秒殺2
「ひぃぃぃいいいい。ば、化け物」
巨漢の男は無様に尻もちをついて床に倒れている。
へし折られた右腕を痛そうに押さえていた。
うーん、俺もだいぶ手加減が慣れてきたな。
風刃符を使っていたら腕を折るどころか斬り飛ばすことになっていただろう。衝撃符をコンパクトに飛ばす方法を思いついてよかった。
「ゆ、許してくれ! 頼む!」
ガタガタと震えながら手のひらをこちらに向けて懇願する巨漢。
「今日ここへ連れてこられた女性がいるはずだ。どこだ?」
巨漢の目に希望の光が灯る。どうやら交渉の余地があると思ったらしい。
「へ、へへ……それなら二つ向こうの小屋だ。あんまり泣き喚くもんだからよ、おとなしくなるまで閉じ込めておくつもりだったんだ。ち、誓ってなにもしてねえ! 本当だ」
それが本当なら運よく間に合ったということだ。
俺は内心胸を撫で下ろした。
巨漢は卑屈な笑みを浮かべて言った。
「娘は好きにしていい。だから俺のことは……見逃してくれ」
「そうだなぁ……」
俺は考え込むふりをした。
巨漢の喉がごくりと鳴った。
「実は見逃すも見逃さないもないんだよ」
「へ?」
間抜けな声を上げる巨漢。
「その血、誰のだ?」
俺が指を指してやると巨漢は初めて床に広がりつつある血溜まりに気付いたようだ。
その血は巨漢を中心に広がっていた。
「お頭……」
ひげ面の男の声はかすれて消え入りそうだ。
おそらく倒れた場所が悪かったんだろう。こんなにも酒瓶だらけの部屋だ。倒れ込んだ拍子に割れた酒瓶のするどい切っ先が、偶然にも巨漢の腰の後ろを刺し貫いていたのだ。
「ひっ……ぎゃああああああああああああああああああっ!!」
俺に指摘されて、つい今まで忘れていた痛みが戻ってきたらしい。
巨漢の絶叫が部屋をびりびりと震わせた。
あの盗賊の首領は放っておいても死ぬだろう。わざわざ手を下すまでもない。
運よく助かったとして、他の手下連中も使い物にならなくなっているので、盗賊としてはやっていけないはずだ。
明日の食糧を確保するために、彼らがどんな努力をしていく必要があるのか。俺の知ったことではなかった。
願わくばこれを機に心を入れ替えてまっとうな仕事を探して欲しいと思うのは、都合がいい考えだろうか?
とりあえず今は囚われているという少女を助けることが優先だ。
その小屋は開かないように扉に止め板が打ち付けてあった。
数本の釘で適当に打ち付けてあるだけの雑な仕事だったが、女子供を監禁するには十分だろう。
俺は壁に足をかけて力任せに板を剥した。
「ひっ――」
部屋の中の少女は地味な服にスカートの、普通の町娘風の格好をしていた。
可愛らしい見た目で、まだ二十にも達していない歳だろう。
小屋の隅でひざを抱えてうずくまっている。
俺を見る目は恐怖に染まっていて、盗賊の仲間と勘違いしていることが見て取れた。
だが俺の後ろからひょっこり顔を覗かせたエリとアンナを見て、ようやく少女の表情が緩む。
「やっ、大丈夫だよ。私たちは君を助けに来たんだ」
「けがとか……してない?」
アンナの問いにコクコクと頷く少女。
そしてすぐに少女の目から涙があふれだした。
「あ……あ……うわあああああああああああああっ!!」
「ちょっ、おい!?」
立ち上がった少女は、がばっと勢いよく俺に抱き着いた。
「ひぐっ、うあああああっ! あああああああっ!!」
緊張の糸が切れたのだろう。少女は堰を切ったように泣いた。
「え、えと……」
ど、どうしたらいいんだ?
助けを求めるように首を回すと、アンナはぶすっとした顔で俺をにらんでいた。
エリは目を泳がせて頬を掻いている。
ううう、困った。
正直こんな可愛い女の子に頼られて泣きつかれるのは悪い気はしないのだが、他のみんなの視線が痛い。
少女の背中に手を回すなんて真似は絶対にするべきではないだろう。
頭をなでて落ち着かせてやりたいのだが、それもなんだかしてはいけないことのような気が……。
居心地が悪すぎる!
「役得だな」
最後にリズミナがとどめの一言を放った。




