1.1 ラストワンステップ、もしくはおれたちのもふもふな日常(1)
By 秋の桜子さま!
2022.04.26
改稿などの覚書部分が多すぎ、本編閲覧の妨げになりうると判断しましたので、削除させていただきました。
もし『いや、見たいぞ!』とのご意向がありますればお知らせくださいませ。
イツカの全身が、手にした剣が、月色の輝きに包まれる。
刀身に走るラインの色が、青から赤に切り替わる。
「いまだイツカ!!」
「よっしゃあ、チャージ完了っ!!
いっけぇ、『ムーンサルト・バスター』あああ!!」
イツカは、一気に空を蹴り上げた。
はじける勢いそのままに、はるか高みから『跳んで』くる。
大きく、剣を振りかぶり……
しなやかな黒の猫しっぽパーツで、巧みに姿勢を制御しながら。
まっさかさに、下へ。こずえの下の、大地に向けて。
そこに屹立した、三階建ての校舎を優に超す、巨大な敵の眉間に向かって。
漆黒の髪と装備を帯びたこの少年は、ただの冒険者じゃない。
おれの親友の一人にして、『空跳ぶ黒猫』のふたつ名をもつ、Aランクハンターだ。
そのふたつ名にたがわぬ勇姿がいままさに、『最後の』依頼を終わらせようとしていた。
この戦いのはじまりは、数分前にさかのぼる。
森を吹きぬける涼しい風が、さあっと頬をかすめていった。
いまだにときどき、信じられなくなる。これがゲームの中だなんて。
『ティアブラ』こと『Tear and Blood Online (ティア・アンド・ブラッド・オンライン)』。
風も吹けばモフさも伝わる、料理もスイーツも味がする。
そんな、超リアルな箱庭世界で、おれたち三人は夢を追っている。
この討伐依頼は、そのワンステップだ。
「くんくん……いるよ。このさき」
風のにおいをかいでいたミライが、不安げな声をあげた。
リアルとよく似た、大きなエメラルドの瞳で、おれたちを見上げる。
チョコレート色の、短くやわらかな毛におおわれた犬耳パーツが、頭上でふるり。
同じ仕様の犬しっぽパーツも、腰の後ろでへたり。
まるっきり迷子になった『まめしば』だ。
ほっとけるわけなんかもちろんない。おれは小柄な親友の頭を撫でながら、大丈夫だよと笑いかけた。
途中でぺこんと折れた『ボタン耳』に触れないよう、そうっと滑らせた右手に伝わってくるのは、張りのあるやわらかなこげ茶の髪の感触。
その優しさは、リアルのそれとそっくりで、おもわずホンワカしてしまう。
ただでさえこのゲーム、犬耳パーツとか猫しっぽパーツとかいった『けもパーツ装備』がめちゃくちゃ豊富だとか、その手触りも『極上のふさもふつるすべ』だとか、やけにリアルに動かせるうえ装備効果もしっかり高いとか、とことんあざとい仕様だっていうのに……
「ああ、いるな。たぶんアタリだ。
カナタ」
そのとき、いつになく静かな声が、おれを『現実』に引き戻す。イツカだ。
おれよりすこし背の高いやつは、すでにおれたちをかばう位置につき、腰の剣に手をかけていた。
茂みの向こうをうかがうそのさまは、どこまでも静かだ。
横顔に息づくルビーの瞳がなかったら、いないものとすら思ってしまいそうなほどに。
漆黒の猫耳パーツはぴん、と前方に向けられ、腰から後頭部まで届くしっぽパーツもゆらゆらとゆれている。
まるで、狩りをする黒猫。
触れれば切れそうなほど鋭くて、だからこそ、触れたくなるほど美しい。
もちろん、おれは触れたりしない。短く了解と返すと、ミントブルーの垂れうさ耳を、頭の際からひざ下まで全部広げた。
そうして、得意のスキルを発動する。
『超聴覚』。人間の限界をはるかに超えた鋭敏な聴覚によって、周囲の様子を把握するスキル。今みたいに、遮蔽物の多い状況で便利なものだ。
たちまち、おれは『神の視点』を手に入れた――周囲500m限定ではあるけれど。
茂みの向こう、小型の馬車二台がやっとすれ違えるほどの街道にたむろしているのは、『スパイダーマンティス』の一群。
1~1.5m程度の標準的な小型が10。大型寄りの中型、2~3mの大きさのが3。群れのリーダーである超大型、10m級が1。
モンスターランクはC、B+、A+。最大HP300、1000、6000。特殊なステータスをもつ個体なし。
どこかから移動してきたようすはなく、純粋に、『その場にわいた』もののようだ――このあたりはゲームなので、突っ込まないのがお約束である。
周辺に、ほかの人や動物、モンスター、トラップなどの気配もない。
となれば、まちがいない。かれらは、おれたちの受けた討伐依頼『森の街道を占拠するスパイダーマンティスの群れの排除』を達成するために、倒すべきターゲットだ。
結論として、すべて、依頼書の情報通り。
情報通りの場所、情報通りの種類、情報通りの戦力だ。
念のため、両もものホルスターの魔擲弾銃の状態を再確認すると、おれはスキルを解除した。
これなら、ほぼ無傷で討伐できる。アイテムの消費も、用意したうちの1/3ですむ。
これで使ったBPは200、初撃を決めればおつりが来る。
もっともそれは、仲間たちが普通に動ければ、のはなしである。
黒猫装備の戦闘職イツカ、まめしば装備の守護職ミライ。
おれはふたりに状況を伝え、最終確認を行った。
「オールグリーン。
イツカ、ミライ、いける?」
「もっちのろんだぜ!」
「うん、おれも、だいじょぶだよ。……やろう!」
イツカがニカッと、いつものやんちゃな笑みを浮かべた。
グッと親指を立てれば、つやもふなねこみみもピコピコ! と自信のほどを伝えてくる。
ミライは緊張した様子。それでも、自分で勇気を奮い起こす。
ニコッ、とかわいい笑顔になれば、いぬみみしっぽもぴょこんとはねた。
よし、いつも通り。さあ、作戦開始だ。
戦端を開くのは『たたかう製造職』であるおれの仕事だ。
腰のマジックポーチに手を入れ、あわい水色、みかん大の紙玉をつかみだす。
手製の『エアロボム』。一言で言うなら炎を上げない爆弾である。
使うのは、まず三発。
右手でしっかり握りこんだら、左右のうさみみを背に回して、対象と距離を最終確認。
そうっと茂みから身を乗り出せば、約20m先。パッショングリーンの魔物の群れが……蜘蛛の前半分がカマキリになったような、巨大虫の一群がみえた。
OK。おれは右腕を振りかぶり、全弾一気に投げ込んだ!!
