燃え落ちる夢(2) 灰
翌朝、クリスティアーノは父のメルキオッレと共に馬車に揺られ、大急ぎで修理を終わらせた大橋を渡っていた。二人の間に会話はなく、クリスティアーノはただ俯いて足元に顔を向けている。
日が昇る頃、ハドリスから送った救出隊から報せが届いていた。襲撃者は既に去り、王宮の火事も鎮火され、王都の安全が確保された事。王妃は偶然外出しており無事だという事。――王宮から救出されたのはカーライル王子ただ一人である事。
それを聞かされたクリスティアーノは声も上げられず、一緒に行くかという父の問いに対して力なく頷いただけだった。
しばらくして馬車は王都へ辿り着き、メルキオッレは王宮のある山から未だに燻る黒い煙を見て顔を顰める。そこへ近付くにつれ、焦げ臭い匂いが漂ってきた。王宮の半分は焼け落ち、周囲では近衛兵とマードックの救出隊が慌ただしく動いていた。担架に乗せられ、布を被せられた物が次々に運ばれていく。馬車が止まると、ようやくクリスティアーノは顔を上げて外に出た。ふらふらと夢遊病者のように歩く彼に兵達はざわつくが、誰も声を掛ける事は出来なかった。この場にいる全員が、先日までの彼の幸せなそうな顔を知っている。
庭に面した廊下は外壁が崩れ、熱でねじくれたカーテンが風に揺れていた。ここの隅でクリスティアーノはコーデリアに追い詰められ、少々不格好なプロポーズをした。不意に足がもつれる。見れば爪先に誰かの上着が引っ掛かっていた。襟には王家の紋章が刺繍されている。大きさからして末弟のコンラッドのものだろうと推測出来た。
「ディリィはどこ?」
思い出したようにクリスティアーノはこの日初めて口を開いた。兵達は判断を仰ぐようにメルキオッレを見て、一人が耳元に何かを囁いた。それを聞いたメルキオッレは軽く首を振りつつも、クリスティアーノを呼び寄せる。
「見ない方がいい」
「どうしてですか。僕は彼女に会う為にここまで来たんです。僕は」
「わかった、行け。連れていってやれ」
無理に止めればクリスティアーノはまた勝手に探し回るだろう、かといってまた閉じ込めるような真似はメルキオッレもしたくはなかった。案内にはメルキオッレの忠臣である二人の将校が付き添った。クリスティアーノが妙な気を起こした時の為に。
そこは妙に静かで、焦げた匂いと死者の魂を鎮める香の匂いが混じりあい、布を被せられた何かが地面にたくさん並べられていた。その間をクリスティアーノ達は歩いていった。案内されたのは、一番奥に設えたテントだった。その前で見張りをしていた兵士は一瞬警戒したものの、クリスティアーノの顔を見るとすぐに道を開ける。
「ここに……?」
思考の追い付いていないクリスティアーノが、テントを指して首を傾げる。王族ともあろうものが何故こんな粗末な場所にいるのか、何故葬儀の時の香が焚かれているのか、それすら頭の中で上手く噛み合っていなかった。
誰も出入りをしていないテントの中は、今まで以上に強く香の薫りが充満していた。寝台が三つと、その上に置かれた何かが三つ。
「本当によろしいのですね?」
改めて確認され、クリスティアーノはその意味をよく理解しないまま頷いた。一番小さな何かの前に立たされると、その上に掛けられた布が捲られる。真っ黒に煤け、顔もわからない焼死体がそこに横たわっていた。
「これがディリィですか?」
その声が意外にもあっけらかんとしていて、思わず兵士達は顔を見合わせる。まるで彫刻を眺め、そのモチーフを尋ねるかのような声だった。実際、クリスティアーノは自分が何を見せられているのか、何を口走っているのか半分も理解していなかった。ぼんやりとそれを見下ろし、これはなんだろうと考えていた。理解すれば心が壊れてしまう、という体の防衛反応だったのかも知れない。
少し遅れて、メルキオッレもテントに現れた。三つの遺体の前で祈りを捧げ、呆然としたまま動かないクリスティアーノをそのままに、すぐにテントを出る。
「一つ足りないのではないか?」
「それが、コンラッド王子の御遺体がまだ見つからず……王達と同室していた事は確かなのですが。襲ったのは巨大な竜だったという証言もあります。コンラッド王子は食べられてしまったのでは、と」
「なんという事だ。して、カーライル王子の容態は?」
「半身が焼け、未だ予断を許さない状況だと。王妃様はカーライル王子に付き添っていますが大変ショックを受けていらっしゃる様子で」
「無理もないな」
離れていく父の声をぼんやりと聞きながら、クリスティアーノは目の前の黒い塊の末端に光るものを見つけた。煤けたそれを指先で擦ると、深い緑色をした石が顔を出した。途端、クリスティアーノは腰を抜かしたように崩れ落ち、付き添いの兵士が慌ててその背中を支える。
「ディリィ……」
クリスティアーノの瞳と同じ色をしたエメラルド。それはコーデリアに贈った結婚指輪。これを嵌めた手は愛するコーデリア。そしてこの黒焦げの塊は、愛するコーデリア。
全ての点が亀裂となって繋がった時、クリスティアーノの中で辛うじて形を保っていた何かが崩れ落ちた。




