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転生したら魔法の才能があったのでそれを仕事にして女の子と異世界で美味しい物を食べることにした  作者: 鉄毛布
四章

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内気な少女は軍師で将軍

 混乱は敵軍に広く伝播(でんぱ)する。

 俺が放った巨大竜巻は、敵軍に致命的な一太刀を刻み付ける結果になった。

 いくら巨大とはいえ十万の軍勢全てを吹き飛ばすようなものではない。

 しかし右に左にと蛇行する巨大竜巻の脅威は、敵全軍の恐怖を煽るには十分だった。

 そこへ解放軍の突撃が加われば、もはや軍としての機能を維持することは出来ない。敵軍はすぐに壊乱敗走の様相を(てい)した。

 こうして一軍四軍連合軍との会戦も解放軍の圧勝に終わった。

 敵軍の兵の多くが降伏の意思を示した。緒戦で破れた第二軍の兵たちに厳しい処遇を科さなかった件が伝わっていたのだろう。

 一軍の将と四軍の将も降伏して拘束された。


「そういえば相手の将軍はどんなやつなんだ?」


 解放軍野営地、イリアのテント。

 イリア個人のテントというより将軍としての公職のものであるため、かなり大きい。

 百人は入れるくらいの大きさはあった。

 軍議用の長テーブルではなく、テントの隅の小さくて簡素な一人用テーブルを挟んで俺とイリアは座っていた。将軍用のでかでかとしたイスは別にあるのだが、イリアは公式の場でなければあまり座りたがらない。

 ロミオは自分の軍のテントにいるので、今ここには守護の兵以外には俺とイリアだけだ。もうすっかり夜も更けてしまったことだし、アンナたちは別のテントで休憩してもらっている。ウェルニーリたちと再会して積もる話もあるだろう。

 俺は仕事が残っていた。


「四軍の将軍はガナケウスと言って……失礼な言い方になるが、覇気のない人物だ。ことなかれ主義の老人、とでも言うべきか。一軍の将はケルスコウ。イリシュアールの()の将とまで言われた頭脳派で、過去のアセルクリラング戦役では変幻自在な策で数々の武功を立てた英雄だ。が、見た目はあまりそうは見えないな。どちらかというと剣を振り回しているほうが似合いそうな大男だ」


 アセルクリラングはイリシュアールの南に位置する国だ。

 戦に勝ったイリシュアールは土地の割譲(かつじょう)をこそ求めなかったものの、数々の有利な条約を結んで経済で支配的な関係を築いていた。

 キリアヒーストルとの関係が悪化して交易が滞ったときも、このアセルクリラングとの交易があったから致命的な打撃には至らなかったというわけだ。


「それはすごいな。たしかに、今回大胆な挟撃作戦を実行に移した決断力には恐れ入る。王都の守備を解くなど、効果的だとわかってもなかなか実行には移せないだろうな」

「ああ。クリスの存在がなければ、どう転んでも勝ち目がなかった。おっと、来たようだぞ」


 テントの外から兵の呼ぶ声が聞こえ、次いで中へと入ってきた。

 兵は両腕を縛られた二人の人物を連れてきていた。

 一軍と四軍の将軍。たった今話題に上った二人だ。

 この二人と面会することが、俺に残された今日の最後の仕事だった。

 イリアにどうしても立ち会ってくれと言われたので引き受けたのだ。


「ガナケウス殿……それに……えっ!?」


 イリアは席を立ち姿勢を正した。落ちくぼんだ目をした細身の老人を見て、それからとなりの人物に視線を移して驚きの声を上げた。

 もう一人は女性だった。

 いや女性と言うより……女の子?

 小柄で、内気そうな顔。化粧っ気は全くなく、髪もサッと(くし)を通しただけだとわかる。それでもそのストレートに伸ばした長い髪は清潔感があったし、顔立ちは小動物のような愛らしさがあった。

 着ている銀色の鎧がまるでコスプレに見えてしまうほど似合っていない。

 戦場よりも図書館で本を読んでいるのが似合いそうな印象だ。


「だ、誰だ……」


 困惑するイリア。

 少女はおずおずと言った。


「あの……私、一軍の……しょ、将軍に任命されたばかりで……その……すみません……」

「こやつは一軍で副将をしておったやつでの。ついこの間繰上りで将軍に格上げされたんじゃ。前任のケルスコウは逃げたらしくての……ちょうど第二軍の敗戦を知ったときじゃな。あやつはロミオ将軍のことを恐れておったし、それも影響したのかもしれん。今どこにいるのやら」


 ガナケウスはゆっくりと説明してくれた。


「は?」


 意味がわからない。

 ええと、一軍の伝説的な智将は夜逃げして、後任の女の子が将軍になって、それで十万の軍勢の内の半分を統率していたと……そういうことでいいのか?

 ばかな。

 ありえない。

 俺とイリアはそろって顔を見合わせた。理解が及ばないのはイリアも同じようだった。

 替え玉か?

 それともその智将とやらの策略で、どこかに潜伏していて奇襲のための兵を用意しているとか?


