Bonus Track_85-4 茶会、来るべき『勝利』を祝して~シグルドの場合~
2022.06.13
面影を→面影に
涼しき木陰の茶房にはまたしても、あの顔ぶれがそろっていた。
対面の女主人は微笑んで、われらに金色の茶をすすめる。
「さあどうぞ、召し上がって。
あしたは決戦の日。健闘をお祈りいたしますわ」
「はい! がんばります!」
嬉々としてうなずく左隣の娘は、愛らしく一口を含む。
彼女は明日、ステラ杯第一試合で第三皇女エルメスと戦う。
内気で、人見知りの直らぬ可愛らしい歌姫は、しかしやるときはやる。
信頼のできる、パートナーだ。
彼女にならって茶をすすれば、桂花の香りがまろやかな触感をもって口腔に広がった。
舌の上で転がし、ゆっくりとのどに通せば、すっきりと吹き抜ける爽快さ。
浮き上がる笑みを抑えることなく、私も言の葉を紡いだ。
「大丈夫ですよ。きっとやれます。
あなたは、やるときにはやれる子です。そのことはよく、知っていますから」
「ふふっ。ありがとうございます。
わたくしと、ベニー。ふたりでお役目を果たせば、シグルドさまはただ、カナタさまとの勝負のみに集中できますわ。
そうなるように、全力を尽くします」
「だなっ!」
右隣の同僚が、菓子を一口で平らげ笑う。
「でもぶっちゃけるとオレ、タクマに勝てるかは怪しいんだよな~。
スターシードかどうかを言い訳にする気はねえが、あの動画みたらな。
オレもたいがい戦闘バカだけど、タクマはそれ以上で。……
さらにそれ以上のイツカとあんなふうに毎日じゃれあってるとか、無理ゲーだろふつうに」
なんと。驚いた私はぽろりと口にしてしまった。
「戦闘バカの自覚があったんですか!!」
「お前に言われたくねえよ!!」
「ふふっ」
「レディに失礼よ、シグルド様?」
「そうでしたね、これは失礼」
サーヤが笑い、メイが私をたしなめる。
それはまったくその通り。私はベニーにわびた。
「まあでも今回は、我らも3Sを使えますからね。
前回は私闘でしたが、今回は国の許可が下りた催しです。勝算は充分にありますよ」
「あー。なんかフラグにしか聞こえねえ……」
「ああ。それ言ってて私も思いました」
「ダメじゃんっ!」
茶卓を包んだ笑いが引くと、メイが言う。
「ともあれ、わたくしたちの目的はすでに果たされておりますわ。
開戦派の悲願、月萌との直接の戦いはあの海で、すでに始まっている。
『ステラ杯』を守るため、その後の我らの安全を守るため。
国、民にも支持された、意義と大義のある『幸せな』戦いが」
サーヤはひとつためいきをこぼす。
「……皮肉なものですわね。
イツカさまとカナタさまは、月萌とソリステラスの戦いを止めようとなさった。
ご自分たちが、戦いの的となってまでも。
けれどその沖合で、戦いは始まってしまっている。『戦争』という名をかぶってはいなくても」
「そのへんもオレはよくわかんねえんだよな。
戦ってるのはいいんだよ。でも、月萌はほんとはステラ杯やらせたくないけど、その後のために防衛してて? こっちは、月萌のふりして邪魔をして?
ぶっちゃけもうワケがわかんねえよ。素直に防衛しちゃいけなかったのかよ??」
ベニーはお手上げポーズ。頭に狼の耳まで出ている。
「いいんですよ、ベニーはそんなこと考えないで。
集中していきましょう、それぞれの戦いに。
大丈夫。もう私は、あなたを騙したりなどしませんから」
「おう。
頼りにしてんぜ、シグ」
こぶしをぶつけ合わせ、笑みを交わした。
竹を割ったような彼女は、さっぱりと笑って私を信じてくれる。
そうでなかったとしてももう、彼女をダシにした作戦は二度ととらない。
「では皆様、乾杯しましょう?
明日の善戦に!」
「明日の善戦に!」
女主人が笑って音頭をとる。
乾杯だ。もちろん高らかに杯を掲げて飲み干した。
喉を吹き抜ける爽やかさ。ああ、実に良いものだ。
勝利の美酒は最高だ。しかし、ひたすら善戦すればよいだけの戦いを前に喫する佳茶もまた良きもの。
私は最高級の桂花の香りのなか目を閉じ、慕わしき面影に、彼と楽しむ至高の時間に思いをはせるのであった。
リクエスト話、バトン、ちょっとずつ書き進めてます!
来週には出し始めたいです!!
次回、ステラ杯はじまるよ!
どうぞ、お楽しみに!!




