第二話 「そろそろ書かなきゃな」
風呂場での事件のあった次の日、朝から俺は全力で土下座をしていた。
まだ昨日のことを妹に許してもらえていないのである。
「ほんっっっっっっっっとうに、申し訳ありませんでしたーーーーーー‼」
この際俺のプライドなんてなにもない。
いや、これが俺のプライドだ。
妹に嫌われないためなら俺はなんだってするだろう。
だって妹に嫌われたら俺、生きる価値なくなっちゃうじゃん、二度と立ち直れなくなっちゃうじゃん、ずっと部屋に引きこもって妹物のアニメを見てラノベを読んで一生を過ごす羽目になっちゃうじゃん。
(やっぱり俺って、シスコンだよなあ⋯⋯)
「⋯⋯ちゃん、お⋯⋯ちゃん、お兄ちゃんってば!」
「はっはい!」
そんな自分のシスコンぶりを再認識していた俺は、妹が話していたことに気づいていなかったようだ。
(これは、やっちまったなあ⋯⋯)
「あのね、お兄ちゃん」
(もう嫌われたかなあ、俺⋯⋯)
「私、別に怒ってるわけじゃないんだからね」
「――――――――――――――――え?」
「だっ、だからって怒ってないわけじゃないんだからね‼」
「どっ、どっちなんだよ⋯⋯」
「だっだから、その⋯⋯、お、怒ってるんじゃなくてね、は、恥ずかしかったの。その、お兄ちゃんに、あんな格好、見られちゃって⋯⋯⋯⋯」
――――――――――――――――――――――――――――――なんだこのかわいい生き物は‼
頬を赤く染めて、目をそらしながらもこっちを気にしているのかチラチラとこちらを見てくるきれいな瞳。
その姿はまさに女神!
おそらく今の彼女を見たものはこう思うだろう。
――――ああ、この地上に天使が舞い降りた、と。
――――――いやまて、今俺とんでもない間違いをしている。
そう、今の彼女ではない、俺の妹を見たらだれでもそう思うに違いない。
だって俺の妹だよ、心だよ、いつだって女神に決まっているではないか。
俺はなんて間違いをしてしまったんだ⋯⋯、神よ、私の罪をお許しください。
「お兄ちゃん、ちゃんと聞いてる?」
――――などとシスコンを全開にしていた俺はどうやらまた話を聞いていなかったようだ。
「おっ、おう、悪い、ちょっと考え事をしてて⋯⋯」
「もう、ちゃんと聞いててよね」
「す、すみません⋯⋯」
「だからね、その、別に怒ってるわけじゃないから、その、こ、今回は特別に許してあげる」
「―――――――――――――――――ま、まじっすかああああああああああああああ‼」
「もっ、もう、あんまり大きい声出さないでよね!」
「す、すまん」
「だ、だからさ、私がその、怒鳴っちゃったことも、許してくれない⋯⋯?」
「ああ、それなら安心しろ、俺は別に何とも思ってないよ」
「ほっ本当?よ、よかったあああ⋯⋯」
その時の妹はとても安堵した表情をしていた。
妹も俺と喧嘩をするのは嫌だと思っているらしい。
生みの親は違うから変かもしれないけど、やっぱり俺たちって⋯⋯
「似たもの兄妹、だよなあ⋯⋯」
「えっ?」
「――――へっ?」
どうやら俺は声に出してしまっていたらしい。
やばいぞ、これでもし嫌がられたら、俺は今度こそ⋯⋯⋯⋯
「――――――うん、そうだね」
「私たち、似たもの兄妹だねっ!」
この時の妹の心の底から嬉しそうな笑顔を、俺はずっと忘れることはないだろう⋯⋯
――――まあ、妹のことなら一度も忘れたことはないがな!
