招かれ夕ご飯
アイラの家は村でもかなり大きく、作りこそ塗装のされていない木材そのままの実用重視だが、立派なお屋敷だった。
聞けばアイラの父親は村長らしい。
「広いだけが取り柄のような家ですが……」
アイラは遠慮がちに言うものの、高級な家具や装飾を置かないのは逆に好感が持てる。
俺たちは長テーブルの置かれた広間へと案内された。
広くてもしっかりと掃除の行き届いた空間は居心地がよさそうだ。
「今言って料理を用意させていますので、しばらくお待ちください」
アイラの父親――村長に促されて席に座る。
俺はテーブルの上に手を置いた。
テーブルも上にテーブルクロスなどは敷かれず、木の地肌そのままだ。
「アイラが村長の娘だったとはなぁ」
「村長とは言っても、たいしたものではないですよ。問題ごとが起きたときの相談役みたいなもんです。まあ今回はうちの娘が一大事だったわけですが」
「なるほど。でも一大事というわりには、それほど村の方々は騒いでらっしゃらなかったようですが」
俺たちが村へやってきたときに見たのは、村の人々ののんびりとした日常風景だった。
農作業にいそしむ人、家畜に飼い葉を与える人、洗濯物を干す人、荷物を肩に担いで道を歩く人などだ。
村長は頭をかいた。
「お恥ずかしい話ですが、娘がいなくなったことにまだ気づいておりませんでしたので。帰ってくるのが遅いとは思っていたのですが……。これもクリスさんが娘を助けてくれたことが早かったおかげです。本当にありがとうございました」
「いいですよそんな。何度も頭を下げていただかなくても」
「いえ、本当にうれしかったです。私、あいつらに誘拐されて、監禁されて、本当にもう終わりだと思ったんです。もう死ぬしか――いいえ、死ぬより恐ろしい目に遭うのだと泣くしかありませんでした」
アイラは熱っぽい目で俺をまっすぐに見つめている。
「あ、ああ。それは……大変だった……ね」
なんだろう、アンナの視線が痛い。
アイラが俺のとなりの席なのもまずいよなー。
俺の左にはアンナ。右にはアイラがそれぞれ座っている。エリは俺の向かい側だ。
「えっ!?」
がしっと俺の手を握ってくるアイラ。
うるんだその目からは涙がこぼれ始める。
「本当に私……なんて言ったらいいか……クリスさん」
正面のエリを見ると、微妙な顔で指を指していた。
その方向にはアンナが……。
「むー」
口をへの字にして不機嫌をアピールするアンナ。
俺はアイラの手をさりげなく振りほどいて言った。
「いやー楽しみだなー。最近はずっと山旅でろくなものを食べてなかったからなー。料理早く来ないかなー」
「アカビタルでおいしい料理食べたばっかりじゃない」
アンナのツッコミが早い。
エリ! 助けてくれ!
視線に込めた訴えは無視された。エリのやつ、あからさまに目をそらしてやがる。
俺は料理が用意されるまでの間、針の突き出た床に座っているような緊張感にさらされるのだった。
「なにぶん急なことですので、こんなものしか用意できず申し訳ありません」
村長はそう切り出したものの、テーブルの上に用意された料理はどれもおいしそうだった。
深い赤茶色のシチューに、白身魚のソテー。野菜たっぷりのスープ。そしてテーブルの中央に置かれた大皿には大きなパイだ。
パイはおそらく件のレリレリのパイだろう。
この村は果樹園があるという話だから、たぶん果物だ。アップルパイのようなものだろうか? 見た目からそんな想像をする。
「どうぞ、クリスさん」
にっこり微笑むアイラに促されて、さっそくシチューを一口。
うまい!
