甘いお菓子の誘惑
少女の名前はアイラと言うらしい。
森で山菜採りをしていたところを盗賊に見つかり、連れて行かれたというのだ。
なぜそんな人気のない場所で一人で山菜採りなんか? と思ったのだが、彼女の話ではすぐ近くに自分の村があるということだった。
村の外には先祖代々地道に作ってきた果樹園が広がっており、その果樹園から少し奥へと森に入れば、いい山菜が採れるのだという。
そのキアルペの村へと俺たちは案内され、アイラが事の次第を村人たちに話した。
俺たちは盛大な歓待を受けることとなった。
「あなた方は娘の命の恩人です。本当にありがとうございました!!」
ここは村の中央広場。
涙ながらに笑顔で握手を求めてくるのは、アイラの父親。
頭が禿げあがった中年の男性だ。
「ああ、いえ……どうも」
俺の手を両手でがっしりと握って、ぶんぶんと振ってくる。
い、痛い……。
周りには村の人々。騒ぎを聞きつけてぞろぞろと集まって来ていた。
中には農作業の手を休めてやってきた人もいる。首にてぬぐいをかけて麦わら帽子を被ったおばさんたちがそうだ。
「へぇー、そいつはすげぇなぁ。あんちゃん若いのに強いんだな」
別の三十代くらいの男性。
「いや、たいしたことでは……」
「がっはは。謙遜すんなって。どうだ、うちで一杯やってくかい?」
それにはアイラの父親が割って入った。
「いやいやいや! それならぜひうちで! 娘を助けていただいたのになんのお礼もできなかったとあっては、一族末代までの恥ですから」
アイラのほうをちらと見れば、すぐに目が合う。最初からずっと俺を見ていたようだ。彼女はぽっと頬を染めて微笑む。
「私も……あの、クリス様にぜひ家に寄って欲しいと思っています。どうか……」
「クリス様なんて仰々しい。俺はただの商売人で……クリスって呼んでいいよ」
「はい、では……クリス……さん」
そう言って両手で顔を覆ってしまうアイラ。なんという乙女な反応だろう。
俺にだってアイラの態度の意味するところはわかる。
「で、お前らはどう思う?」
「……」
むすっとして黙っているアンナ。
「いいんじゃない?」
頭の後ろで手を組んで、さらっとした笑顔のエリ。
リズミナは目立ちたくないのか村に入る直前に姿を消していた。
「アンナ……?」
「クリスの好きにすれば?」
そっぽを向いてしまっている。
完全にご機嫌斜めだ。
あからさまに俺に好意を寄せているらしいアイラの態度が気に入らなかった、と思うのは自信過剰だろうか?
村の人たちがここまで感謝してくれているのなら、もてなしを受けるところまでが礼儀のような気もするが、アンナが嫌だと思っているのなら答えは決まっていた。
「せっかくですが、急ぎますので」
周囲の村人たちから残念がる声が上がる。
アイラの父親は大げさに天を仰いだ。
「そんな!」
悲しそうなアイラの顔を見るとちくりと胸が痛んだが、仕方ない。
村人たちに丁寧に頭を下げて、俺たちは来た道を戻ろうとする。
「なんてこった! せっかくこの村自慢のレリレリパイを食べてもらおうと思ったのに」
アンナの足がピタリと止まる。
「ああ。レリレリは焼くとものすごく甘くて、王都でも人気なくらいなんだよ」
ここの村人たちはあなどれない。
俺が辞退を申し出た理由を察したのかどうかはわからないが、アンナを落すために的確な話を投げかけてくるのだから。
村人たちの話声はわざとらしくて、どう聞いたってアンナに聞かせるように大声で言っているのだ。
「この村じゃ山ほど採れるんだが、パイだけは子供には食わせちゃならんってしきたりがあるんだよ。なにせ一度食べてしまったら最後。泣いて駄々をこねてねだられ続けて、親のほうが参っちまうんだ。ああ、食べてもらいたかったなぁ」
アンナは足を止めたままピクリとも動かない。
その頭の中ではどんな綱引きが行われているのだろうか。覗けるものなら覗いてみたかった。
「うぅぅ……」
見ればエリがだらーっとよだれを垂らしていた。
「エリ、大丈夫か?」
「えっ!? ううん、べ、別にうわー食べたいなーとか思ってないよ? 甘いパイ食べたーいとかそんな……うううぅぅ」
そういやエリもアンナくらい食い意地張ってたっけ。
エリとはまだ短い付き合いだが、食事中アンナが二人いるような錯覚を覚えたことは一度や二度ではなかった。
そしてアンナのほうは……。
「しょ、しょうがないなー。エリちゃんがそんなに食べたいって言うのなら……あたしも付き合ってあげる」
お前はツンデレか。
俺たちは結局、アイラたちのもてなしを受けることにしたのだった。




