捕虜救出 哀れカイルハザ
「クリスさん!!」「ああ、なんてことだ……」「そんな……」
木を組んで作られた牢には、ウェルニーリの仲間たち七名が捕らえられていた。
猿轡を噛まされ腕を縛られた俺が牢へ入れられるなり、口々に悲嘆の声が聞こえてきた。
彼らは猿轡を噛まされていなかったが、やはり両腕を縛られていた。
ウェルニーリの仲間たちはシャーバンスでは二十名ほどいたのだが、他の人たちはどうしたのだろうか。
カイルハザに捕らわれた全員がここにいることを願った。
牢の周りには見張りの人員が四名ほどいた。魔法を使うそぶりを見せれば即座に貫けるようにか、全員長槍を携えている。
とはいえ俺の魔術は脳内詠唱。その兆候を目視することはできない。
まずはもしも異変に気付かれて攻撃されたときのために、障壁符を使うのと同じ魔法を発動させる。
とっさに発動させれば間に合う術符と違って、詠唱に時間のかかる脳内魔術を使う場合は、こうしてあらかじめ下準備をしておいたほうが安全だった。
不可視の壁が仲間の全員を囲んだのを確認して、今度は見張りの注意を惹くよう、魔術の焦点を絞った。
発動した魔法が少し離れた木の後ろから煙を発生させる。
「けっ、煙だ! まずいぞ!」
「火か!? 消せ! 消せぇ!!」
顔色を変えて慌てだす兵士たち。
森で火の手が上がれば大惨事に繋がりかねない。
その隙を突いて、今度は俺の体を縛っているロープを焼き切る。
火が肌を焼いてしまうが、そんな痛みには構っていられない。
やけどをした腕を強引に振って、焼けたロープを引きちぎる。
自由になった手で猿轡を外す。
ここで俺の異変に気付いた兵士が槍を突き入れるが、不可視の壁に阻まれる。
「ひぃぃっ!?」
目と鼻の先まで迫った槍の穂先を見て、仲間の一人が恐怖の悲鳴を上げた。
「落ち着け、俺の魔法で守られている。効果範囲から出るな。全員集まれ」
言いながら俺は他の仲間たちを縛るロープを焼き切っていく。
熱がる者もいたが我慢してもらうしかない。
俺は体をくっつけるようにして集まった仲間たちに訊いた。
「他に捕らえられている人はいるか? たしか仲間は二十人くらいいたはずだ」
「いえ、ここにいる者で全員です。家族がいる者は山越えには参加させず、残してきました」
ウェルニーリが答えた。
「なるほど」
ならばもう遠慮をする必要はないな。
「今から大魔術を唱える。何が起こっても慌るな」
俺は仲間たちを見回して言った。
男たちはそろってうなずく。
「わ、わかった」
俺は目を閉じて詠唱に集中した。
俺めがけて再び突き入れられる槍。不可視の壁に阻まれて弾かれるが、目に見えない障壁なので破るのが無理なことを理解できないのだ。
この敵兵がやっている行為は、竹やりで鉄のプレートを貫こうと必死になっているに等しい。
「くそっ! 誰か! 応援を!!」
見張りの兵の一人が叫んで、その呼びかけに反応して別の一人が走って行った。
一分ほどの詠唱の後、大理石の女神像のようなものが出現する。
「わわっ」
驚く仲間たち。
出現したのは詠唱補助精霊。
大魔法の準備には欠かせない補助装置だ。
しかし……一体出すのにこれだけ時間がかかると、やはり術符は必要だと思い知らされる。敵の応援が間に合う前に魔法を発動させたい。
精密な制御を必要とする魔法は使えないな。
となると……あれだ。
俺は地面に手を突いた。
「一体なにを……」
「見ていろ……よし!」
地面が揺れ始める。
揺れはすぐに大きくなり、大地震となった。
「うわあああああああ!」
慌てるなと言っておいたのに動揺を隠せない仲間たち。
まあ地震のほとんどない大陸だから仕方がないが。
俺も地面に両手を突いて四つん這いのような格好になってしまう。
そうするしかないほどの大揺れなのだ。
狙いも制御もあったものではない。単純な暴力のような魔法。
だからこそ術符なしになんとか使うことができた大魔法だ。
