図書館の少女
俺は王宮内にある図書館に足を運んでいた。
大人の背丈より少し高い程度の本棚が奥までずらっと八列並んでいる。部屋の手前側には四人掛けのテーブル席が八つもあった。
街の本屋など比較にもならない。この規模の大きさには感心せざるを得なかった。
キリアヒーストルで王宮暮らしをしていたときにはやはり図書館に入り浸っていたくらいだ。当然この図書館の蔵書にも興味があった。
今テーブル席に座っているのは一人だけ。
俺はその見知った人物に近づいた。
少女は大小さまざまな本をテーブルの上に積み上げていて、今も二種類の本を広げて見比べるように読んでいた。
「ミリエ」
「ひゃっ!?」
その少女――ミリエ・アルキュールは驚いて本から顔を上げた。
「悪い、驚かせたか」
「あ、いえ……すみません……私のほうこそ、気付かずに。クリスさん、あの……第三軍の救助部隊の件、本当にありがとうございました」
「ああ、そのことか。報告を聞いた限りじゃ上手くいったらしいが」
「はい……クリスさんが兵を惜しまずに割いてくれたおかげで……生存者の全員を救出することができました」
上目遣いで俺を見上げるミリエだが、探るような目つきではない。単純にそういう癖のようだ。
気弱そうにおどおどしていて線の細い少女だが、彼女はイリシュアールの一軍五万の兵を統率する将軍である。
こうして本に囲まれているとまさに文学少女といった印象を受ける。
「これ全部読むのか。読書家なんだな」
「はぅぅ……」
恥ずかしそうに顔を伏せてしまうミリエ。
俺は何気なく積み上げられた本のいくつかを見てみるが、どうやら戦史研究書や戦術論文の類らしい。
「へぇ、すごいな。勉強熱心なんだな」
「そっ、そんなことは……私なんか……」
身を縮こませるように固まってしまうミリエ。
なんだろう、まるで小さな子をイジメてるような気分になってくる。悪いことをしているような罪悪感。
「すまん、邪魔だったかな。俺は適当に魔術書でも見るから」
そう言って本棚のほうへ向かって歩いていく。
適当な本を引っ張り出してパラパラと立ち読みしていた時だった。
「あの……」
「ん?」
ミリエだ。
どうやら本を読むのを中断して俺の後を追いかけて来たらしい。
両手で一冊の本を抱えている。
黒くてゴツくて古そうな装丁の本だ。
「これ、すごく珍しい魔術の本みたいですよ。クリスさん、興味あるんじゃないかなって……」
「わざわざ取って来てくれたのか。ありがとう、助かるよ」
ミリエはようやく小さく微笑んでくれた。
「お、これはすごい。古代魔術書だ。大昔に南の――砂漠の向こうの国で書かれた書物の翻訳だ。貴重だぞ」
この世界の国々は今でこそ共通の言語を話しているが、遥かな昔はそうではなかった。特に魔術分野では独自の言葉が用いられていたことも多々あり、いくつかの言語は俺でも解読することができるが、わからない言語があることも事実だ。翻訳書はありがたい。
新しい魔法の発想や画期的な魔術の詠唱、魔術の設計などの役に立つかもしれない。
やっぱりこういった珍しい魔術書の類は心が躍るなー。
どんな術符を考えようか。
さっそく想像を巡らせ始めた俺の横で、ミリエがくすりと笑った。
「ふふ」
「どうした?」
「いえ、なんだかクリスさん、楽しそうだから」
「そんな顔してたか?」
「はい、とっても」
顔に出てたか。
それより気になったのは、ミリエだ。
てっきりさっきは嫌われてるか邪魔者扱いされてたように思ったが。
今こうして俺のとなりにいて、席に戻るそぶりも見せないのはどういうことだろうか?
「お前の調べ物のほうはいいのか?」
「ああっ、すみません……。お邪魔でしたか?」
「いや全然。むしろさっきは俺のほうが邪魔しちゃったと思ったけど」
「そんなこと……ないです。やっぱりそう思われちゃいましたか?」
「どういう意味だ?」
ミリエは小さく肩を落としてうつむいた。
「私、昔から引っ込み思案な性格で、人と話すときにどうしてもあがってしまって、そのせいでよく勘違いされてしまうんです」
「そうだったか」
「私、クリスさんと話すの嫌いじゃないです。本当です。さっきは勉強熱心だって褒めてもらえて……その……うれしかった……です」
語尾が尻すぼみに小さくなって、肩も少しだけ震えている。
一見すると泣き出しそうに見えるが、きっと勇気を振り絞っているのだろう。
「そっか。ならよかった。……あ、この本持ち出し禁止か。じゃあ一緒に本、読んでいいか?」
「はい!」
ミリエは胸の前で手を合わせて小さく飛び跳ねた。




