Bonus Track_87-6 永訣の空はよく晴れて、けど~とある<ハグレドリ>の場合~
『ステラ杯』。
旧敵ソリステラスが世界の敵たる魔王との結託をかけて行うイベント。
このおかしな大会を警護するという、おかしな任務を我らは遂行してきた。
思えばまあ、すこし溜飲が下がらなくもなかった。
ソリステラスのイヌどもは、大会の妨害工作をしていたが、それは本来彼らがしたくなかったことであり、我らのしたかったこと。
それも、我らのフリをして行わざるを得なかったのだ。今日、この時の立ち位置を得るために。
お互い、本心と離れた任務を。お互い、うっぷんをぶつけあう場として利用しての数日間。
もちろん互いに雑な戦い方だ。死人までは出ていない。
まあ出たところで怖くもない。我らにはもう、何もないのだから。
いつしか声を上げて笑っていた。
久しぶりに。
まるで、ミッドガルドで遊んでいるかのような心持だった。
こんな気持ちなら。笑って死ねるなら。存外、悪くはなかったのかもしれない。
このあと、月に上ったら聞いてみよう。そこで待っている友たちに、その時の気持ちがどうだったかと。
今朝の目覚めはさわやかだった。
みんな、すっきりとした顔をしていた。
ついにこの日が来たのだ。永遠の別れを告げる日が。
我らが祖国に、そしてこの世界に。
――その施策とそのありかたに抱いた不満に、それから逃れられぬ自分たちに。
『ステラ杯』の戦いぶりは、イカれているといって差し支えないものだった。
公開される練習の様子からしてイカれていたが、本番はそれ以上。
姉弟弟子対決、主従対決、義兄弟対決。どうせ出来レースなのだろうと思っていたが、それだけは改めざるを得なかった。
第四陣までの戦いこそが、そう、第四陣までが正しく『出来レース』だったのだ。我々はあんなのと戦おうと思っていたのか。それこそが狂気だ。
そう思ったが、もう戻る気はない。
ステラ領からの船が出た。ソリス領からの軍がきた。
月萌軍艦隊『つきかぜ隊』がわれらの背後に展開した。
さあ、死に花を咲かせる時が来た。
東の空から赤い女神が飛来したら、それを契機に魔王を撃つ。
魔王軍はこちらに牙をむく。魔王との『お楽しみ』を邪魔された女神もまた。
『我々』は彼らにせん滅される。
我ら『月萌シーガル先遣隊』ならびに、背後に控えた『月萌つきかぜ隊』は、すべて海の藻屑と消えるのだ。
『つきかぜ隊』の真の目的は、裏切り者に仕立て上げた我らを処断することだ。
けれどそんなことは、魔王と女神は知らない。
いや、知ったところで魔王軍は構わずやるだろう。
旗艦『つきかぜ』には『カルテット』が――『シエル・フローラ・アーク』をつくりあげた最高レベルの技術者ユニットが乗り組んでいる。彼らを鹵獲するには、絶好の機会なのだ。
かくしてやつらもわれらの味方として、その標的となる。
我々も、一矢報いることが叶うというわけだ。
青空に身をさらす兎耳の少年は、清楚な気品に満ち美しく、それに向けて砲を放つのは少しだけためらわれた。
けれど、そんなセンチメンタルを圧殺できねば、我らはここにはいない。
細身の体に照準を絞り、主砲を放った。
着弾、三発。うさぎの魔王はひざを折る。
さあ、こい。
これで我らの終わりが来る。
魔王がこちらを見た。
女神がこちらを見た。
我らを裏切り者と強引に断じる司令部からの報と同時に、つきかぜの主砲がこちらを向いた。
敵、敵、敵だらけだ。
我らの周りには敵しかいない。
まるで我らが世界の敵だ。
ああそうだ。我らこそが世界の敵。滅ぼせばいい。
憎しみに憑かれた『魔王』はここにいる。
滅ぼせばいい。平和で幸せな世界のために。
皆、月で会おう。言い合って、目を閉じた。
『ハグレドリ隊よりの援護、月萌司令部よりの討伐命令、ならびに月萌艦隊の前進を確認!
これよりハグレドリ隊の救援に向かう!』
だが、そこへ聞こえてきたのは、思いもよらぬ声。
兎魔王だ。『超越者』の力を使い、通信回線に割り込んできたのだ。
いや、なぜ。なぜそうなる。
割り込む声は、そして驚きはさらに続いた。
『って、ソレアさま? どうしてここにいらっしゃるんですか?』
『いや、あれってボクを援護してたんだよね?
月萌のみんなは誤解をしてるんだ。ボクが誤解を解いてあげなきゃでしょ?』
おどけた女神の声とともに、『つきかぜ』からの砲撃が、目の前で霧散した。
投稿しようとすると電波が悪くなるあるある……orz
次回、新章突入。アスカ視点でことの顛末を語る予定です。
どうぞ、お楽しみに!




