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森人街の玩具箱

リリーティアととりつかれたお嬢様

作者: さにーみかん

 森人街の玩具箱と呼ばれる冒険者、リリーティア=レニヤロロラはのんびりと冒険者ギルド兼レストラン兼酒場のいつものカウンターでのんびりと遅めの朝食に舌鼓を打っていた。

「うーん…やっぱりミィお姉ちゃんのごはんはおいしい!」

「仕事中はギルドマスター、ね」

 おいしそうにエッグサンドを口いっぱいにほうばるリリーティアを楽しそうに眺めながら森人街アクエアの冒険者ギルドマスターは言った。

 人間で言えば14歳前後のはずなのだが、背の低い彼女はカウンター席に腰かけると足が届かないために立っているときに比べ余計に幼く見えた。

 それどころかボリュームのある桜色の長いくせっ毛のせいでパッと見るとピンク色の毛玉が椅子に乗ってるように見えかねなかった。

 この日はあまり冒険者もお客さんもおらず、窓から注ぐ日差しも穏やかだ。

 幼馴染の女性と少女のやりとりはまるで本物の姉妹が居間でくつろいでいるかのようなにみえた。

「リリちゃんは今日もだらだらしに来たの?」

「ううん、今日はおやつの時間くらいにお話会の予定が入ってるの。マスターさんが覚えてなきゃダメでしょ」

 素直に仕事中のギルドマスターの言う通り呼び方を変えて言うと、客の少ない店内の椅子に座り、魔法道具屋の女性と雑談をしてくつろいでいたウェイトレスの女性が小ばかにしたように言った。

「私はミィと違って覚えてたわよ」

「まだ結構時間あるじゃない。やっぱりだらだらしにきただけね」

 それを完全に無視するギルドマスター。

「ちがいますー、お仕事の準備ですー。腹ごしらえと視察だもん」

「ほぼ毎日いるのに視察も何もあったものじゃないでしょ」

 リリーティアは読書家だ。冒険者業で役に立つ動植物、魔物、地形の知識のほかにも、動植物の彼女の頭の中にはメジャーなものからマイナーなものまで古今東西の物語や伝承が入っており、その知識量は専門家も舌を巻くほどだ。

 そんな彼女は冒険者業の傍ら、そういった知識をほかの冒険者へ情報屋として販売したり、子供達へ物語を聞かせたりとして日銭を稼いでいた。

 お話会は、学校からの依頼で冒険者ギルドの一角を借りて色々な物語を子供に聞かせるリリーティアにもおやつが出るちょっとした楽しみな時間だった。

「今回はこの前の話の続き?」

「この前の話はもうめでたしめでたしだよ。だからどうしようかなーって。冒険譚続きだったからもっとのほほんとした一回で最後まで話せるようなちょっとした小話にしたいのだけどなかなかピンとくるものがないの」

 言いながらデザートのプリンにスプーンを入れて口に運ぶ。

「ちょっと前にリリちゃんが行ってきた遺跡には何かそれにまつわるエピソードとはないの?」

「ロンミュード城跡?」

 数日前にリリーティアがそこに自生している薬草集めにいった廃墟だ。リリーティアはスプーンをもったまま、待ってましたとばかりに得意げに口を開いた。


「あそこは正確には城ではなく、元々娼館で大成功した商人が娼館を城みたいに増改築を繰り返していくうちに、周囲にもそういうお店が増えていって城と城下町みたいになったの。やがて本当に一つの国家のようになって歓楽城ロンミュードなんて呼ばれるお金さえあればどんな種族の女の子ともどんなプレイだってできる夢の街と評判になったの。そして、そんな場所だというのに驚くほど治安もよかったって話がいくつも残っているわ。

 ただ、城主であり、起業者の商人の死でロンミュードは一転、地獄と化したの。その原因は114人の妻と愛人、そして315人の商人の息子と娘の間で起きた血を血で洗う莫大な遺産争いがおこったからなのね。商人の葬儀が終わるや否やその場に集まっていた人達を狙って爆発事故が発生。総勢429名の相続人はそれで99人まで減ってしまったそうなの。

 その事件の凄惨さからこの商人の相続に関わりたがる人は誰もおらず、財産の奪い合いは命の奪い合い。相続放棄を宣言して他国へ逃げた45名のうち30名は変死といわれ、相続争いに残った50名は事故死として記録に残っているの。