炎のないみっつの爆発がぽんぽんぽんっと群れを包めば、つややかでまるっこい赤文字がパパパパパ! と相次ぎポップアップした。
BP330、650、725、501…… 平均500が、全部で14。
総計7000にのぼるダメージがまき散らされると同時に、等量のBPがあふれ出た。
『道切り拓くは苦痛のしずく』――中二病テイストの謳い文句がつけられたソレが、おれのなかに熱く、どくどくと流れ込んでくる。
遠慮もなしに押し掛ける高揚感を、いつものように受け流す。一呼吸して戦況に集中する。
小型たちはあえなく全滅、淡緑の光球となって消えてゆく。
中型は一体を倒すだけにとどまった。残りの二体はHP500程度を残し、十分戦える状態。
もちろん超大型は現在HP5250、まだまだぜんぜんピンピンしている。
大丈夫、これで、作戦通りだ。
ここは森を横切る街道。へたに高威力のボムを使えば、森や街道へのダメージも増してしまう。
『街道を占拠する魔物の排除』には、『街道の復旧作業』が当然続く。
それが素早くスムーズに済むように配慮するのも、討伐任務においては大切なことなのだ。
三つの爆風が、それの巻き上げた土煙が収まらぬうち、音もなくイツカが斬り込んでいく。
黒い軽武装の背を追うように、ミライが金の杖を突き出せば、虹色の輝きが湧きあがる。
神聖強化。
イツカだけを対象として紡がれた補助魔法は、ほわんとした見た目とは裏腹に、正確にイツカだけを包み込んだ。
その瞬間イツカは一気に加速し、そして……
一秒後あらわれたのは、赤のポップアップが三つと、淡緑の光球がふたつ。
イツカは狙いをつけた中型一体を袈裟に斬り捨て、背後をとろうと動いたもう一体も、一合ののちに斬り伏せたのだ。
一方イツカが受けたのは70と、彼にとっては軽いダメージではあったが、ミライはすかさず回復をかける。
HP1の差が勝敗を分けることもまれではない。中型以上のスパイダーマンティスは、そのレベルの危険な敵なのだ。
ちなみに斬ったり斬られたりしたとき出たのも、コミカルでポップなエフェクトだけ。
『ティアブラ』は小さな子供もプレーするから、そこらへんの描写は概してふんわりなのである。
「キシャアアアア!!」
しかし、ひとり残った超大型は、小さい子なら泣きだすレベルの怒りをあらわにした。
金属をこすり合わせたような咆哮ののち、校舎の三階にも達しようかという高さから振り下ろされたのは、ギロチンもかくやの巨大なカマ。
厚手の鎧すらぶち抜く凶刃が、イツカの脳天を狙う!
「カナタ!」
間一髪。横っ飛びでカマをかわしたイツカが、天へとむけて地を蹴った。
同時に、今だとおれに呼び掛けてくる。
おれはふたたびスキル発動。今度は『抜打狙撃』。
BP50が二回分、おれの中から抜けていく。と同時に両手の魔擲弾銃、その広口の銃口からひとつずつ、灰白色のオーブが射出され、狙った位置へと到達した。
ひとつは、梢を抜けて上空40m。超大型の頭上はるかな青い高みに。
いまひとつは地上5mちょっと。イツカの右足のかかとの下に。
――かくしてイツカの声が消える前に、必殺の布陣は整った。
今回のいろいろ紹介コーナー!
『けもパーツ装備』
アクセサリー/アンコモン/成長・進化・昇格あり
けものの耳しっぽ、翼やヒレなどの形をした可動アクセサリー。
装備するとステータスボーナス、汎用スキルボーナス、けもスキル使用許可の三つの恩恵がある。
手触り良好だが、感覚が通っているのでモフられるとこそばゆい。同意なきモフモフはギルティです。
魔擲弾銃
武器(銃器)/アンコモン
オーブやボムを遠くに、もしくは連続して発射するための広口の銃器。
店売りもされているが、使用者はそう多くない。
なおカナタが使用しているものは自作の六連式。
ボム
消費アイテム
衝撃を与えると爆発的に中身をぶちまけるやつ。
だいたいダメージをもらうハメになる。物理。
オーブ
消費アイテム
一定以上のチカラを加えると外装が割れ、中に秘めた魔法の力を開放する魔道具。
補助効果を発揮するものがほとんど。
モンスター
プレイヤー種族を襲う生き物やカラクリを一括してそういう。
実はプレイヤーであることもあったり……?