地震の有効範囲は俺を中心に森の外くらいまで届く。
「ひいいいいいいい!!」「ああああああっ!!!」
見張りの敵兵たちも狂乱してわめくしかない。
バキバキと木が裂けるような音まで響く。
遠くのほうで轟音。倒れた木もあったのかもしれない。
やがて揺れが収まると、辺りは静寂に包まれた。
「あ……あ……」
仲間たちですら驚愕に震えていた。
「しっかりしろ。立てるか?」
「あ、ああ……」
衝撃魔法で牢の木組みを吹き飛ばし、外へ出る。
敵の兵士たちは一人は気絶し、一人は腰を抜かして立てないでいた。さらに別の一人はそばに積んであった木箱を腹に乗せて、潰されるように倒れていた。
俺は気絶している兵士の腰から短剣を拝借する。
そこへ、自失から立ち直った兵の一人が槍を突き入れてきた。
が、隙が大きい。
動揺したままでのがむしゃらな攻撃など避けるのはたやすい。
俺は槍を掴んで距離を詰めて、その首筋を短剣で斬りつけた。
血しぶきを上げて倒れる兵士。
「みんなも武器を取れ! 混乱に乗じてカイルハザをやる!」
見れば周りの木々は倒れこそしていないものの、根っこがむき出しになって傾いているものもあった。
地震の揺れでこうまでなるのは震度にするとどれほどになるのか、俺自身わからなかった。しかし確実なのは、軍のテントはすべて倒壊しているはずということだ。
俺は仲間たちがついてきているのを確認しながら、カイルハザのテントがあった場所を目指して走った。
そのテントはやはり倒壊してぺしゃんこに潰れていた。
俺たちが走ってきたときには、カイルハザはテントから這い出そうとしていたところだった。
「おっ、お前らっ!!」
潰れたテントから半身を出した無様な格好で叫ぶカイルハザ。
その叫びに気付いた兵の一人が剣を構えて俺の前に立ちはだかる。
詠唱開始。
振り下ろされる一撃。
俺はそのするどい剣撃を、紙一重の見切りで避ける。
リズミナとの訓練を思い出す。
兵士が振り抜いた剣を戻すより速く、俺は距離を詰める。
その首筋を一閃。兵士は断末魔を上げることすらできずに地面に倒れた。
魔法発動。
放たれた火球が、横から襲い掛かろうとしていた別の兵士を火だるまにする。
ただの火球魔法で約二秒の詠唱か。
わかってはいてもやりずらい。早く術符を取り戻さなければ。
「ぎゃあああああああっ!!」
炎に巻かれて絶叫する兵士を無視して素早く視線を走らせる。
カイルハザがテントから抜け出して逃げようとしていた。
その背中に向けて衝撃魔法を放つ。
「ぐへぇあ!!」
おかしな声を上げて吹っ飛ぶカイルハザ。
一息に駆けて、倒れたその背中を踏みつけた。
「ぐはぁぁっ!!」
「よう、カイルハザ」
「き、貴様ぁっ!!」
背中を踏みつけられたまま、首だけを動かして俺を見上げるカイルハザ。
「俺の術符はどこだ?」
「お、教えれば助けてくれるか?」
「ああ。お前の言う通りにしよう」
カイルハザは脂汗を浮かべた顔に卑屈な笑みを浮かべた。
「ま、まだテントの中だ。お前の服に収まったままだ」
「よし」
俺は血に濡れた短剣を見せつけた。
「え?」
カイルハザは目を見開いた。
「言っただろ。言う通りにすると。約束を守るのはマヌケ、そうだったな?」
「ち、違う! 約束を守るのはいいことだ。マヌケはいつだって約束を破るやつだ! そうだろう?」
「じゃあやっぱりお前のことだ」
「あ――」
それが最後の一言。
カイルハザは物言わぬ塊になった。
振り返るとウェルニーリと仲間たちも剣を手に兵士を数人倒していた。
さすがに少人数で山を越えてきただけある。並の男たちではない。
俺は倒壊したテントを切り裂いて、術符の入った自分のジャケットを見つけ出した。
袖を通しながら言う。
「みんな! カイルハザは死んだ! 長居は無用だ! さっさと帰るぞ!」
「おおおおーーー!」
仲間たちから雄々しい声が上がった。




