決着
「その辺にしておくがいい」
俺は一瞬その声がどこから聞こえてきたものかわからなかった。
だからロミオを見て、それからイリアに視線を移した。
地の底から響くような、なにか非人間じみた声。
「ま、まさか――」
なにかに気付いたように表情をはっとさせて、イリアは自分の手にした大剣を見た。
レクレア村で何度も見た、ピンク色に輝き剣閃に火の粉を散らす不思議な剣だ。
「魔装フリタウス」
空中のラルスウェインの口にした単語は聞いたことのない名前。
それが、イリアの持つ大剣を指しているということが直感でわかった。
剣が返事をする。
「いかにも」
「剣が……しゃべった?」
俺の驚きに答えたのはやはりラルスウェインだった。
「魔装フリタウスは所有者を自ら選ぶ。資格を持たぬ者には決して扱うことができない。そして所有を許された者もその声を聞くことはできない。直接言葉をかけられたときに所有者は第二の資格を得る。そして第三の資格を得た者にはその全ての力を貸し与える……だったかな?」
「ほう、よく知っているな。お前のことは知らないが、調整官か?」
感心したような剣の声。
ラルスウェインはうなずく。
「そうだ。今は私が調整官の任に当たらせてもらっている。お初にお目にかかる――フリタウス殿」
「やれやれ。今度の調整官はずいぶんと固いようだ。調整官の仕事に介入する権限は私にもないが、できればこの件からは手を引いてもらいたい。お前にはわからないかもしれないが、長年のしがらみというやつがあるのだ。彼らにはきちんと自身の手で決着を付けさせるべきだ」
「しかし、それでは上の意向が……」
「上、か。それは私の頼みを無視できるほどのものなのか?」
フリタウスの言葉にラルスウェインは沈黙した。
「魔装フリタウス。私が当代所持者レメナイリア・フレイムズブラッドです。まさかそのお声を聞かせていただけるとは。私にはその資格があるのでしょうか?」
イリアはかしこまった雰囲気で剣に話しかけた。
「レメナイリアよ。私はもうとっくにお前を所有者として認めていたのだよ」
「ありがたきお言葉」
「ロミオ、いい孫を持ったな。こいつはお前以上の素質の持ち主だ」
「自慢の孫ですからの」
ロミオは孫を持つ祖父としての顔で微笑む。そこには驚いた様子はない。どうやらロミオも過去に剣の声を聞いたことがあるようだ。
ラルスウェインは音も立てずに床に降り立った。
純白の羽が一枚キラキラと輝きながら舞い落ちる。
ラルスウェインはオレンジのローブを拾い上げて再び身に纏うと、俺たちに背を向けた。
「あとは好きにしろ」
「待て!」
立ち去ろうとしていたラルスウェインを俺は呼び止めた。
「どういうことだ? お前は一体何者なんだ?」
「……」
ラルスウェインは答えない。
「調整官ってなんのことだ? なぜイリアの剣のことを知っているんだ? 訊きたいことは山ほどあるんだ。答えてもらうぞ」
ラルスウェインは俺を振り返った。
その表情はやはり感情を伴っておらず、氷のように冷たい目線だけが俺を射抜く。
「その疑問に答えることは私の任に反する。訊きたいのなら……」
そう言ってラルスウェインはイリアのほうに目を向けた。
「フリタウス殿に訊けばいい。彼は大の人間好きだ。きっと協力してくれるだろう」
「そんなことを言われてもな」
「とにかく、私はこれ以上お前たちに情報を与えることはない。さらばだ」
それだけ言って今度こそラルスウェインは姿を消してしまった。
俺はイリアのほうを――いや、その剣フリタウスを見る。
「と、いうことらしいんだが……フリタウスと言ったか? 話を聞かせてもらえるか?」
少しの間沈黙が流れた。
相手は剣なので表情はわからないが、悩んでいるような気配を感じた。
「ふーー。やれやれ。構わんよ。調整官殿のお目こぼしもあったことだしな。ただし……」
フリタウスは少しの間言葉を切った。
「後日、日を改めて……だ。この場には人が多すぎる。あまりおおっぴらに広めるような内容でもない」
「わかった」
この場での問答は終わりだとばかりにフリタウスは沈黙し、気配を消した。
イリアは大剣を背中の鞘に戻した。
後に残されたのは身を守る兵を全て失って怯える王と、俺たちだけだった。




