものフォームのイツカ君とカナタ君を回収に動くのだった。
次回、カナタ視点。
なぜこのゼロブラ館を訪れたのかが明らかになります。
どうぞ、お楽しみに!




