簒奪王キリリュエード
解放軍は野営を張って夜を明かし、翌日には王都を目指して再び進軍を開始した。
土木工作兵、医療兵からなる第三軍救助隊はミリエに率いてもらい、約千名の人員を割いた。
まだ会ってからいくらも時間が経っていなかったが、おそらく裏切るような真似はしないと思った。
そしてついに王都イリシュアールへと到着。
都市の門は開け放たれていた。すでに会戦の結果が伝わっているのだろう。
解放軍の兵士たちが列を成して進んでいく。
門をくぐるなり聞こえてくるのは市民の大歓声。
まるで祭りの日のようだった。
大通りを進む俺たちを囲むのは、手を振る人々。
その様子からは国王キリリュエードが今までどれだけの悪政を敷いていたのかがわかるというもの。
解放軍は王城まで何の障害もなく行進して、開門を迫った。
しばらくの沈黙の後、城の門もゆっくりと開かれていく。
イリアを始め部隊長以上の将兵百余名で城へと入っていった。
「ずいぶんあっさり開けたな」
「たしかに。あの男なら籠城でもしてもう少し悪あがきをしそうなものだが」
イリアの言うあの男とは国王キリリュエードのことだ。
「内応です。王城に詰める側近たちの間の中にも、こちらの意に賛同して協力してくれる者がいるのです。それほどまでにこの国の腐敗は深刻なのですよ」
真面目くさった顔で言うのは、解放軍側の貴族のまとめ役をしているルイニユーキだ。
「そこまでですか」
ルイニユーキは神経質そうな顔の眉間にしわを寄せる。
「ええ。王都より西の、アタグルアールの町では課せられた重税のために市民の流出が止まらず、都市機能が麻痺しているほどです。王都から離れた田舎の町ではまだそれほどでもないのですが、このまま腐敗官僚たちの横暴が続けば、遠からず影響が出始めていたはずです。彼らは賄賂のための資金を集めるのにやっきなのですよ。ここ数年で新設された税の種類は百をゆうに超えます」
イリシュアール北の町ゲレルトに立ち寄ったときには、たしかにまだ町の人の笑顔は消えていなかった。それが都市部ではそんなことになっていたなんて。
俺たちは王の玉座のある大広間へと足を踏み入れた。
精緻な彫刻が施された大理石の柱が左右に規則正しく並び、遥か三階分はある高さの天井にはフレスコ画が描かれている。
入り口の大扉から玉座までを深紅の絨毯が敷かれている。
まさに王の間といった荘厳さは、キリアヒーストルにも劣らない。
その一段高くなった場所に据えられた玉座には、でっぷりと太り頭の禿げあがった老人が座っていた。
「き、貴様らぁ! ここをどこだと心得る! ひ、ひれふせぇぇぇい!」
その声は語尾が裏返って甲高い。
およそ威厳からはかけ離れた人物だった。
「こいつが王なのか……」
思わず呆れた声が出てしまった。
「レメナイリア! ロミオ! 貴様らどういうつもりだぁぁ!!」
イリアもロミオも表情をぴくりとも動かさない。
「私が忠誠を誓いましたのはイリシュアールという国にですので。申し訳ありませんが、あなたにではない。王子――いや、前王マーサウェンスから簒奪せしめたその王位、今こそ返していただく」
イリアの堂々とした宣告に、王は顔を真っ赤にしてわめいた。
「この小娘がぁぁぁぁぁ!! おいロミオ! 貴様! なんとか言わんか」
ロミオはすっと目を閉じた。
「私はすでに引退した身。臣下として申し上げることはございませぬ。ですが――」
そしてかっと目を見開いたロミオの顔には、炎神と呼ばれて恐れられた凄みがあった。
「一イリシュアール国民として言わせていただきましょう。己の私欲のために王たる者の責務を忘れ、長年の間民を苦しめ続けたその罪科、たとえ逆賊の誹りをこの身に受けようとも、あなたに償っていただく」
「ひっ――」
イスの背もたれを後ろ頭で打って、王は弾かれたように身をすくませた。
イリアはロミオが自ら国に弓引く真似はしないだろうと言っていたが、王は決して動かないはずの虎を起こすほどのことをしたのだ。
大広間の両脇に控えていた兵たちが動いた。
怯えた王を守るように、銀色の鎧に身を包んだ兵士たちが列を作った。
どうやらこんな王でもまだ守ろうとする者はいるらしい。
背中の大剣の柄を握るイリア。
俺はそれを手で制した。
「いい。俺がやる」
言うが早いか衝撃符を放つ。
「ぎゃっ!」「わっ!?」「ぐあっ!!」
後方に吹き飛ばされて尻もちを突く兵士たち。
あとはこの無様な王を玉座から引きずり降ろし、王位返還の書類にサインさせる。
俺は玉座へと一歩足を踏み出した。
と、そこへ。
「え……」
「なんだ……?」
「お前は……」
その場にいた全員の視線がそこに集まる。
俺と王の間には、いつのまにか一人の少女が現れていた。




