Bonus Track_85-6-2 弱ささえも力にかえて!『涙硝』VS『皇女』! ~エルメスの場合~(2)
慈善活動を志したのは、まだ子供のころ。
鍛えて学んで、走り回った。
ときにはマルと一緒に、災害にあった子らを救助にも行った。
そのときに必要な機動力、子供たちをすぐにも安全な場所に運んでやれる力をもとめ、私は精霊『颯馬』と契約した。
そのチカラは今、私を助けてくれている。
背の翼を立て急制動をかければ、すぐ目の前を無数の水球が通り過ぎた。
狙いを外し、地表ではじけたそれは、いくつも鋭い爆発を起こす。
彼女の二つ名ともなっている『涙硝』、多くを相手取っても一人に対しても、大きな威力を発揮する攻撃技だ。
「さすがに避けますわね。でも、ここからですわ!」
彼女の声に応じて、第二波が放たれた。
ぐるり、かいくぐるように回避しつつ、私は考えた。
サーヤの契約者『小夜鳴』は素早さ、美声以外の身体能力修正をほとんど与えない。そしてサーヤの剣の腕は一般的な令嬢なみ――すなわち、護身の域を出ない。
よって、剣を。もしくはこぶしを届かせてしまえば、勝てる。
問題は、それが難しいことだ。
タクマやベニーぐらいの頑強さがあれば『涙硝』を突っ切れる。ヴァレリアならば、生み出した炎で吹っ飛ばす。エルナールやユフィールならば、閃くような身ごなしでかわしてゆける。
だが、私にはそのどれひとつとしてない。
『虚飾』で底上げをしたとて、『六柱』を相手では、たかが知れている。
その圧倒的な差を覆しうるのが『嫉妬』だ。
サーヤの波状攻撃をかわし、かわしていくうちに、フロート表面は水に浸され、空気は湿度に満ちていった。
サーヤは水系特化。それでなくとも海上のこのフロートは、彼女にとって有利な立地なのだ。
対して私に、そんなものはない。
胸の中、うらやむ気持ちが満ちていく。
ついに、口からぽつりともれた。
「……うらやましいな」
サーヤがはっと手を止める。
「この、圧倒的な力。
これまでの道行きで私が選ばなかったものであることはわかっている。
だが、それでも。
今この場では、喉から手が出るほどうらやましい」
胸のうち、ふつふつとたぎり始めたものを、ぐっと握りしめ――そのとき、頭の中にシラタマの声が聞こえてきた。
『エルメス、まだテンション上げすぎないようにね。サクヤと同じくらいのパワーにとどめて。
……負けたくないなら』
「ああ!」
ナイスタイミング、ナイスフォロー。
自制はわれら王族の十八番。すっと息を吸い頭を冷やした。
そうだ、この試合は、子供たちも見ている。
そのことを忘れては、いけない。
浮かびそうになる面影、あふれかけた想いをいったん鎮める。
それを解き放つのは、決着の時だ。
「うらやましいのはわたくしですわ。
エルメスさまはあふれるほどの愛につつまれておられる。
なにより、あんなにハルキさまとラブラブで……」
「なっ」
一方でサーヤも『反撃』を試みてきたが、その内容に私は慌ててしまった。
「国を超えての大恋愛。エルメスさまのことだけを、一途に追いかけてくれるかわいい男の子。
うらやましい。とってもうらやましいですわ。
シグルド様もわたくしを愛してくださるけれど、追いかけるのはいつもわたくしですもの。わたくしもときには追いかけてもらいたい……」
「サ、サーヤっ?!」
かわいらしくやきもちをやきはじめれば、蛍光グリーンのオーラがあふれる。
関係者席からは慌てたシグルドの声が飛んできた。
あの男が慌てるなど珍しい。悪いがちょっとふふっとなってしまう。
ちなみにきーさまがあわあわと可愛くあわててるのは通常運転だ。可愛い。ほほがゆるむのを必死で抑えた。
「その件はまた! あらためて話し合いましょう!
