盗賊に襲われる昼下がりの草原
アカビタルで一泊した後、俺たちは自宅があるバザンドラの町を目指して出発した。
リズミナは宿を出るとすぐに別行動。と言ってもおそらくはそれとわからないように後についてきているはずだ。
アカビタルからは王都へ向かう街道は人通りも多いのだが、バザンドラへまっすぐ向かうルートは閑散としている。
明るい緑色の草原と、その緑を切り分けるように伸びる乾いた土道。
木々もそこそこ多いのだが、視界の妨げになるほどではない。
「クリス」
背後に現れたのはリズミナだ。砂色のローブを羽織り、顔をフードで隠している。
「なんだ? やっぱりみんなでおしゃべりしながら楽しく歩きたくなったか?」
事実アリキア山脈踏破の旅ではそうしていたしな。
俺の冗談はむなしく黙殺された。
顔を隠しているときのリズミナは仕事モードに入っていて愛想がない。
「尾行だ。私たちはつけられているぞ」
「何人だ?」
「男が五人。ヘタな尾行だ。おそらく専門の技術を持った連中ではない」
専門の技術とはこの場合、リズミナのような隠密行動の技術のことを言うのだろう。事実リズミナのそれは完璧で、今この瞬間までどこにいたのかまったくわからなかった。おそらくその尾行の男たちとやらも、すでにリズミナに見つかっているとは思っていないはずだ。
ちらと後ろを振り向く。隠れられそうな木々はいくらでもあるが、特に人の気配は感じられない。
「ばか! いきなり振り向く奴があるか。私たちが尾行に気付いたことを向こうも今ので知ったはずだ」
「ま、それであきらめて帰ってくれるならよし。プロの連中じゃないんだろ? 悪意のあるやつなら襲って来れば返り討ちにしてやればいいし、悪意がないなら普通に接触してくるはずだ」
「はぁ……緊張感のないやつめ」
ため息を吐くリズミナ。
「大丈夫だよ。クリスは強いもん」
にへへっと笑うアンナ。こちらも緊張とは程遠い。
「ど、どどどどうしよう!? 私たち、どうなっちゃうの!?」
「お前が一番ビビるのかよ!」
大げさに両手を振って、慌てふためくエリ。ちょっと意外だった。
「言ったろ。心配いらない」
「で、でも……」
「ほれ、出てきたみたいだぞ」
背後の木々の陰から、男たちが現れた。
どこにでもいるような風体の連中だが目つきのするどさは隠せていない。着ている服はうす汚れてボロボロだが元は高級な仕立てだとわかる。たぶん盗品だ。
「へへへ……」
にやにや笑いを浮かべた男たちは俺たちに、ねばつくような視線を向けてくる。
「なんか用ですか?」
適当に言いながらも内心では、ただのならず者連中だろうと値踏みを済ませていた。
ならば恐れることはない。
「兄ちゃん、ずいぶんと上玉の女たちを連れているじゃねえか? お前みたいなガキがそりゃ贅沢ってもんだぜ」
そして俺のことを子ども扱い。
慣れたものなのでいつもは我慢しているのだが、ムカつきは当然感じている。
そしてこの手合いにはいちいち我慢してやる必要もないだろう。
「用件だけを言え。手短にな」
自分でも驚くくらいに冷たい声が出た。
男たちはそんな俺に一瞬目を丸くしたが、すぐに大声で笑い始めた。
「ぎゃははははは。こりゃあいい! こっちも話が早いほうが助かるぜ」
別の男が言った。
「金目の物と女だ。すべて置いてってもらうぜ。そうすりゃてめえの命だけは助けてやる。適当に近くの町まで行って警備兵にでも泣きつくんだな。どうせ取り合っちゃくれないだろうがな」
ああ、やっぱり。
思っていた通りのクソ野郎たちだったようだ。
この手のアホに絡まれたことは、そういえば意外と少なかった。
「それにしても今日はツイてるぜ。久々に女が手に入ったかと思ったら、すぐにまたこんな上玉がやってくるとはよ」
ん?
この男、今気になることを言ったぞ。
「だな。へへへ、一人で全員の相手をさせてたらあっという間に壊れちまう。だが三人いれば結構もつだろ」
やっぱりだ。
こいつら……。
「お前ら、他にも罪のない女の子を誘拐したのか?」
押し殺した俺の問いに、やはり馬鹿笑いで答える五人の男。
「ぶわっははははははは!! だったらどうする? ん?」
挑発的に首を突き出して言う男。
俺は懐の術符を掴み取った。




