発光食品
その日、王都のとある飯屋は大騒ぎだった。
女王様が突然現れたとの知らせは瞬く間に町中に広がり、店内には客だけではなく見物人まで詰めかけていた。
「クリス……どうしよう」
「気にすんな。俺たちはメシを食いに来ただけだ」
アンナはパレードのときのようなゴテゴテとしたドレスではなく、普通の町娘然としたワンピース姿だ。もちろん地味目だが生地も仕立ても抜群にいい。
「ま、ままさか女王様御自らいらっしゃるなんて……。私どもの店はきちんと税金を払っていまして……ええ、もちろん不正などは致しておりません」
テーブル席に座った俺たちにそう受け答えする店主は顔中冷や汗まみれだ。
国の役人がわざわざ店に来る可能性といったら今までは賄賂の要求か、税の取り立てか、適当な罪をでっち上げての不当逮捕かといったところだったのだろう。しかもアンナは女王だ。一体自分はなにをしでかしてしまったのかという恐怖がありありと顔に浮かんでいた。
「ああ、いや。そういうのじゃないです。ご飯を食べに来ただけです。ここ、飯屋ですよね」
俺たちがわざわざ城から出てメシを食べに来たのにはわけがある。
たしかに王宮で出される料理は豪華だったし味も素晴らしい物だったのだが、アンナは女王。広くて長いテーブルに一人きりだ。
アンナの必死の訴えで俺も同席していたのだが、となりに座ることは出来ない。テーブルの端と端に座らされ、お互いの距離は相手の皿の中身が見えないほど離れていた。
アンナは目に見えて落ち込んでいたし、俺もいつしか城での食事に味気無さを感じるようになっていた。
だから今日は城の人間の目を盗んで抜け出し、久々に慣れ親しんだ庶民の味で昼メシにしようと思ったのだ。
「はい?」
ぽかんと口を開いて固まる店主。理解できないといった顔だ。
「ええと……だからご飯。なにかおすすめの物でもあればそれをお願いします」
「は、はぃぃい!! かしこまりましたーーー!」
ようやく理解が追い付いたのか、店主は大慌てで店の奥に引っ込んでいった。
「ねーねーじょーおーさまー」
小さな女の子がアンナのスカートを引っ張っていた。
「なあに?」
女の子はにっこりと笑って両手を見せた。その手と手の間には毛糸が複雑に絡まっていた。あやとりだ。
あやとりでなにかの模様を作ったということらしい。
「ほら! これ初めてできたんだよ!」
「わぁー! すごいすごい! あたしあやとりやったことないから、感心しちゃうなー」
「えへへ。教えてあげよっか?」
女の子は得意げに笑った。
と、そこへ母親らしき女性がやってきて悲鳴を上げた。
「きゃあっ! す、すみません。こらっ! ダメでしょ、女王様にご迷惑をかけちゃ」
「はーい……」
しゅんとしてしまう女の子。
アンナは笑顔で言った。
「今度教えてね」
「うん!」
女の子は母親に連れられて見えなくなるまで元気よく手を振っていた。
次に俺たちのところへやってきたのは一人の老人。
「おお、女王様……本物だ。ありがたやありがたや」
「えっと……」
急に手を合わせて拝み始めた老人。
アンナも面食らって言葉が出ない様子だ。
「うちのじいちゃんはついこの間倒れちまってよ。いやあ女王様が診療所を無償解放してくださったおかげで助かったんだよ。女王様はじいちゃんの命の恩人だ」
そう言うのは老人に付き添うように後ろに立つ青年だ。
アンナは不思議そうな顔をしている。
政治の細かいところはすべてルイニユーキがやってしまっているので、まったく心当たりがないのだ。
「税が緩和されたおかげで俺もなんとか余裕が出来てよ。嫁は今度子供が生まれるんだ。おかげでちゃんと育ててやれそうです」
「それは……おめでとうございます」
「おめでとー」
その後も入れ代わり立ち代わり人々が押しかけてきて握手を求められたりした。腐敗役人の密告や近所のもめ事の仲裁の陳情なんてものまであった。
しばらくして店主が料理を運んできた。
「お待たせしました」
よかった! ようやくメシが食える。
俺もアンナも人々への応対で結構ヘトヘトだ。
周りの観衆たちから「わぁ」という声が上がる。
テーブルの上に次々と置かれる皿、皿、皿……。
テーブルの中央を占拠するのは花瓶のように大きな果物。これがメインの料理というわけだ。
……待てよ。
「あの、これ果物ですか?」
店主はにやりと笑うばかり。
料理を知っているのだろう観衆の何人かが言った。
「ララピキだ」「ああ、ララピキだ」
なんだララピキって。
見た目は……スイカ?
