笑顔の別れ
収穫作業を終えてくたくたになり、結局その日も村長宅に泊まった。
夜が明けてみんなで朝食を食べ、今度こそ俺たちは村を去ることにした。
村長一家は玄関先で見送ってくれた。
なにからなにまでよくしてくれて、本当にいい人たちだった。
「では、私たちはこれで」
「みなさん、もしよろしければ、ぜひまた遊びに来てくださいね」
村長は俺の手をがっしりと両手で握って離さない。
「もちろんですよ。それにしても本当に素敵な二日間でした。どんな高級な宿に泊まるより、ずっとくつろげました」
「ははは。それはよかった」
「はい、では――」
名残惜しそうな村長もやっと手を離してくれた。
アンナとエリは少し離れて苦笑いだ。自分が村長のこの長い握手攻めに遭ったら、とか考えているのだろうか。
「クリスさん」
「ん?」
アイラだ。
その顔に浮かぶのは晴れ晴れとした笑顔。
アイラはちょっとあごを引いて手を差し出した。
握手くらいならアンナだって怒るまい。そう思ってその手を取ろうとした瞬間だった。
「えっ――」
さっと俺の体を引き寄せて、頬にキス。
茫然とする俺をよそに、アイラはすっと体を離して笑った。
「あはははは! じゃあね、クリスさん!」
「お、おう……」
突然のことに思考が追い付かない。
ぼーっと歩いてエリたちのところまでいくと、アンナは意外にも苦笑い。
ぽん、と力の入ってない拳がお腹に当たる。
「しょうがないなぁ」
「はは……」
今度こそ歩き出した俺たちの背後から、アイラがまたしても大きな声。
「クリスさん! 大好きーーーー!!」
とっさに振り返った俺が見たアイラの笑顔には、一瞬目元に光るものがあった気がした。
そして大きく手を振ってくるアイラ。
俺たち三人も手を振り返した。
俺たちはバザンドラの自宅を目指して歩き出した。
「きっとあの子、クリスには笑顔の自分を覚えていてもらいたいって、そう思ってたんだよ」
道を歩きながらアンナはそんなことを言いだした。
「そうなのか?」
「きっとそう。クリスのこと、一番大好きなのあたしだもん。あたしだったらそう思うなー」
アイラが思わせぶりな態度を取っていたときは嫉妬した様子だったアンナなのに、今はなんのわだかまりもないような感じだった。
あんなに大っぴらな告白を叫ばれたりしたら、もっと妬かれるとも思っていたのだが。
女の子ってよくわからないな。
なんでもないことのように話すアンナが、なんだか少し大人びて見える。
エリはどう思うのだろう。ふとそんなことを考えてエリを見れば、そこにはきょとんとした顔があった。
「ん? なに?」
「いや、なんでもない」
「エリちゃんにはまだこういう話は早いかも」
ふふんと得意げな顔で言うアンナ。
背丈で言えばだいぶ年下に見えるアンナだが、まるっきりお姉さん風を吹かせている。
「えーーーー! なにそれーーーー!」
不満そうに言うエリ。
「だってエリちゃん、恋とかしたこと、あるの?」
「え……」
アンナのその一言。
エリはみるみる顔を赤くしていった。
「やっぱりー。まだ、みたいだね」
「うぅぅ……わ、私だって……私だって……」
あのさばさばした性格のエリが、頼りなさげにおどおどし始めた。言葉もはっきりと出てこない。
すっげー動揺してるな。
「わ、わわ私だって……いつかは素敵な恋とかしたいとは……ああっ! もう! なに言わせるの!」
正直エリの容姿とその凶悪極まる胸ならば、どんな男だってイチコロだと思うのだが。
「たとえば? どこかの騎士様? 王子様?」
にやにや笑って言うアンナ。
「た、たとえばって……」
「え……」
エリが俺を見る。目が合った。
「あ……」
戸惑ったような困ったような、その顔。
一瞬の沈黙。
「ああっ! お、おしまい! この話終りね!」
大慌てで話を切り上げるアンナ。
いや、まあ、俺も女の子が恋バナ? で盛り上がる中にいるというのは、かなり居心地悪かったからいいけど。
「そういやレリレリパイうまかったな。あれ、カエンの店で作ってくれないかな」
カエンというのは俺の古くからの知り合いで、自宅があるバザンドラの町でカフェの店員をしている女の子だ。
「それいい! 帰ったら聞いてみよ?」
レリレリはお土産にたっぷりもらってきたことだしな。
そんな感じで後は美味しい物の話で盛り上がるのだった。