だ、大丈夫です! 私はちゃんとサーヤを……」
「えっ」
と、さらに珍しいものを見てしまった。シグルドは口ごもり、目をそらしたのだ。
その頬は、うっすらと染まっている。
……いや、こういう演技も貴族ならできて当たり前。
だが、たぶんアレは演技じゃない。
というか、そういう演技をする男じゃない。
「え、ええっと、今のはなし! 今のはなしですっ!
……こほんっ。
私の婚約者ならば勝ってみせなさい。あなたの強さを証明するのです。
私が好きなのは、強き者です。
例えば、カナタ殿のような」
「っ!」
シグルドは急いで軌道修正をする。さすがというべきか、その軌道修正はばっちりとはまったようだ。ひっこみかけたサーヤの緑オーラが、またしてもぶわっと広がった。
「おれを痴話げんかのダシにしないでくれますか、シグルドさん」
「好きなのは好きなのです、仕方ありませんでしょう?」
じろっとシグルドをにらむ白カナタ殿だが、シグルドはご満悦の様子。さらに火に油を注ぐ。
カナタ殿はさすがというべきか、『本当に追いかけるハメになっても知りませんからね?』とくぎを刺した後はスルーを決め込んだ。
それでもサーヤはやはり、エキサイトを続ける。
「カナタ様……そう、カナタ様ですわ。
カナタ様は『星の子』でいらして。かわいらしい妹さま弟さまがたもいらして。
いつももふもふさせてくれる、黒猫の騎士さまもいらして。
シグルド様にもあんなに愛されて!
わかりました。わたし、この試合に勝ちます。
そうしてカナタ様と戦って、わたくしが最強であることを証明しますっ!!」
愛らしい美声で心情を吐露しまくれば、周囲の精霊たちもテンションアップ。
余波だけでダメージをくれるレベルの水礫による掃射につづけ、足元の水をすべて、巨大な水龍として立ち上がらせる!
その大きさ、天を覆うほど。ちょっと待て、こんなのどうしろっていうのだ!
「エルさあああん!!」
『がんばれ! がんばって――!!』
そのとき、聞こえた。
きーさまの声に続くように、『エルメスの家』の子供たちの声が。
いや、それ自体は不思議じゃない。場内大画面では各地の観客たちの様子が時折映し出されている。
だが今、画面に映っていたのは別の場所。職人通りの広場でのパプリックビューイングの様子なのだ。
もちろんこの会場に彼らはいない。子供が来るにはここは遠すぎる。
これは、いったい。
とっさにはわからないが、たしかなことがひとつ。
この声たちは、私にチカラをくれる。勇気をくれる!
私はレイピアを握りなおすと、そこに宿ったシラタマに声をかけた。
「行こう!
なんとか、相討ちには持ち込む!」
『それが現実的ね。
今のでエルメスの嫉妬は減速した。もう『嫉妬』のレバレッジは受けられない。
けれど、そのためにわたしがいる!』
そのとき、水龍の巨体が私に落ちかかってきた。
風の翼で身を包み、レイピアを突き上げる。
シラタマの『虚無』のチカラが、水の重みを、勢いを虚無へと還し、一筋の道を穿つ。
よし。私は太陽に向かって翔んだ。
これならいける。コンビネーションAだ!
私は『虚無』のチカラの残るレイピアを構え、一気呵成にサーヤに突っ込む。
とっさに展開された『守りの水幕』を切り裂き、ほとんど体当たりのようにして。
その勢いはしかし、たおやかな片腕ですべて消されてしまう。
正確には、そこに宿ったスピカのチカラで。
「残念でしたわね、殿下。わたくしの、勝ちですわ」
『それは、どうかしら?』
シラタマの声は、サーヤの後ろから聞こえた。
いつももふもふさせてくれる、黒猫の騎士さま……だと……私も欲しいっす(叫)!!
次回、インターミッション。今のバトルの作戦について触れられます。あと、ラブラブの予定。
どうぞ、お楽しみに!!




