ある穏やかな日 おやつは干しパラ
「半分くらい、減ったか?」
「うーん……」
店に貼られていた貼り紙を剥した束を手に持って、俺とアンナは町を歩く。
あれから毎日町中を駆け回って溜まった仕事をやっつけているのだが、なかなか減らない。
店に戻れば客が列を作っていることもあるので、シャレになってない。
「ええと次は……ロンデルじいさんか。肩こり用の振動符ね」
魔力が切れるまでただ触れたものを震わせるだけの符だが、肩に押し付けると気持ちいいらしい。
俺は肩こりとは縁が無いから分からないけど。
ちらとアンナを見る。
もし俺の肩がこったらアンナに肩たたきをしてもらって……なんてな。
「おっと、ここだ」
一軒家が立ち並ぶ閑静な住宅地の一画。
そのうちの一軒のドアのノッカーを鳴らした。
「おお、クリスか。いつも助かるよ」
この人の良さそうな白髪丸顔のおじいさんがロンデルさんだ。
若い頃は国の正規軍にいたとかで、今の優しそうな雰囲気からはちょっと想像できない。
「はい、こちらご注文の符です」
振動符五枚を渡して、代金を受け取る。
「ありがとう。……おや、こちらのお嬢さんは?」
「アンナです! クリスの助手です! よろしくお願いします!」
にっこり笑顔で挨拶をするアンナ。
お客さん相手に何度も挨拶をしているせいか、すっかり堂に入っている。
ロンデルさんはそれを見て破顔した。
「おお、おお。これはご丁寧にどうも。わしはロンデルだ。よろしくの、アンナちゃん」
そういってまるで壊れ物を扱うように両の手でアンナと握手をするロンデルさん。
「そうだ、ちょいと待っとくれ」
そう言って家の中に引っ込んだかと思ったら何やら手に持って戻ってきた。
しわしわに乾いた何かの実。果物か?
「干しパラじゃ。うまいぞ」
ピンポン玉くらいの、しぼんで小さくなった橙色の実。
干し柿かなと思ってかじってみる。
なんだこれ!?
噛んでちぎった断面は光って透明感のある茶色。そして口に広がるのは濃厚な甘み。
すごい! 果物ってただ干しただけでここまで甘くなるものなのか!?
干し柿なんかとはレベルが違う。これはまるでアメだ。
キャラメルを食べているみたいだ。
「んんんんーーーーーーー!! あまあまぁぁーーーー!!」
アンナは一瞬で幸せ顔。
「ほっほっほ。今年のは特に傑作でな。パラの木は五年に一度しか実を付けん。お前さんたち、運がよかったの」
「そんな貴重な物、いいんですか?」
「これは妻の好物だった物でな。妻に先立たれてからは他に食べる者もおらん。庭のパラが実を付けると、分かっててもつい作っちまうんだな。長年の習慣ってやつだ」
「ありがとうございます! 本当においしいです」
アンナは干しパラをロンデルさんが持ってきただけ全部で五個、受け取った。
「おじいちゃんありがとーーー!」
丁重にお礼を言ってロンデルさん宅を後にする時、アンナはジャンプして生垣からぴょこぴょこ顔を出しながら手を振っていた。
歩きながら注文書の紙束に目を落す。
「この辺の家の注文は他にはええと……よし、見当たらないな。あとは……東区。ああ、職人街の方もか。とりあえずいったん家に帰るか」
アンナはもらった干しパラをパクついてにこにこしている。
この調子だとあっという間になくなるに違いない。
と、思っていたら何やら難しい顔を始めた。
「んんんんー……」
どうしたんだ?
苦いのにでも当たったか?
アンナはぎゅっと目を閉じて、干しパラを一個俺に突き付けた。
「クリスにあげるっ!」
全部食べていいんだぞ、とはとても言えない。
なぜならアンナの様子を見ればそれがどれだけ苦渋の決断だったかが容易に想像がつくからだ。
その気持ちは、しっかりと受け取ってやらなければなるまい。
「ありがと、アンナ」
「えへへー」
代わりに俺はアンナの頭を優しくなでてやった。
「わー大きな木ー」
「ん?」
見れば、道わきの草原に一本の大木が立っていた。
イリシュアールの街道を歩いてた時に休憩した木を思い出す。
「あの時の木みたーい。ねーねークリス、ここでお昼寝していこうよ!」
アンナも同じことを思っていたらしい。
いやでもまだ仕事はいっぱいあるし……。
手の中の紙束をバサバサ鳴らして考える。
うーん。
仕事……。
休憩……。
「休憩するか」
「わーーーい!!」
木の根元に座り込むと、やっぱりアンナは俺の足の間に入ってくる。
見上げれば、重なる木の葉の間から木漏れ日が差し込んで、キラキラと輝いている。
木の枝に止まっていた白い鳥が飛び立って、町の中心部へと羽ばたいていく。
途中もう一羽の同じ鳥が合流して、お互いにくるくると位置を変えながら飛んで行った。
アンナはさっそくすーすーと寝息を立てている。
ああ、俺もなんだか眠くなってきた。
ここ数日は特に忙しかったからな。
たまにはこんなゆったりとした時間を楽しむのもいいだろう。
もしかしたらアンナは俺の体を気遣って、休憩を提案してくれたのかもしれないな。
おやすみ、アンナ。