Bonus Track_87-5 あの波、この波~アスカの場合~
『じょ、上級水上歩行っ!!
あ~……すっげえ、カッコいいい……』
『うわああ、セナが壊れたー!! もどってきて――!!』
ライカ分体を通して見るうさねこ集会所は、ちょっとした騒ぎになっていた。
セナがウルウル両手を組み合わせ、もはや恋する乙女のごときウットリぶり。
クールが身上のイルカ男のだれおま変貌ぶりに、メンバーたちは騒然(一部撮影してる)。アキトは頭を抱えてあわててる。
まったく、そんなにあわてなくっても大丈夫なのに。
ここまで一緒に戦い抜いてきたバディの絆は、そんなもので切れはしない。
たとえば、どちらかもしくは両方に、恋人ができたり、結婚したりしたとしても。
ミズキたちがやさしくポンポンしてやっている。こっちは、大丈夫だろう。
次に僕は『スイーツシャングリラ』にいるライカ分体へと視点を移した。
とたん、はなやかな笑い声が飛び込んでくる。
『ハナミズキ』ハナナちゃんとルイちゃんだ。
この午後も確実に上の空になるはずなので、出勤は午前中だけとしてもらった二人を、ライカに誘ってもらったのだ――ふたりのことは心配だったけど、さすがにいま、軍施設を出られないので。
「すごい、すごいね!」
「タマキくんとかきっともうウットリだよ!」
『だねー♪』
明るくはしゃぐふたり。いや、無理をしてるのはわかってる。
心配なのだ。あの海にいる『カルテット』のことが。
四人は母艦に詰めて出撃しない、そのことはわかっていても。
『だいじょうぶだよ』に添えることのできる言葉が『きっと』だけなのがはがゆい。
『だいじょうぶ、四人ののる船は『味方』を撃つけど、その人たちはイツカとカナタが助けてくれる手はずになってるから』
そんなことは、いまの僕には口にできない。
一つ息を吐いて、べつの分体に意識をうつした。
次は月萌艦隊の旗艦『つきかぜ』。その真ん中に設けられた、『カルテット』専用のひとへや。
揺れや衝撃を最大限抑える防御力満点の一室。コウとシロウが、『セント・フローラ・アーク』を発動。味方艦を守る手はずになっている特別な場所だ。
ここにいるライカ分体はというと、タマキの首にぶら下がっている。
どうしてこうなったか。カンタンなことだ。
カナタももってる『ライカに変形しちゃうぞペンダント』を、出動前にプレゼントしたのである。
『月萌軍司令の息がかかったガチチートなおたすけ神剣ドール』といっても、さすがに戦艦にサラッと紛れ込むことはできない。けれど、おまもりとしてなら入り込める。
シロイルカのレリーフを浮かべたそれを、タマキは無言でぎゅっと握りしめる。
暗く、沈んだ様子だった。壁のモニターには、揺れる波の上、奇跡のように立ち、イツカと対等に渡り合う美丈夫の姿がしっかり写っているにもかかわらず。
『……タマ』
『だいじょうぶ。大丈夫のはずなんです。
きっと……なんとかなってくれる、そのはずなんです』
『カルテット』が受けた命令は、『つきかぜ』にのりこみ、自艦および出撃していく僚艦隊に『セント・フローラ・アーク』をかけ、守れというものだ。
けれどその『僚艦』が狙うのは『同盟者であるソリス人を狙い撃ちした裏切り者』つまり、おなじ月萌軍に属する人たちなのだ。
『ハナイカダ』を守るため、軍のコマのひとつに甘んじる四人には、これを止めることも、断ることもできない。
ただ、僕が渡した意志を信じ、祈ることしかできない。
『大丈夫。だいじょうぶだ。きっと、うまくいく』
『……はい』
『だよね。きっと、だいじょうぶ。
信じよう、しろーさん』
『ああ』
声を掛け合い、励ましあう四人にそっと『大丈夫だからね』と祈りを送り、意識を移した。
『どっりゃああ!』
『ていっ!!』
『ひゃっはーい投げろ投げろー』
『ぎゃああ! 今何投げたー!!』
『いやああちょっぎゃあああ』
次に見るのは通称『魔王島』――旧『アルム島』だ。
海岸付近で展開していた白兵戦線は、順調に堤防を越えていた。
これで、かれらが『ハグレドリ隊』、もしくは月萌本隊からの狙撃を受ける確率は大きく減った――あとはそこでしばしドンパチしてもらっていればいい。
ライカたちもあちこちで楽しそうにいろいろ投げている。たまにお互いフレンドリーファイアやらかしたり、正体不明のポーションやらボムやら投げてその場を混乱に陥らせてたりもしているが、まあライカだからそんなもんだ。つまり問題ない。
沖の海上には、狙ってくださいと言わんばかりに堂々と、防衛用フロートが浮いている。
いくつものフロートを飛び移りつつバトルするネコ科コンビをしりめに、ひときわ高く上昇したやつには、赤リボンのカナタが立っている。
空色のデカ耳を潮風になびかせ、隠れる気すらない様子。
自分を、『ハグレドリ隊』の第一射目標として、狙わせるつもりなのだ。
彼らの運命が、万に一つで覆ればよし。
月萌がこれを強引に『ソリス人のいる戦場を狙った=ソリスを狙った裏切り行為』とこじつけたなら、それを『ハグレドリ隊』受け入れのレバレッジとして使うため。
さすがわが最大最強の戦友、そのへんに抜かりはない。
カナタのむこう、水平線から、ふいっと赤い光があらわれた。
女神ソレア。戦線が島に達したと判断してのお出ましだ。
海底に潜むライカ潜水隊に意識をうつせば、ステラの潜水隊が退いていくのが確認できた。
かれらは『雪狼』シグルド指揮下の開戦派。つまり、いまはかれらもこの舞台のセットアップのため動いているといって差し支えない状態だ。
けしてただ単に、ソレアさまきちゃったもー出番ねーやーで撤退しているわけではない。
つまりこっちも順調というわけだ。
これだけぐるぐる見て回るとさすがにちょっとしんどくなってきた。見たいものは見おわったことだし、意識を自分の体に戻す。
「大丈夫か」
「うん」
とたんに降ってきたのは、トランス状態の僕の身体をしっかり守っていてくれた、誰より頼れる相棒の声。
優しくってあったかい声と手、そしてもふもふに甘えて、おれはしばしMPを補給した。
ふっかふかの狼耳をもふもふしつつの『ハーちゃん分補給』は、至福のひとときだ。
だが、いつまでもそうしてはいられない。
今日はここからが正念場。何かあった場合にはここ、月萌軍総指令部から、僕が指揮を執ることになる。
むんっと気合を入れなおし、僕はハヤトとともに指令室へと戻るのだった。
MPに「もえポイント」とルビを振っても差し支えはないようです。
ちなみにライカ本体はご主人ズのラブラブっぷりを鑑賞ちゅ……もとい、影のようにそうっと身辺警護中です。
モフ。
例によって七夕逃しましたが、200ブクマ感謝のおはなしはそれでいこうかと思います!
大丈夫、我々にはまだ――旧歴があるッ!!(おい)
次回、ソレアさまがこんにちわ!
どうぞ、お楽しみに!!