「困惑するのも無理はないがの。わしだって信じられなんだ。まさか彼女こそ一軍の頭脳だった、などと言うことをの」

「は?」


 同じ声を繰り返し漏らしてしまう。

 まるっきり間抜けみたいな反応になってしまうが仕方ない。

 今まさに混乱の最中なのだ。

 信じがたい話の内容に頭の処理が追い付かない。


「だが信じざるを得なかった。彼女の立てる戦略は的確。そして一軍の兵士たちも突然の将軍の逃亡という事態にも慌てた様子も見せない。なぜなら彼女こそ一軍を統率していた真の将だったからなのじゃ。逃げたケルスコウは傀儡(かいらい)だったというわけじゃ」

「そんな……私なんて全然……予想外のことが立て続けに起こりすぎて……うぅぅ……全然みなさんのお役に立てませんでした」

「ええと、君の名前は?」


 俺の問いに、少女は澄んだ声で答えた。


「はい。ミリエ。ミリエ・アルキュールです」

「アルキュール……そうか!」


 イリアは手を打った。


「どうしたんだ?」

「アルキュール家は名門で、過去には多くの将軍や軍略家を輩出した家柄だ。どおりで」


 ミリエは背中を丸めるようにして縮こまった。


「い、いえ……。本当に私なんか。家柄のコネで副将になったようなものですし、本当に……すみません」


 なんか頼りなさげな少女だな。

 本当に彼女が五万もの兵を統率していたのだろうか?

 一軍の兵たちに訊けばなにかわかるのだろうか。

 俺は二人を戒めていた縄を解いてやった。


「え……」

「おや、いいんですかの?」


 二人は驚いた顔をする。


「なんとなく話した感じでわかった。二人とも民を守るために戦っていたんだろ。なら正確には敵とは言えない。俺たちの目的はあくまでも王位の返還だ。罪のない国民に剣を向けるつもりはない。だからあなた方には、王位返還後もイリシュアールを守る盾として力を振るっていただきたい」

「失礼ですがあなたは……」


 ああ、しまった。

 イリアを差し置いてつい差し出がましい真似をしてしまった。

 どう弁解しようかと頭をかいたところで、イリアが言った。


「彼はクリストファー・アウキメウス。我がイリシュアール解放軍の軍務顧問にして、フェリシアーナ王女のもっとも近しい人間です」


 ぐ、ぐんむこもん……。

 いつからそんな役職に就いていたんだ、俺。

 ガナケウスは血色(けっしょく)の悪い顔に痛快そうな笑みを浮かべた。


「ほっほ。なるほどの。それはたいしたお人じゃ。それにアルキュール殿の言った通りじゃ。すぐに全軍を降伏させて正解だったというわけじゃな」

「そうなのか?」


 ミリエは指をもじもじと弄りながら上目遣いで言った。


「は、はい。台地の陰に全軍を隠しての奇襲には成功したものの、ロミオ将軍の軍をすぐに崩せる算段はありませんでした。それにやはりこちらは将軍が交代したという影響もあって、指揮系統には若干の混乱が否めず……。カイルハザ将軍の性格から考えて挟撃を行うならとっくに交戦を始めているはずでしたので、第三軍に不測の事態が起こったことはすぐにわかりました。そして戦場に突如出現した巨大竜巻を見た瞬間、敗北を悟りました。解放軍を率いているのはレメナイリア将軍ということでしたので、兵の命を不必要に取るようなことはしないだろうと、降伏を決断しました」


 冷静な分析と大胆な判断力。

 だが降伏を決めたのはおそらく彼女の心のやさしさが大きかったのだろう。

 突然なめらかに言葉を並べたミリエを、俺とイリアはぽかんと口を開けて見ているしかなかった。


「それで……えっと。クリストファーさん、第三軍にはいったいどんな対処をしたのでしょうか?」


 俺はミリエに森での出来事を語った。


「そうですか……人質を。カイルハザ将軍の考えそうなことです。しかし閉じ込めてきたのはまずいですね。まだ三軍の兵はほとんど無事なのではないですか?」


 ミリエの瞳に強い光が宿った。


「ああ、たぶんそうだな。追撃されて夜襲をかけられたりするかな?」


 大魔法で地震を引き起こしはしたが、兵が全滅するようなものではなかったと思う。

 彼らのほとんどが無事だとしたら、俺が作り出した土壁を攻略できれば進軍してくる可能性もゼロではなかった。


「違います。彼らは今救助が必要な状況ということです。慣れない森の中で大災害に見舞われて混乱したままに閉じ込められたのですよ。食料はまだもつはずですが……。お願いします。第三軍の残った兵たちのために、救助の部隊を組織してください。クリストファーさんは言いましたよね? 王位返還後に国を守る盾となれと。それならば第三軍の兵たちも捨て置いていい命ではないはずです。もちろん、捕虜の身でありながら差し出がましい訴えだとわかっています。代わりに私の命なら――いいえ、私の全てを捧げます。だから、だからお願いします! 三軍の兵士たちを助けてください!」


 ああ、わかった。

 たしかにこの少女は将軍だ。

 五万の兵士を統率できたはずだ。

 おどおどした様子はなりを潜めて、語る口調には力強い意思が感じられた。

 そしてイリアを飛び越して俺に訴えかけている。

 俺とイリアのどちらが意思決定の主導権を握っているのか、もう見抜いているのだ。

 さらに、捕虜となった身にも関わらず救助の部隊を作れと言ってくる。

 たいした少女だった。


「わかった。すぐに用意させよう。イリア」

「ああ」


 イリアもうなずいた。

 ミリエは深く一礼した後、祈るように胸の前で手を捧げ組んだ。


「ありがとうございます。私、ミリエ・アルキュールはこの身、心……魂の全てをあなたに捧げることを誓います」


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