じっくり煮込まなければこの味は出せない。
一口サイズのお肉なんか口の中でホロホロに溶けるくらいにやわらかくなるまで煮込まれている。
急に用意した料理のわりにはずいぶんと手間のかかるもののようだが……。
そう思って俺の対面、エリの横に座った村長を見れば、すぐに教えてくれた。
「実はですね。このシチューは家族の夕飯用に仕込んでいたものなんですよ。いやあ量がたっぷりあってよかった。作りすぎてはご近所におすそ分け、なんてこともよくしてるんです」
「そうでしたか」
言いながらもスプーンが止まらない。濃厚でおいしい家庭の味。
アンナもすっかり笑顔になってスプーンを動かしていた。
「はぁぁぁーーーーーん。おいしいぃぃーーーー!!」
「ははは、お気に召していただけたようでよかった」
そう言って笑う村長。
「私も作ったかいがありましたよ。このシチューは娘の大好物でね。羊のお肉を使っているんですよ」
村長のとなりに座る奥さんもにこにこしていた。
次は魚だ。
きれいな焼き上がりで、油で若干の照りが差している。添えられた紫色の葉は香草だろう。薄緑のソースがかけられている。
やわらかい。スプーンで簡単に身がほぐせた。
骨も残らず取り除かれている。
かけられたソースと絡めてスプーンですくう。
おお。
こりゃうまい。
しっとりとした身は脂が乗っていて実にうまい。香草の香りも爽やかでよく合っている。ソースの緑色はなにかの野菜をペーストにしたものか。
キリアヒーストルに海はないからおそらく川魚だろう。川魚でこれだけの脂の乗りはすごい。それでいて臭みがないのだから驚きだ。
「近くにイリリスィ湖という湖がありましてね。そこで獲れるバラユイという魚なんですよ」
「うーーーーん、このお魚ほろほろでおいしいーーーーー! いくらでも食べられちゃう!」
エリが幸せそうな笑顔で言った。
俺もその意見に同意だ。
で、次はスープだ。
琥珀色の透き通ったスープに、色々な野菜が入っている。
野菜が大きいので鍋とかおでんに近いかもな。
しっかりとしたこの味は……なんだろう、なにか動物の骨で取った出汁なのかもしれないな。その辺はわからないけど、とにかくコクがあっておいしい。
野菜もトロトロに煮込まれている。
角砂糖大の大きさの、カブのような透き通った野菜。スープが隅々まで染み通っている。
ほうれん草のような見た目の緑の葉野菜も、やさしい歯ごたえ。
そしてこの香りは……ああ、キノコだ。
薄切りにされて半月形のキノコが、独特の香りを添えていた。
どの料理も本当に美味い。
「あの……」
夢中で食べていた俺は控え目な声に気付いてアイラを見た。
「よかったら、食べますか?」
そっとこちらに寄せられたのは、ほんの少ししか手が付けられていない魚の皿。
俺の皿の中身がすでにきれいになくなっていたことに気付いたらしい。
「えっ! いいの!?」
「はい……」
「やった! ありがとう!」
わはーっ!
心の中で思わずエリみたいな声を上げてしまう。
だってこの魚本当に美味い。
さっそくパクパクと食べる俺。
俺が魚を食べている様子を、アイラがずっと見ていることに気付いていた。
「どうした?」
「あ、いえ……クリスさんがあまりにおいしそうに食べているもので……なんだかこっちまでお腹がいっぱいになってしまいました」
「そか」
うれしそうに笑うアイラを見ると、俺のほうも楽しい気分になってくる。
俺が料理をすべて平らげる頃には、アンナとエリもきれいに食べ終えていた。
そして完璧なタイミングで腰を上げた村長の奥さんが、大きなレリレリパイにナイフを入れた。
取り分けられた俺の分のパイを見てみる。
断面には半透明の薄桃色の果肉が見える。これがレリレリの果実だろう。
スプーンを入れるとすっと沈み込む。
一口食べてその甘さに驚く。
食感はしっとりジューシーで、アップルパイとは少し違う感じだ。
焼きたてのパイ生地はサクサクで、この感じがたまらなく好きだ。
「あっまぁぁぁーーーーーーい!! あまあまでおいしいよぉぉーーーー!!」
「はぁぁぁぁーーーーーー!! すっごいおいしぃぃーーー!!」
二人して感極まったような声を上げるアンナとエリ。
すごいだらしない笑顔で目をうるうるさせている。
「ふふ」
アイラも楽しそうな笑顔。
やっぱり甘い物は女の子を幸せにするらしい。
少し早めの夕食はこうして笑顔のまま進んだ。




