事件
「ねークリスー。最近リズミンの様子、おかしくない?」
さらに数日が経ったある日の昼。俺とアンナとエリの三人は、バザンドラの飯屋でピーファーンを食べているところだった。
ピーファーンは米系の炒め料理で、チャーハンに近い。
それとポルポの焼き肉。
ポルポは豚に似た動物で家畜化されている、キリアヒーストルでは一般的な食材だ。
ピーファーンだけならカエンの店でもよかったが、今日は肉が食べたかったので別の店だ。
下町の大衆食堂といった雰囲気の店である。
アンナの投げかけた問いはまさに俺が最近思っていたことだった。
「お前もそう思うか。たしかになんか妙なんだよな」
「リズミナちゃん? あの子がどうしたの? ……あ、このお肉おいしい!」
焼肉というよりステーキに近い厚さの肉を食べて笑顔のエリ。
「なんだか余裕がないというか……必死な感じがするな。なにかあったのかな」
「クリス、どうするの?」
「どうするのって……俺としてはアンナに聞いてもらいたかったんだけどな。女の子同士なら話せる悩みかもしれないし」
言いながら俺もたっぷりとタレがかかったポルポにかぶりつく。甘辛いタレと肉の脂が最高のコンビネーションで舌を楽しませる。
正直なところ、リズミナが悩んでいるのなら力になってあげたい。
あいつは真面目だから仕事のこととかで結構苦労しているのかもしれない。
まさか俺たちが原因……とは思いたくないが。
リズミナにとっては、俺たちといっしょにいることも仕事らしい。だからあながち無関係とも言い切れなかったけど。
「えー、クリスが聞くべきだよ。だってリズミンと一番仲がいいの、クリスでしょ? 最近はいっつも二人で遊んでるし」
「いや、あれは遊んでるんじゃなくてだな……ええと……修行。そう、修行だ」
「しゅぎょー?」
「そうだ。だから別に楽しいことでもないし、遊んでいたわけじゃない」
「ふーん?」
ジト目のアンナ。疑っているようだ。
ごめん、楽しくないというのは嘘だ。リズミナとの模擬戦にはちょっとした充実感を感じていた。
俺は残ったピーファーンを掻き込み、コップの水をぐいっと飲んだ。
「わかったよ。じゃあ俺がなんとかする」
「よかった」
「わはっ! さすがー」
アンナとエリの二人は顔を見合わせて言う。
まあ頼られるのは悪い気はしない。
昼飯を食べ終えて俺たちは自宅へ戻り、俺は二階の寝室でリズミナを呼び出した。
「おーいリズミナー」
天井に向かって言う。
こうすればいつもすぐに降りて……こない?
どうやら留守らしい。
おかしいな、俺の警護が仕事と言っているくらいいつも必ず近くにいたのだが。
結局その日はリズミナが姿を見せることはなかった。
事件は次の日に起こった。
朝早くに物音がして玄関に出てみると、いつもの砂色ローブ姿のリズミナが扉の前に倒れていたのだ。
「リズミナっ!!」
抱え起こしたリズミナは顔面蒼白で、かなりの疲弊が見られる。
その顔、口元には青あざが浮かんでいた。口の端からは血が垂れている。
「す、すまない……すべて私の責任だ……逃げ……あぐっ!」
抱きかかえる位置を直そうと体を揺すったときだった。
痛みに顔を歪めるリズミナ。
まさか。
「脱がすぞ」
「や、やめ……」
ローブを剥して服をまくり上げる。
リズミナの腹部の肌があらわになる。
やはりそこにも青あざや、赤いミミズ腫れがあった。
「誰だ?」
びくっと体を震わせるリズミナ。
相手が誰であろうとただでは済まさない。
感情を押し殺して言ったつもりだったが、怒りが声色に出てしまったのかもしれない。
「誰がお前にこんなことをしたんだ。……言え」
リズミナの目がそらされる。言いたくないという意味だ。
答えの代わりに別のことを言われた。
「はや……く、逃げろ……どこか遠くへ……はやく……」
目の下のくまがリズミナの消耗具合を物語っていた。
声に力はなく、かすれている。
そしてリズミナの体から力が抜ける。
意識を失っていた。