 やがて捨てられた建物と死体の転がる無法地帯と化したこの街はどさくさに紛れて財産を強奪しようとする犯罪者集団、街から脱出することのできない女性を狙った悪漢、新鮮な死体を求めるネクロマンサー等も集まり、1年も経たずに街としての機能を失い、最終的には放置された死体がネクロマンサー達の悪戯でよみがえり、死者が生者を喰う死者の街と化してしまい、その死体達もやがて朽ち果てて、最後には誰もいない死の街だけが残されてしまったんだって」

 そこまでリリーティアが語った後、真顔でギルドマスターのほうをむいた。

「さすがにこれは子供にはきかせられないでしょ」

 そのピンク色の頭をギルドマスターが軽くぺちんとたたく。

「明るいうちから女の子がプレイとか言わないの」

 そしてもう一度ぺちんとはたく。

「リリちゃんも子供のくせになんでそんな話を知ってるのよ」

 さらにもう一度ぺちんと頭を叩かれてリリーティアは口をとがらせる。

「もう子供じゃないもん!それにこの財産争いの話は有名で何種類も本として出てるから知っててもおかしくないもん!」

 そこまで言ったあとリリーティアの表情がパッと明るくなった。

「そうだ!地獄と化したこの街で働く女の子とそんな彼女を助けるために奮闘したおじさんのラブストーリーがあったんだけど」

「ダメでしょ」

「むー・・・」

 リリーティアは難しい顔を浮かべ残ったプリンを口に運んだ。

 その時、突然ギルドの扉が乱暴に開かれた。

「にゃーーん!!」

 そこには、リリーティアの友人であるファリンがエルフ耳だけでなく、なぜかネコ耳とネコ尻尾を生やし、目にうっすらと涙を浮かべて肩で息をしていた。

 

 ファリン・ブラッディギフトは特異体質だ。ブラッディギフト家は『才能を与えられた血』と称され、一族は例外なく抜きんでた魔法の才能を持つ世界有数の名門貴族の一族だ。その末娘である彼女は、子供でも扱える魔力式の明かりすらつけられない完全魔法不能者だった。

 しかし才能として授けられた並外れた魔力は、魔法を扱えないにも関わらず、全身を蝕むほどに以上に高く、そしてその質の高い魔力はよくないものを寄せ付ける体質となり彼女を傷つけ続けた。

 そのために、家の中を満足に歩き回ることができない日があるほど体の弱かった彼女だったが、色々とあって魔力式の日用品を使えるようになり、じゃらじゃらと魔除けをあちこちに身に着ける必要はあるけれども、こっそり屋敷を抜け出して遊びにいけるようになったのはほんの数か月前。

 他とは違う生まれ、育ち、そしていつ死ぬかも分からない恐怖と戦い続け、大きな事件に巻き込まれやっと人並みの生活を手に入れ、そして

「にゃーん!にゃんにゃんにゃーおみゃおみゃおぉぉぉ!!」

ネコとなった。

「ファリンちゃん落ち着いて!何言ってるか全然わかんない!ほら、深呼吸」

「すぅー…みゃぁぁぁ…すぅー…みゃぁぁ…」

 ファリンのさらさらの金髪をやさしくなでながら抱き着くような形で背中をぽんぽんと叩く。

「どう、落ち着いた?」

「にゃーん」

 ファリンが一声甘えたように鳴く。

 ギルドマスターがそんな二人を眺めながら目を輝かせながら訪ねた。

「で、どうしたのその耳?可愛いわよ」

 さらさらの腰の上あたりまである長くて細い金髪、今にも壊れそうな華奢な肩、くりっとしたパッチリとした幼さの残る目。今にも消えてしまいそうなどこか頼りなげな保護欲を掻き立てる雰囲気が目を奪うのだが、今はそれ以上に長いエルフ特有の耳のもっと上にある二つの大きなネコ耳が目を奪った。

「にゃーん…みゃおみゃお…」

 不安げにネコ語を口にするファリンにしきりにうなづくリリーティア。

 エルフには程度の差はあれ動物や植物の言葉を理解する能力がある。リリーティアの耳は特によかった。

「リリちゃんわかる?」

 そして特に耳が悪いギルドマスター。

「私が通訳するね。こっちの言うことは全部わかるみたいだよ」

 ファリンのネコ語をまとめるとこういうことだ。

 いつものようにメイド達の目を盗んでこっそりと屋敷を抜け出すと、どこからか悲しげな声が聞こえた。その声のするほうへ行くと、小さな木箱とその中に空になった小皿、そしてぐったりとした仔猫の亡骸があった。

