引き返せぬ道
てっきり俺はロミオが反乱の首謀者だと思っていたのだが、違うというのか。
「そうだ。私にはロミオが、自身の意思で反旗を翻したとは思えないのだ。いくら国が腐敗しているからといって、自ら祖国へ刃を向けるような男ではないはずだ」
「ふむ、それなら一度、直接会って話をする必要があるだろうな」
「だが、ロミオと接触してしまえば、国は確実に私が裏切ったと判断するだろう。そうなってしまったら、もう後戻りはできない」
重大すぎる決断になることは、俺にもわかる。
もし戦いが絶望的なものとなれば、命を落とすのはイリアだけではない。この第五軍二千の兵も同じ運命を辿ることになる。
「外の野営地を見せてもらったぞ。レクレア村のときよりは人数が多いが、さすがにイリシュアールの第五軍と言うには数が少ないんじゃないか?」
イリアは自嘲するように笑った。
「わかるか。やはり私は王に信用されていないようだな。この我ら第五軍が駐屯するアールドグレインも、見張るように配置された第二軍が常ににらみを利かせているんだ」
「その第二軍というのは?」
「カイルハザの息子――ケスタニーが将軍をやっている」
なんてこった。
呆れて言葉も出ない。
腐っている腐っているとは思っていたが、そこまでだったとは。
「ケスタニーはロミオが拠点を構えるシュビーラゼの町と、このアールドグレインとを三角形で結ぶ頂点の位置に、約二万の軍勢で陣を構えている」
二万。
十倍の戦力差。
もしケスタニーの軍と一戦交えることとなれば、まともに戦ってはあっという間に蹂躙されるしかないだろう。
部屋のドアが激しくノックされた。
ついで聞こえてきたのは慌ただしい呼び声。
「レメナイリア様!! 大変です!」
入ってきた兵士が手にしていたのはチラシ大の紙。
それには新聞のような記事が書かれていた。
でかでかと見出しに踊るのはこんな文章。
『故マーサウェンス王子のご息女、フェリシアーナ王女現る』
ああ。
ついにか。
おそらくこのビラはキリアヒーストルで用意されたものに違いない。
それをばらまいて回ったのは反政府勢力の構成員たちか。
記事ではマーサウェンス王子が謀殺される直前に、すでに王位の継承が行われていた件にも触れられている。
つまりアンナの王女としての正当性――第一王位継承権を持つ本物の王女であることを説明しているのだ。
ご丁寧に似顔絵まで描かれ、俺――魔術師クリストファーと行動を共にしているところまでしっかりと書かれている。
「これは……」
イリアは驚きに目を見開いて記事と俺たちとを見比べる。
「書いてある……通りだ」
苦々しくも、認めるしかない。
こうなっては言い逃れることはできないだろう。
「なんということだ……なんという……」
茫然と繰り返すイリア。
額に手を当てて震えている。
顔にはうっすら汗まで浮かんでいた。
「大丈夫、イリアお姉ちゃん?」
あまりにも激しい狼狽っぷり。
さすがに心配になったのか、アンナがそんな声をかけた。
俺にはイリアの動揺の理由がわかる。
「これでイリアは、明確に現国王側と敵対することになってしまったということだ。俺とアンナがここにいる時点でな」
「あっ!」
アンナも気付いたようだ。
反政府勢力の人間が接触してこなかったのも、この一手を打つためだったということか。
俺たちとラグゼーがここへ来ることに、気付いていなかったわけがないのだ。
まあ俺とアンナを今すぐ縛り上げて、国に引き渡すという選択肢もないわけではないが。イリアがそんなことをするはずがない。
「この町にもケスタニーの手の者はいるはずだ。ビラはほどなくして敵の手にも渡るだろう。当然、俺とアンナの存在も知られることになる。そうなる前に行動を起こす必要がある。イリア――」
敵という言葉をはっきりと使ったのは、もう後戻りできないと宣言する意味もあった。
イリアは気持ちを落ち着かせるように二、三度首を振ってから俺を見た。
「ああ。すまない。少し取り乱した。一つだけいいか、クリス?」
「なんだ?」
「このビラはお前が?」
「いいや。信じてもらえるかはわからないけどな」
タイミングが良すぎるのだ。
おそらくは俺たちの動向を監視していて、タイミングを計って撒かれたのかもしれない。
イリアは一瞬目を閉じた。
「すまない、忘れてくれ。それでクリス……なにか策はあるか?」
「町に潜伏しているケスタニーの手の者が本隊へ早馬でビラを届けたとして、どのくらいの時間がかかる?」
「おそらく半日くらいだろう」
「ビラが届いてから向こうが軍を動かす即断をしても、大軍での移動にはさらに時間がかかる。最低でも明日までは猶予はあるだろう。なら間に合う。まずは人を貸してくれ」
こうなった以上流血は見たくないなどとは言っていられない。
符術士としての力を最大限駆使して迎え撃つしかなかった。




