不思議な麺
オーリンズの町のとある道具屋に俺たちは来ていた。
「ほう、これはすごい……。なんという素晴らしい品」
店主のおじさんはずり下がった眼鏡の位置を直して言った。
道具屋と言ってもここは中央通りからはだいぶ離れていて、人通りの少ない一角。店もちょっとした小屋程度の大きさしかなく、商品の棚や上部が開け放たれた荷箱が所狭しと置かれていて、二人以上が並んで歩けるスペースはない。しかし雑多な品々を見ているだけでわくわくしてくる、そんな店だ。
ついさっき俺が見せた火炎符を、言われるがままに試したおじさんは飛び上がって驚いていた。
それはそうだろう。魔法など生まれてから一度も使ったことがない人間が、火炎符をかざして念じただけで火が出せたのだから。
俺が渡したのはライター程度の火が出せる着火用の火炎符だ。
それでも術符を知らない人から見れば、まさに魔法の道具。
「で、いくらで買っていただけますかね?」
カウンターにひじを乗せて、ずいっと身を乗り出して訊く。
「こ、これくらいでどうでしょう?」
おじさんが提示したのは家族でちょっとした外食が二回はできる金額。
めちゃくちゃな値段だ。
ここではいと頷いてしまったらさすがに良心が痛む。
「あー、その金額ならあと五枚はお付けできますよ」
「なんと! それはありがたい! ぜひお願いします!」
「ところで他にこんな符もあるんですがね……」
そう言って俺は新たな術符を取り出して見せた。
「いやー、儲かった儲かった」
「よかったね、クリス」
アンナとエリを連れて道を歩いている。
「ほんとにすごいよねー、その術符ってやつ」
店の中ではエリも感心しきりだった。エリはまだ解毒符しか見ていなかったのだから無理もない。
「まーな。これを作って売るのが俺の仕事だからな」
最近は額の大きすぎる臨時収入が転がり込んでくるようなことも多かったから、本業のほうがすっかりおろそかになってしまっていた。
せっかく異国の地へ来たのだからある程度稼いでおくのも悪くない。
さて、あと何件か回るか。
そう思っていたら、アンナに服を引っ張られた。
「ん?」
立ち止まったアンナの視線の先には一軒の店。何やらいい匂いが漂って来ている。飯屋だ。
そういえばお腹が空いていた。
「メシにするか」
「うん!」
俺たちはその店に入った。
「わはーっ! 外食ひっさしぶりー!」
テーブル席に座るなりエリはばんざいをして喜んだ。その拍子に大きな胸がぶるんと揺れる。
エリはラフなシャツに簡素なジャケット姿だから、どうしたって胸が目立つ。なにかこう、もうちょっと目立たないようにする服装とか……ないな。せいぜいリズミナみたいな全身覆うローブくらいしか手はない。しかしそれだとファッションとしてはいかがなものか。
「そうなのか?」
「うん。じいちゃんとの二人暮らし、そんなに余裕があるわけじゃなかったし。それに、私のために無理してるの知ってたからさ。もし外食したいなんて思ったって、自分からは言い出せないよ」
「ふーん。まあエリは一応アンナの侍女って扱いなんだから、これからは外食が中心になる。遠慮しないで食えよ」
「やったーーーー!!」
大喜びのエリ。まあ食い扶持が一人や二人増えたところで全然問題はない。アンナにも同性の友達が増えることはいいことだと思う。
そんなアンナはエリの様子を見てにこにこしていた。
「そうだ。せっかく地元民のエリがいるんだから、料理を選ぶのは任せるか」
「え? いいの?」
「ああ。侍女の初仕事だ。アンナの喜びそうな料理を注文してみてくれ」
冗談めかしてそう言うと、エリは大乗り気で喜んだ。
「焼きアミレイナにロージットにミルミル三人分! お願いしまーす!」
「はいよ!」
大声で叫ぶエリ。カウンターの向こうの調理スペースで威勢のいい返事がした。
迷いねえなこいつ。
一瞬で決めやがった。
やがて運ばれてきたのは皿に乗った大きな肉と、フタをした鍋と、白い果物だ。
「このお肉がアミレイナだよ。赤くて大きな鳥なんだ。私は森で狩ったことがあるよ!」
「鳥肉か」
たしかに足つき丸焼きの見た目は鳥だ。七面鳥を思い出す。
こんがりと焼き上がった表面は照りが付いている。油を塗って丁寧に焼かれているようだ。そして香ばしい匂いはただ焼いただけではないとわかる。味付けがされているはずだ。
さっそくナイフで切って、二又フォークで刺して口へと運ぶ。
やわらかい!