 このままにしておくのも忍びないと思い、木箱をもって屋敷に一度帰ろうと思ったところ、急に意識が遠のき気づいたら耳と尻尾がはえていた。

「たぶん、仔猫の霊にとりつかれたのね」

 話が終わるころには面白そうな状況に興味津々のウェイトレスのサキと、サキと世間話をしていた魔法道具屋の女主人カミラがやってきていた。

「つまり仔猫の霊をぶったおせばいいのね」

 まずは脳筋のギルドマスターの解法。

「まって、ネコに取りつかれたからと言ってネコにはならないでしょう。動物霊なんて下級霊もいいとこよ」

 常識人のサキの意見。

「魂が肉体に影響を与えた例はいくつもあるわ。特に彼女はいろいろなものを寄せ付けるタイプの特異体質なのでしょう?」

 知識人の魔法道具屋の女主人、カミラの考察。

「そうね、特に東国では動物の憑依による肉体の変化の霊がかなり多く、記録だけでなく伝承にもたくさん残っている身近なことなの。東国に獣人が多いのは獣人自体が多いだけでなくて、実際に動物の浮遊霊が」

「つまり解決方法は?」

 得意げに人差し指を立てて長い解説を始めそうなリリーティアの言葉をギルドマスターがシャドウボクシングをしながら訪ねる。彼女は冒険者時代も実体のない霊を何度か物理的に殴り倒そうとする程度には短絡的だった。

「だいたい東国の伝承だとそのままね」

「解決手段なしってわけね」

「みゃあああ!?」

 悲鳴をあげるファリン。

「あるから!ミィお姉ちゃんわかってて言ってるでしょ!?」

 そういうとリリーティアは一呼吸おいて口を開いた。

「浮遊霊に取りつかれるのは意外とよくあることなの。だから、病院に行けば専門家が治療してくれるわ」

「でも除霊では仔猫の霊は消滅してしまうわ。捨てられた思い出しかないまま」

 カミラが口をはさむ。

「みゃおみゃお?(消滅って、私が治るとネコちゃんの魂はどうなっちゃうの)」

「えーとね……天国に行くわ」

 そんな言い方をしないでもいいのに、と恨めし気にちらりとカミラを見てからリリーティアが答えた。

 霊や魂といった分野はまだまだ分からないことが多く、実際のところ除霊された霊がどうなるかはわかっていない。が、ファリンに「消滅する」とは言えず、少しだけ考えてから極力ファリンを傷つけないようリリーティアはうそをついた。

「みゃあああ……(でも、この子もっと遊びたいって)」

 自分の耳をなでながら言うファリン。

「みゃおみゃおにゃーお(それにこの子が可哀そうだわ。生まれてそんなに経ってないのに親と引き離されて出れないような狭い箱にいれられて…。ねえ、リリーの力でイカスミちゃんを助けられないの?カミラさんが言うみたいに悲しい記憶しかないなんてあんまりだわ)」

「え、えーとイカスミちゃんってとりついてるネコの名前!?」

「にゃん(うん。イカスミみたいに真っ黒な毛並みしていたのよ)」

「ちょっと私達がおいてけぼりなんだけど」

 あまりエルフとしての能力が高くないギルドマスターが言いながらファリンの首の下に手を伸ばすとこしょこしょとそこをくすぐる。

「あ、ごめんね。ファリンちゃんはイカスミちゃん…えーと、ファリンちゃんに取りついてるネコちゃんの霊ね。なんとか助けられないかって」

 ゴロゴロとのどを鳴らすファリンの幸せそうな顔を見ながらリリーティアは少し考えこむ。

「そうね、魂を特定の鉱石やアイテムに封じ、疑似的な肉体に接続することでゴーレムとして操る魔法がないわけではにわ。でも私はそんな魔法使えないしそもそもアンデッド作成に近い面のある邪法。使えたとしても堂々と使えますなんて口にいる人がいるとは思えない。あんまり長時間ファリンちゃんの肉体に別の魂を入れたままにしておくのは体調面でも問題ありそうだし、そもそもメイドさん達にばれたら『お嬢様に何かあっては大変です!』って即治療されちゃうからゆっくりそんなことができる人をゆっくり探すこともできないと思うの。東国の伝承で狐の霊に取りつかれた少女が無事に治療された話ではそもそもその狐と少女の出会いが」

