1Re-2 クランベリー様とマリルさん
ミライが『列聖』をうけた。
そう告げるイツカの声は、予想よりもっと沈んでいた。
おれは、つとめて冷静にこたえを返す。
「そうみたいだね。すごいお祭り騒ぎだよ、ミルドは」
『おかしくないか?! だってミライは『列聖』うけないって言ってたんだぞ?!
何回スカウトされても断ってくれてた。
天使なんかならないって……俺たちと一緒に高天原にいくんだって……!』
イツカは声を震わせた。
そう、それはミライがつねづね『おれは受けないからね!』と言っていた話なのだ。
『だいたいミライは『列聖』受ける必要ないはずじゃんか。
冒険者ランクはAだし、一番難関のBPだって1000こえてた。
TP100万なんかすぐじゃん、素直に寄付受け取るようにすればよかっただけじゃん!
そうすりゃ、フツーに『昇格』できたのに。
面倒な『研修』なんか受けないで、来月からいっしょに、高天原行けたのに……。』
『ヴァルハラ』=『高天原』に行くには、三つのルートがある。
ひとつめは、いわゆる正規ルート。
定められた条件をすべて満たし『ヴァルハラの戦士(見習い)』となる『戦士昇格』。
ふたつめがこの『列聖』だ。
プリーストはBPが稼ぎづらく、実力があっても『戦士昇格』の条件を満たしにくい。
『列聖』は、それをフォローする救済制度といわれている。
すなわち、相応の人気・TPをもつAランクプリーストには、すべからく『高天原』への入学資格が与えられるのだ――
『ヴァルハラのみ使い(見習い)』として、しばし世界への奉仕を行う、という条件を飲めば。
これはリアルにおいては、『高天原学園入学前研修』というカタチになる。
期間は、通常で数か月。
その間会えないのはさびしいし、なによりおれたちのことが心配だからと、ミライはひたすらがんばってくれていたのに。
「おかしいよね、ぜったいに。
ミライにはきっと、何か事件が起きたんだ。
イツカ。一度おれ、戻ろうか?」
『あ、……っいや。……
そっちで調べたいことあるなら、それ優先で!
おれも、ミライんち行ってみるから。
……ありがと、カナタ』
「うん。それじゃまた」
イツカは自分で、動揺をひっこめた。
うん、もどったら理由をつけて、すこし頭を撫でてやろう。
へこんだときのイツカは、ミライ以上の甘えん坊だから。
* * * * *
おれはまず、教会に駆け込んだ。
ミライがまだここで休んでいる可能性もある、と考えたからだ。
するとなんというラッキーか、いつもお世話になる司祭様とばったり。
彼はいつもどおり、心洗われる癒しの笑顔で応対してくれた。
ミライはすでに『天界からの使徒』によって、連れてゆかれてしまっていた。
司祭様――クランベリー様によれば、ミライが教会に来たのは今朝、九時ちょっとまえ。
ひとりで教会に入ってきて、すぐに『列聖』を、と申し出た。
そこで、いつもご縁があったクランベリー様が、ミライの『列聖の儀』を行ったのだという。
「おれたちに何か、言伝とかってありませんでしたか?」
「いいえ、特には…… 何かあったのですか?」
「え、その、今回のこと、……なんの連絡も、おれたちになかったですし」
「えっ?!」
クランベリー様のガーネットの瞳が、大きく見開かれた。
「ミライさんは、とても静かなご様子で……
てっきりお二人とも、もうお話をつけていらしたのだとばかり……」
「いえ。『列聖』の話は、町の噂で知ったばかりです。
だから、びっくりして……」
「そ、そうだったのですか……
ミライさん、いったいどうして……。」
「えっと……だいじょぶですよ、クランベリー様。
ミライにはヴァルハラで、またすぐ会えますし。その時に聞いてみますので!」
繊細なクランベリー様は法衣の袖で口元を覆い、言葉を失っていた。
おれはとりあえずそんな彼をなだめ、お礼を言って教会を出た。
次に向かったのは冒険者ギルドだ。
ミライには大量の指名依頼が来ていたときいている。
それがいつ、どこまで片づけられたかを知れば、ミライに何かがあった時間と場所が絞り込めるのでは、と考えたからだ。
受付にいたのは、これまたいつもお世話になっている受付嬢さん。
かわいらしいマリンブルーのくるくるボブ、明るい笑顔に気持ちをほぐされながら、おれはさりげなく申し出た。
「すみませんマリルさん。
ミライが受けていた指名依頼の残りを片付けたいのですが……」
「あらカナタちゃん!
ミライちゃんは依頼を全部片づけたわよ~!」
「マジですか!!」
「ホントよ~。
それでも100万にはまだ足りてなかったみたいで、町で依頼を探してみるって笑顔で飛び出してったの。
でも、無事にいい依頼を受けられたのね~」
達成済みの依頼書をめくり、ざっと通算してみれば昨晩だけで総額7万近く。
おれの知る、ミライの最後のTP総額は約88万。つまり、最後の指名依頼を終わらせた時点で、ミライのTPは95万くらいだったのだろう。
だがなんと、最後の指名依頼の達成時刻、今日の五時半過ぎ。
これは夜更かしどころじゃない、もはや徹夜だ。
驚きあきれるおれに、マリルさんが心配そうにきいてきた。
「ところでミライちゃん、ちゃんと帰って寝たのかしら?
余計なお世話かもだけど……」
「それがおれも、姿見れてなくて……」
「あらあら、そうだったのね!
列聖の儀も済んでるし……うちに帰ってるのじゃなかったら、もしかして……
っだいじょうぶよ! カナタちゃんだってもうすぐでしょ?
100万達成すればまた会えるわ、だっておなじヴァルハラに行くんですもの!
わたしたち、全力で応援するから。気を落とさないで?」
「そうですよね。ありがとうございます」
一生懸命慰めてくれるマリルさんに笑顔をみせて、おれはギルドを出た。