ジューシーな肉はひと噛みするだけで濃厚な肉汁が口の中にあふれる。
そしてピリっと……いや、かなり辛い。どうやら辛い味付けのようだ。
「わはーっ! おいしーーー! はふはふ」
大口を開けてもしゃもしゃと食べているエリ。
アンナを見ると。
「おいひぃーーー! けど、ううぅ……ひぃー、辛いよぉー」
だよな。
目に涙を溜めて舌を出すアンナはいつもより食べるペースが遅い。辛さに負けているのだ。
どうやらエリは自分が食べたい料理を注文しただけらしい。
しょうがないやつ。
満面の笑みで食べるエリを見ていたら文句を言う気も起こらない。
それに、料理自体は間違いなく美味しい。
辛さもこう……わかってても止められない、そんな感じだ。
次はロージットだな。
一人用の黒い鍋。フタを取った瞬間、とんでもないことが起こった。
「うわっ、なんだこりゃ!?」
もこもこと泡がふくれ上がって、テーブルにまではみ出してしまう。
どうなってるんだこの料理。
「早く巻き取って! 棒でこうやって」
慌てたエリが付属の長い木の棒をふくれ続ける泡に突っ込んで、くるくると回した。
棒に絡めとられた泡はみるみる形を変えて薄く延ばされて棒に巻きついていく。
「で、フタ閉める!」
エリは手際よく鍋のフタを閉めた。
「はい、どうぞ」
渡された棒には、一センチ幅の麺のようなものが何重にも巻かれていた。
泡を棒で巻き取って、巻いてるうちに麺になって、なんなんだこれは……。
理解不能な料理だった。
一口食べてみると、意外な歯ごたえ。
結構しっかりしている。このたしかなコシは麺で間違いない。
味はうっすらだがちゃんとうま味がある。なにかの出汁が効いている。
不思議だ……泡が麺になるなんて。
「あーあ、ちょっとこぼれちゃったね」
見ればテーブルには泡が縮んで固まったパンくずのようなものがこびりついていた。
もう一度鍋のフタを開けて、火山の噴煙のようにふくれ上がるもこもこを、今度はちゃんと巻き取った。
こうやって何度もフタを開け閉めして巻き取って食べるのか。
「あわっ、あわわわ……」
アンナも不思議な泡に悪戦苦闘してた。
めちゃくちゃ不思議な料理だけど、おいしいからよし、だな。
最後は白い果物、ミルミル。
さて、どんな驚きが待っているか……。
表面は全く硬くはない。ふにふにとしててモモみたいだ。
「そのまま齧るんだよ」
とはエリの説明。
どれどれ。
ああ、美味しい。
果肉はまるでぜりーで、ぷるんとした食感。甘さは控え目であっさりしているけど、酸っぱさも感じない。クセがなくて食べやすいフルーツだ。
俺は半分食べたミルミルの断面をまじまじと見つめる。少し白っぽい透明。
「どうしたの?」
「いや、激辛肉にびっくりアワアワ麺の次になにが来るかと思ったら、意外と普通の果物だったなって」
「あはは。びっくりした? なら頼んだかいがあったなー」
「お前、驚かそうと思って注文したのか」
まあおいしかったからいいけど。
「面白かったでしょ?」
エリはアンナに笑いかける。
「うん!」
アンナも大満足の様子だった。




