Bonus Track_88-1 月萌軍総司令部にて、白のアナウサギは腹の中笑う ~アスカの場合~
やっぱりやりやがった。
『つきかぜ』作戦の総司令に任じられていたのは、ルクの息のかかった男。
奴は粛々と強弁を弄し、『つきかぜ』は動き出す。
抗議と怒りの声の沸いた指令室はしかし、数秒で静まり返った。
回線に割り込んで、聞こえてきたからだ。
『ハグレドリ隊よりの援護、月萌司令部よりの討伐命令、ならびに月萌艦隊の前進を確認!
これよりハグレドリ隊の救援に向かう!』
やわらかく涼やかな、あの声が。
「カナタか!!」
「カナタだ!!」
海の上を飛んでくるフロートには、虹色の輝きをまとったうさぎの聖王。そしてそのとなりには、暁の女神の姿。
部屋中が沸き立った。まるで、ヒーローが降臨したかのように。
『って、ソレアさま? どうしてここにいらっしゃるんですか?』
『いや、あれってボクを援護してたんだよね?
月萌のみんなは誤解をしてるんだ。ボクが誤解を解いてあげなきゃでしょ?』
そうしてフロートが『つきかぜ』と『かもめ』の間に割って入れば、もう打つ手も撃つ弾もない。
それをもって『ハグレドリ隊』を裏切り者としたのと同じ行為を、『つきかぜ』にまでさせられない。それをすれば、ソリス領が月萌国そのものの敵となってしまうのだ。
『おおい?! ちょっと待てっ?!
お前たちに助けられるいわれはないんだが?!
今砲撃したよな?! 当たったよな?!』
『かもめ』から、隊長ユリ・ツシマのあわてた声が聞こえてくる。
カナタが異世界転生無双ものっぽいボケかたを披露する。
『ああ、そういえばさっきなにか当たったかもしれません。かぶとむしでしょうか?』
『うそつけええ!!』
総員突っ込み。ソレアさまは腹を抱えて笑っている。
『あきらかにひざを折っていたよなっ?!』
『そうそう、おかげでソレアさまのキックに当たらずに済みました。ありがとうございます』
どこまでもジェントルマンとして応対したカナタは、返す刀で問いを放ってきた。
『……で、月萌総司令部の皆さん。
お聞きします。『月萌シーガル先遣隊』の働きぶりはいかがでしたか?
『ステラ杯』の前からいまの今までこの海域で、受けた命に従い戦ってきた。
最後には、このおれにひざをつかせることまで果たした。
それは、評価に値する働きですか?
それともこれは、あなた方の命を無視した暴挙――すなわちあなた方の制御が失敗した結果ですか?』
やわらかくもすこし挑発的な物言いに、奴が抗弁をふるう。
「確かに! これらはわれらが命!
だがしかしッ! 女神ソレアに当たりでもすれば大いなる不敬!
それはやはり裏切り行為にあたるっ!! そのことは間違いないのない事実!!
である以上、討伐の命は正当なもの!!
よって、たとえここで詭弁を弄しこやつらを月萌に返したとて、待っているのは軍法裁判のみ。
残念だったな、アナウサギの大将よ!!
しょせんは子供の考えた屁理屈、大人の世界では通用せんわ!!」
最後には高笑い。
こいつは知らない。すでに魔王島には、彼らを受け入れる準備が整っていることなんて。
そして、気づいていない。この言葉が、だれの琴線に触れるかを。
ソレアさまがいい笑顔で言った。
『ねえキミ。
その程度の砲撃が『ボク』にヒットをくれるとでもいうつもりかい?
もしもそうだとしたら、あんな雑な方法で支援させようとしたこと自体、いろいろと疑問符が付くものだけど』
そう、三女神の強さははっきり言ってケタ違いだ。
かつてイツカたちとガンガンバトルしていた――バトルが成り立っていたのは、彼女がパワーを絞り、ハンデをくれていたから。
今の彼女にあれは届かない。彼女を包む闘気を貫くことすらかなわない。
それを見て取れないというのは、彼が今あるポストで許される発言ではない。
逆に、『かもめ』の主砲が女神の防御をすら貫くものだった場合、そんなものを支援として戦場にぶっこむよう命じること自体、雑に過ぎる。
これまた、総司令としての器量に疑問符がつくことだ。
ああ、黙って鼻でも鳴らしておけばワンチャンあったかもしれないのに。
そう、リュウジ伯父みたく。
まあ、無理だったろう。今日の作戦をわれらが魔王さまに進言しといたのは、ほかならぬこの僕なのだから。
ソレアさまには絶対ご参加いただき、魔王ズの誰かがわざと狙いやすい場所で彼女と戦い、砲撃が来たら、こうして挑発しろと。
もっともソレアさまは、そんなこと聞く以前から来るつもり満々だったようだけど。
『そういうわけですので、この有能な部隊をあなたのもとに返すのは惜しい。おれたちで頂きますよ。かまいませんね?』
かくして、作戦通り。『ハグレドリ隊』は、我らが魔王ズの傘下に入ることになったのであった。
軍司令部なんだけどけもみみワールドと考えるとすっげえ和まないかい?
おとなはバトルのとき以外、耳しっぽパーツをしまってることも多いのです。惜しい←
次回、魔王島にやってきたハグレドリ隊の予定です。
どうぞ、お楽しみに!