「ところでお兄ちゃん」
「どうした?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯時間」
「――――――――――――あっ」
――――まあ似たもの兄妹だから、二人そろって遅刻しても仕方ないよねっ
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――――――ちくしょー、何もあそこまで怒らなくてもいいじゃないか」
放課後、俺と綾音はいつも通り駅へと向かっていた。
「でも真がいけないんだよー。新学年早々学校遅刻しちゃったんだから」
「そっ、それはまあその通りだが⋯⋯」
「ところでなんで遅刻したの?夜遅くまで小説でも書いてたの?」
「あ、ああ、まあそんなところだな」
――――言えるわけがねえ。
まさか朝から妹に全力で土下座してたから遅れただなんて、絶対に言えねえ。
「ダメだよー、あんまり夜更かししたら。体壊しちゃうよー」
「あ、ああ、そうだな。悪い、今度から気を付けるよ」
「ほんとに気を付けてよー。⋯⋯ところでさ、その小説って進んでるの?」
「大丈夫、ラノベコンテストまでまだまだ時間はある」
「なるほどね~、全く進んでないんだ~」
「やめてやめて、的確に俺の心をえぐらないで!」
だって仕方ないじゃん。
プロット練ってたら寝てたし、起きたらすぐ飯でそのあと妹との事件があったんだから。
そう、だからこれは仕方のないことである⋯⋯⋯⋯そんなことないですねごめんなさい書いてない僕が悪いんです、でも妹のことが頭から離れなかったんですシスコンでごめんなさい。
「早く完成させて読ませてよね。私結構楽しみにしてるんだよ」
「ああ、わかってる。なるべく早く読ませてやるよ」
「頑張ってプロになってよ。そしたら私、真は私の幼馴染だよーって、みんなに自慢するからね!」
「ああ、それなら早くデビューしないとな」
「うん!⋯⋯でもそのためには、早く小説書かなくちゃだよ」
「す、すいません、編集長⋯⋯」
「急ぎたまえ真君。締め切りまであと少ししかないのだぞ」
「わっ、わかりました!」
「うむ、わかればよろしい。⋯⋯⋯⋯ふっ、ふふっ、ふふふふっ!」
「ははっ、ははははっ、ははははははっ!」
そんないつも通りなやり取りをしていたら、いつの間にか駅についていた。
「じゃあまた明日ね、真」
「ああ、また明日な。気をつけて帰れよ」
「真もねー。⋯⋯夜更かししたらだめだよー」
「わっ、わかってるよ。それじゃあな」
「うんっ、ばいばーい」
――――全くあいつは、一言多いんだよ。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ただいまー」
「あっ、お兄ちゃん。おかえりー」
家に帰ったら昨日はなかった妹からのお帰りの一言。
この一言のために俺は毎日を頑張っているといっても過言ではない。
「おう、今日は早かったんだな」
「まあね、今日は特に用事もなかったし」
「そうか、じゃあお兄ちゃんはいつも通り小説書いてるから」
「うん、じゃあ夜ご飯できたら呼ぶねー」
「ああ、よろしくな」
俺は妹ともっと会話をしたかったのだが、断腸の思いで自分の部屋へと向かった。
(さて、頑張って書きますか)
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お兄ちゃーーん、ご飯できたよー」
妹からの呼び出しで俺は小説の世界から現実世界に帰ってきた。
「わかったー、今行くよー」
そういって俺は妹の待つ食卓へと向かった。
早く妹に会いたいぜっ!
「「いただきまーーす」」
今日のメニューは俺の大好きな妹特製のカレーだった。
「おおっ、うまい!やっぱり心のカレーは最高だなっ‼」
「もっ、もう、お兄ちゃん。おだてても何も出ないよ」
「おだててなんかいないよ。本当にうまいぞ」
「そ、それならよかった⋯⋯」
――――――――奥さん見ましたかっ、今の表情。
妹のほっとした時の笑顔、美しいとは妹のために作られた言葉なのだろう。
そんなことを考えていたら、俺はカレーを食べ終えていた。
どうやら妹も食べ終えていたらしい。
「「ごちそーーさまでした」
――――――――――いつも通り食器を洗ってから、俺は風呂へと向かっていた。
(さすがに昨日みたいなことはないだろう)
そう思いながら風呂場のドアを開けて中を確認した。
――――どうやら妹はいないようだ。
そのことを確認した俺は服を脱ぎ、いざ風呂へと足を踏み出したその瞬間、
「さあー、お風呂入ってさっぱりし⋯⋯⋯⋯よ⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
妹が入ってきてしまった。
まっ、まあ今回は昨日と逆だしさすがに怒られはしないだろうと思っていたが、
「おっ、おっ、⋯⋯⋯」
「えっ、ちょっ、ちょっとまっ⋯⋯」
「お兄ちゃんのばかああああああああああああああああああああああああああああ‼」
――――――――――どうやら俺は妹には必ず怒られるようだ。
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