黒いしま模様の入った緑色。形は花瓶のような円筒形。
そしてでかい。まるで大砲の砲身だ。
とりあえず用意されたナイフを上から入れてみる。
「うおっ!?」
切れ込みから白い光が迸る。
なんだこの光ーーーー!!
昼間でもまぶしく感じるくらいの強い白光。
やべーよ。光る果物なんて見たことねーよ。
しかもどうやらこれは果物ではなかった。
このいい匂いは……。
「お肉だーーーー!」
アンナの歓声。
どうやらスイカに見えたのは周りの皮だけで、それを剥ぐと中は焼いた肉のようだった。
見た目はケバブに近い、串を刺して立てた肉の塊。後はこの肉をナイフで削って食べればいいのか。
「どうです? 当店自慢のとっておき料理。これがララピキです」
最初委縮した様子だった店主もすっかりいつもの調子を取り戻したのか、得意げに胸を張る。
「すごいですね。光るお肉なんて初めて見ました。どんな動物なんですか?」
「いえいえ、光るのはお肉じゃないですよ。秘密はこの皮にあります。天使の樹皮と呼ばれる珍しい植物なんですがね、こうして肉に巻いて焼くと不思議な力で肉質がやわらかく、そしておいしくなるのです。ここまで強い光を放つのは良質な証拠ですよ」
「不思議な力……ですか」
「ええ、見たでしょう?」
たしかに今の光は不思議な力としか言いようがなかった。
さすがは異世界。面白い食べ物があるんだなー。
今までも何度も驚いてきたが、今回の料理は極めつけだった。
店主がとっておきと自慢するだけはある。
ナイフできれいに剥し終われば、天使の樹皮はもう輝きを失っていた。光を発するのは切ったときだけらしい。
「おいしぃぃーーーーー!!」
俺が最初の一口を食べるより早く、アンナが感極まった声を上げた。
アンナのあとを追うように観衆たちからも声が上がる。
「うまそうに食べるなあ」「女王様かわいい!」「腹が減ってきた……」
この大勢のギャラリーの中食べるというのはなんというか……ちょっと緊張する。
俺もさっそく塩を一振りして一口。
うまい!
めちゃくちゃ柔らかいぞ!
これが天使の樹皮の効果なのか。しかも味など付いていないはずなのに肉だけのものじゃない深い味わいがある。
まるで数十種類の野菜や果物をじっくり熟成させてうま味を凝縮させたソースでも使っているのかと思うほどだ。
天使の樹皮、恐るべし。
俺たちは周りを囲む大勢の観衆のことも忘れて食べ続けた。
そして数十分後。
テーブルの上の皿はすべてきれいになり、ララピキも当然完食。
「うおおおおおおーーーーー!!」「すげええーーーーーーー!!」「女王様ばんざい!」
ギャラリー全員大盛り上がり。鳴りやまない万歳コール。
アンナはいつも通り俺に倍する量を腹に収めていた。
女王が肉を食べまくるという光景に幻滅している人は一人もいなかった。
すっかり親しみやすい女王になっちゃったなぁ。
さっき料理が来るまで客たちと話していた少しの間に、こんなにもすんなり受け入れられてしまったのはさすがアンナと言ったところか。
店を出るときには手を振る大勢の観衆たちに見送られることになった。
後に聞いた話によるとこの店は、女王が食べに来た店として評判になり、しばらくの間大繁盛が続いたということだった。