「動物霊のゴーレムを作るの?金貨1枚ね」

「カミラさん!?」

 長くなりそうなリリーティアの話をカットしつつ、さらっと口にした魔法道具屋の女主人にリリーティアは驚いた顔をむけた。

「あ、あの……それって違法じゃないんですか?」

 先ほどの自分の説明を思い出しながらリリーティアは言う。魂を使用してのゴーレム作成はアンデッド作成と同様の扱いとされ違法行為だ。

「平気よ、名目は魔法仕掛けのぬいぐるみってことになっているし、ぬいぐるみじゃ悪いこともできないからばれやしないわ」

 衛兵に聞かれたら即逮捕なことを平気で言う。

「にゃーん?(イカスミちゃんはたすかるの?」

「たぶん……金貨1枚で」

 ひきつった笑顔でリリーティアは答えた。

「たりない材料のぬいぐるみはそっちで用意してもらっていいかしら?」 

「にゃん(わかったわ)」

「ファリンちゃん金貨1枚って普通の大人の人の二か月分くらいのお給料だよ?」

 自力で着替えもできないこのお嬢様は絶対に金貨一枚の価値をわかっていないだろうから無駄だと思いつつもリリーティアは言った。

「にゃんにゃん(へえ、そうなのね。さすがリリーは物知りだわ!でもイカスミちゃんのためだもの)」

 箱入りお嬢様の発言に若干不安を覚えつつもリリーティアはカミラののほうを見る。

「イカスミちゃんっていうくらいだから黒猫かしら?」

「にゃん」

 うなづくファリン。リリーティアもどうせファリンの家には金貨1万枚どころでない財産があるのだから気にするだけ無駄だと割り切って席を立った。

「じゃあ、ぬいぐるみは私が買いに行ってくるね。カミラさん、ぬいぐるみならなんでもいいの?」

「そうね、でもできれば元の姿に近いほうが理想だわ。仔猫だったみたいだしあまり大きくない黒猫のぬいぐるみをお願い」

 そういうとカミラはカバンを少し漁った後に紫色の丸くきれいに磨き上げられた石を取り出した。

「じゃあ、ファリンさん。あっちの椅子に横になって」

「にゃん」

 言われるがままに長椅子に横になるファリン。

「では、とりついたイカスミちゃんの魂を取り出すから、少しの間眠っていてね」

 いいながら、カミラがファリンの瞳をじっと見つめると、ファリンの瞼がすぅっと閉じた。

「それじゃあぬいぐるみが準備できたら作業を始めるからリリーティアさんよろしくね」

「わかった!」

 そういわれ、リリーティアはぬいぐるみが売っているお店へ向かう途中でふと気が付いた。

(カミラさん、とりついた魂を抜き出せるって簡単に除霊で来たんじゃ)

 商売上手な魔法道具屋にうまく乗せられたような気がしつつも、今更あれこれいってもファリンが納得しなさそうなのでリリーティアは諦めた。

 

 びっくりするほどイカスミのぬいぐるみの完成は早かった。

 リリーティアがぬいぐるみを用意した頃には魂の移動もぬいぐるみを動かすための仕組みもすべて完成していたようで、リリーティアが買ってきた真っ黒な仔猫のぬいぐるみの背中を開き、そこに魔石を押し込んで縫い口を閉じた後に、ちょっとした魔法をぬいぐるみにかけただけにみえた。

