ステーキサンド
温泉でさっぱりしたあとは腹が減る。
部屋で少しの間まったりした後、俺たちは連れだって宿の一階食堂へと向かう。
「この宿はメシもうまいんだ」
俺が三人を振り返って言うと、ちょうど食堂から出てきた店主のガレンは歯を見せて笑った。
「もうご用意はできていますよ。ささ、どうぞ席にお着きになってください」
「わーーーーい!!」
腹が減っていたのに食事を後回しにしていたから、アンナの喜びようはひとしおだった。
温泉を先にしたのは食事を用意してもらうため。
ガレンの料理の腕はアカビタルの町でも一目置かれるレベルだ。
「わはーっ! おいしそーーー!」
エリも両手を合わせて目を輝かせた。
リズミナは目立たないようしずしずと奥の席に座る。
前回この宿に泊まったときに食事をした部屋と同じ。一階の食堂は大きな長テーブルが置かれ、十人は同時に座れる席がある。
俺はさっそくイスに座り、テーブルの上の料理に目をやった。
木の実と野菜の炒め物に、白いクリームスープ。それに……ああ、これは。
「クリスさんに教えていただいたサンドイッチですよ。もうすっかり定番料理のひとつです」
並のステーキよりぶ厚い肉を挟んだ贅沢なサンドイッチは、使われたパンが薄紙に見えてしまうほどだ。
サンドイッチというかこりゃステーキサンドだな。
まさかまたモーガスの肉というわけではないだろうが、赤みが目立つミディアムレアの焼き加減は見るからに食欲をそそる。
「んんんーーーーーー! おーいしーーーーーー!!」
さっそくサンドイッチに大きくかぶりついて、アンナは満面の笑み。
どれ、俺も。
やわらかい!
一口噛んだ瞬間、口の中に肉のうま味がじゅわっと広がる。
予想通りモーガスの肉ではないようだが、この肉もめちゃくちゃおいしい。臭みもなくやわらかく、ほどよい脂身。一体どんな動物なのだろうか?
肉といっしょに挟まれた青野菜のシャキシャキ感がまた最高に肉に合う。
そして鼻をくすぐる香ばしい香り。これはいったいどういう仕掛けか。
テーブル後ろに立つ店主を振り返れば、すぐに説明が返ってきた。
「香りの強いラハスという木の実を炒った油を使っているんですよ。ラハス油で焼くことでお肉にいい香りが付くんです」
なるほど。こういうちょっとした手間が料理の味の決め手になっているのだ。
そして炒ったラハスはおそらくは……。
俺はてらてらと光る炒め物のほうを食べてみる。
スプーンですくった木の実はザクっとした食感。これだ。
いや、待てよ。
それだけではない、この炒め物には複数の種類の木の実が使われている。
カリッとした小さな実に、ザクっとした濃厚な実。そしてやや弾力のある香りの強い実だ。
もちろん野菜も複数種類使われていて、そのどれもが別々の食感で舌を楽しませてくれる。
このアスパラのような……いやにんにくの芽に近いか? 細身の茎の野菜が最高においしい。
味付けにはやや黒っぽいソースが使われている。これはなにか醤系だと思う。転生前の世界で一般的だったような味噌や醤油そのものの調味料にはまだ出会っていないが、同じように材料を発酵させて作る調味料は多種多様で、この世界でも驚くほどの種類がある。
最後は白いスープだな。
クリーム状の、見るからに濃厚そうなスープだ。
細かい緑が散らしてある。おそらく薬味の植物だろう。
ん、ああ。
一口飲んでわかった。
これはポタージュスープだな。裏ごしした野菜がベースになっていると思う。
バターの風味が効いてるけど、濃厚というよりは栄養たっぷりといった感じ。
結構甘みが強いけど、カボチャ……ではないよな。
なめらかな舌触りでほどよいコク。だけど素材まではちょっと予想が届かない。ま、おいしいからいいか。
味は薄めだけど他の料理とよく合っている。
アンナ辺りが好きそうな味だなと思って見てみれば、もうアンナの器は空になっていた。
「おいしぃーーーー! はふっはふ!」
「おいしい! おいしいぃぃーーーー!」
アンナとエリは片手にサンドイッチを持ちながら炒め野菜をガツガツと食べている。時折動きを止めて感極まったように宙を向くその表情は幸せそう。
なんだろう、アンナが二人いる。
一方リズミナはゆっくりとスープを口に運んでいた。しかしサンドイッチ皿のほうはきれいになくなっている。
俺も自分の皿の残りのサンドイッチに手を伸ばした。




