まさかの夜這われ 甘い誘惑
夜。
村に宿があればそこへ行こうかと思ったのだが、村長がぜひにと言うので村長宅に泊めてもらうことにした。
二階の、ベッドが二つの寝室にはアンナとエリが泊り、俺は一人個室だ。
部屋を分けてくれたのはおそらく気遣いだろうから、まさかアンナたちといっしょの部屋がいいですとは言えなかった。
「……」
俺は天井を見上げた。
たぶんいるよな?
「リズミナ」
ガタン。
天井板が外され、すっと降りてくるリズミナ。
相変わらずの忍者っぷりだ。
「何か用か?」
「ほら、これ」
俺はリズミナに七等分に切ったレリレリパイが二切れ乗った皿を差し出した。
「せめてパイだけでもお前に食べてもらおうと思ってもらってきたんだけど、他の料理もうまかったぞ。お前もいっしょに食べればよかったのに」
「私はできるだけ人目を忍んで行動するよう心掛けている」
「そうは言っても、たまには息抜きも必要なんじゃないか? 俺たちといるときくらいは楽しんでもいいと思うけど」
「クリスといるときは常に護衛の任務ということになっている」
「堅いなぁ」
バザンドラの自宅でのんびり過ごしてたときも、こいつだけ仕事のつもりだったってことか。
俺としてはリズミナはもう仲間の一人で、友達だと思ってるんだけどな。
「とにかく食えよ、な」
「……」
少しの間じっとパイを見て黙っていたリズミナだったが、結局皿を受け取ってくれた。
そして素早く飛び上がって天井裏へ消えてしまう。皿を持ったまま。……器用すぎるだろ。
そっけないなんてもんじゃないけど、まあお礼を強要するつもりはない。
俺は一人苦笑すると、ベッドに潜り込んだ。
そこへドアをノックする音。
「あの……クリスさん」
「ん?」
この声は……。
「アイラ? どうしたんだ、こんな遅くに」
「どうしても私、クリスさんとお話がしたくて」
なんだろう、一人でいるときに女の子を部屋に入れるというのは、ちょっと後ろめたい。
ちらと天井に目をやる。
ま、おそらくリズミナも見ているだろうし、やましいことがないのだから拒むこともないだろう。もしアンナたちの誤解を生むようなことがあれば、リズミナに証言してもらえばいい。
「どうぞ」
「失礼します」
静かに部屋に入ってくるアイラ。
弱めの発光符の薄ぼんやりとした光が照らすその表情は、どこか思いつめたような雰囲気があった。
「それで、なにか用かな?」
「夜分遅くに失礼だとは思ったんですけれど……私クリスさんにどうしても言っておきたいことがあるんです」
ずいぶんと必死な様子だ。
それに、話がしたい、言いたいことがあると前置きしながらもなかなかその中身を話そうとはしない。
それほどに言いにくいことなら、無理に促すより決心がつくまで待ってあげるべきだろう。
俺は黙ってアイラが話すのを待った。
アイラは胸の前で手を固く組んで、小さく震えている、
その目はまっすぐに俺を見つめていて、やっぱりなにか思い詰めているような感じだ。
「私……私……」
ベッドの上に体を起こしてただ待っている俺。
次の瞬間、アイラはがばっと俺の胸に飛び込んでくる。
「えっ!?」
「私、クリスさんのことが好きなんです! お慕いしています! 心から!」
な、なん……。
うすうすは気付いていたけれど、やっぱりこの娘は俺のことが……。
俺はアイラの肩を掴んだ。
そしてゆっくりとその体を離させる。
「ちょっと待ってくれ。いきなりのことで……どうしたらいいのか」
「私のこと、嫌いですか?」
「いや、好きとか嫌いとか以前に、まだ出会ったばかりだし……なんて言ったらいいか」
「私、クリスさんのことが好きです。助けたいただいたあの瞬間に、真っ暗だった世界に光が広がったんです。クリスさんはまばゆい光で私を包んでくださいました」
これはその……愛の告白、というやつだろう。
体が熱くなってきて、血が上のほうへ上ってくるような気がする。
ドキドキが否応なしに高まって、胸が苦しい。
しかし、アイラの告白に応えてしまったら俺は……。
ちらと天井を見る。
「あのな、アイラ……」
「抱いてください!!」
なんとか落ち着かせようとする俺の言葉を、アイラはするどく遮った。
「なっ――」
「私、わかってます。クリスさんが大事なのは連れのお二人のうちのどちらかなんですよね? 出会ったばかりの私なんかじゃかなわないですよね。でも、それならせめて……一夜の思い出を私にください。はしたない女でごめんなさい。でも、自分でもこの想いは止められないんです」
う……。
うう……。
俺は動くことができなかった。
まるで体が石にでもなってしまったみたいだった。
断るべきだ。
わかっていた。
だけど、誘惑はあまりにも甘くて……。
「お、俺は……」
アイラは俺に肩を掴まれたまま、体を身じろぎさせる。
しかし俺は手の力を緩めることはできなかった。
少しでも力を抜けば、彼女は俺に飛び込んでくるだろうことがわかっていたからだ。
どれくらいそうしていただろう。
やがてアイラの目からは大粒の涙がこぼれだす。
肩に触れる手から俺の心の中の気持ちが伝わってしまったかのよう。
「ごめん」
言った。
「あ、あああ……ああ……」
アイラはばっと俺の手を振りほどいて手で顔を覆うと、あっという間に部屋を出て行ってしまった。
俺は仰向けにベッドに体を落した。
「なんて夜だ……」
思わず腕で顔を隠し、深いため息を吐いた。