「にゃーん」

 勝手に立ち上がった黒猫のぬいぐるみは銀糸で表現された口を開かずに一声鳴くと、ガラスの瞳をきょろきょろとあちこちに向けた。

「わぁ!かわいい!すごい!」

「ずるい!リリちゃん私にも抱っこさせて!」

「だめ!ミィお姉ちゃんそういって子供のころ私のぬいぐるみ引っ張って真っ二つにちぎったでしょ!?」

 リリーティアとギルドマスターがきゃあきゃあ言いながらぬいぐるみをなでたり抱いたりしているとゴロゴロとぬいぐるみがのどを鳴らす。

「……金貨1枚かぁ」

 リリーティアが難しい顔をする。

「魂を使わなければ銀貨10枚よ。この子みたいに生き生きとした反応や動きはさすがに難しいけれど」

 死んでいるのに生き生きというのもおかしいと思いながらもリリーティアは少し考えた。

「銀貨10枚……安くはないけど……」

 今はギルドマスターに抱っこされている黒猫のぬいぐるみを見ると不思議そうにきょとんと首をかしげてみせる。

「ぅぅ……かわいいよぉ……」

 悩むリリーティアの前にカミラからすっと封筒が差し出された。

「そうそう、お代はリリーティアさんが外に出てすぐにむこうの席にいたコートの女性が支払ってくれたわ。これはあなたへのお礼とメッセージだって」

 カミラにぬいぐるみ代とかかれた小さい封筒を手渡され、それを開くと中には銀貨10枚と「本日もお嬢様がご迷惑をおかけして申し訳ございません。おつりは結構です」と書かれたメモがはいっていた。

 リリーティアはそれを読み終えてぐるりと店内をみると、ファリンの護衛だろう。見覚えのある若いメイドがコートに帽子にメガネという変装した姿で目立たない席に腰かけていた。おそらく、ファリンがこっそり抜け出しているつもりなので、姿を隠して見守っていたのだろう。リリーティアが軽く会釈をするとむこうも座ったまま会釈を返した。

「……ところでカミラさん、本当にぬいぐるみは銀貨10枚なの?」

 リリーティアがじとっとカミラを見上げる。

「いいえ、時価なので今日は銀貨10枚」

「封筒の中身を見ましたね?」

「みなくても重さで大体わかるわ」

「やっぱり私がもらったお金をわかって金額を決めましたね!?」

「偶然よ偶然」

 二人が言い争っているうちに眠っていたむくりとファリンが身体をおこした。

「ん……」

「ファリンちゃん!?」

「リリー、イカスミちゃんは?」

 ネコ耳とネコ尻尾のとれたファリンがゆっくりと起き上がるとギルドマスターに抱かれてじたばたと暴れていたイカスミがするりとギルドマスターの腕から逃れるとファリンの膝にとびのり、一声鳴いた。

「ふふ、こんにちは、元気そうでよかったわ」

 嬉しそうに目を細めてファリンはぬいぐるみの頭をなでると、ぬいぐるみのガラスの瞳が幸せそうに細まった気がした。

「お嬢様?」

 先ほどまで席に座っていた護衛のメイドがいつのまにかメイド服に着替えてさも、今きたかのように冒険者ギルドの入り口からやってきた。

 その手にはぬいぐるみが一つはいりそうな編みカゴがさげられていた。

「レ、レゼンタ!?どうしてここにいるのかしら?」

 ファリンがぎくりとするとレゼンタと呼ばれたメイドは表情を変えず口を開いた。

「お嬢様が勝手に外に出て大変な目にあっていると連絡をいただいたのですよ。さあ、帰りますよ」

 しばらくああでもないこうでもないとメイドに不満を言い続けていたファリンだったがしばらくするとイカスミを左手で抱え、ふくれっ面でメイドの手を握った。

「ほら、お嬢様そんな持ち方ではイカスミ様がおちてしまいますよ。こちらのかごをお使いください」

 言われるがままに差し出されたカゴにおとなしくしているイカスミをいれると、もう一度手をつなぎなおす。

「それじゃあリリー、みなさん、私とイカスミちゃんをありがとうございました」

 穏やかな笑顔で優雅に一礼をする。

「ファリンちゃんまたねー」

 リリーティアがひらひらと手を振り返し、皆もそれぞれ礼を返す。

 扉が閉じ、ファリンの姿が見えなくなるとカミラも会計をすませて去り、サキも話し相手を失いウェイトレスの仕事に戻った。

「なかなかバタバタした午後だったわね。もうこんな時間」

 しみじみとギルドマスターが言って壁掛け時計をちらりと見る。つられてリリーティアも時計を見る。

「あ……」

 時計の針はお話会の時間の15分前を指していた。もういつ話を聞きに来る子供がきてもおかしくはない時間だ。

「リリちゃん、お話会どうするか決まったの?」

 ギルドマスターの質問にリリーティアは少し考えこむ。

「うーん……もうさっきまでここであった話をしようかな」

 困ったような笑顔を浮かべながらリリーティアは答えた。

「厄介ごとをすぐに持ってくるやさしいお嬢様と仔猫のお話」

 その日、お話会を終えた子供たちの帰り道に動くぬいぐるみを路上販売する女性が無事に商品を完売させほくほくとした笑顔で帰路に就く姿があったとかないとか。

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