思わぬ申し出
そして翌日。
俺たちが泊る宿に、ウェルニーリが再び訪ねてきていた。エリを連れている。
「やめてください。そんなことをされても困ります」
俺の部屋に来るなり床に頭が付きそうなくらいの土下座をするウェルニーリ。
「いいえ。フェリシアーナ様に我々の盟主になっていただくことを了承していただかない限り、ここをどくわけにはいきません」
「フェリシアーナ様はやめてって……」
「わかりました。ではアンナ様。どうか我々を率いてイリシュアールを正しい道へお導きください」
やっぱりこうなってしまったか。
決起。
ジュザックが言っていたことが本当だったかどうかはわからないが、今ウェルニーリたちはアンナを旗印に担ぎ上げて行動を起こそうとしている。
「アンナ」
俺が促すとアンナはきっぱりと言った。
「あたしは今のままでクリスといっしょにいたいだけなんです。王女様とか、みんなを率いるとか、そういうことはできません」
「みなの悲願なのです。今はわずかな人数。無謀と思われるかもしれません。しかしアンナ様がいるとわかればイリシュアールで我々に呼応する勢力はきっと現れます。情報では今のイリシュアールはキリリュエードの腐敗政治のせいで人心は離れています。チャンスなのです」
「困ります」
もう一度言った。
今度はエリもウェルニーリの肩に手を置く。
「ねえじいちゃん。アンナちゃんたちもこう言ってるんだから、いい加減無理強いするのはやめようよ」
「どうしても、なのですか?」
「どうしてもです。あなたの考えを無謀と一蹴することはしませんが、それでもどう考えたって勝算は薄い。それに、戦争を起こすとなれば多くの人の血が流れる。アンナも俺もそれは望みません。そしてアンナに危険が及ぶようなことは出来る限り避けたいと思っています」
「ぐっ……」
顔を上げたウェルニーリはぎりぎりと唇を噛んで俺をにらむ。それほどに必死なのだ。
「あなた方はこの十数年間で見事にシャーバンスに根を下ろし、平和に生活しています。この地で結婚されて、子供が生まれた人もいらっしゃるではないですか。大事なのは家族を愛し、今ある平和を守ることではないのですか?」
「我々は……イリシュアール人です!」
ウェルニーリは声を荒らげる。
「とにかく、申し出は受け入れられません」
「ぐぅぅっ……そう、ですか……」
悔しそうにきつく拳を握るウェルニーリ。
しばらくの沈黙が流れる。
そして再び口を開い彼はとんでもないことを言った。
「それでは……エリを、もらってください」
「は?」
頭が真っ白になる。
なにを言われているのか理解が出来なかった。
思わずエリを見ると、彼女はにっこり微笑んだ。
うっ。思わずエリのシャツを押し上げる大きすぎる胸に目が行ってしまった。
落ち着け、俺。
でももらってやってくれって……どういう意味なんだ?
その、えと……俺にってことか?
孫を嫁にやる、とかそういう意味なのだろうか?
ううう、そんなこと……受けられるわけが……。たしかにエリはめちゃくちゃかわいい。いやそもそも俺にはアンナが……だけど、そんなストレートな言い方をされるともろに意識してしまって……あああっ、どうしたらいいんだ!
「もうエリには話をしてあります。アンナ様を盟主に戴くことが叶わないのならば、せめてエリを侍女として手元に置いてやってください」
えっ。
……侍女?
「ああ、侍女! そうですよね! そういうことですか。なるほど……って、えええーーー!? 待ってください! エリはあなたのたった一人の家族ですよね。どれだけ彼女を大事に思っているのか、教えてくれたじゃないですか。それはエリだって同じはずですよね。そんなこと……」
「だからこそ、ですよ。私がどれほどアンナ様を大切に思っているか、その覚悟を示したいのです。それに、私の代わりにエリにはお二人の色々なことを見て聞いて、いつか私に教えて欲しいのです。これは重要な役目なんです」
たしかに申し出はありがたい。アンナには気軽に話せる同性の友達が必要かもしれない。リズミナはアンナにもやさしいが、あくまで警護対象として接しているし。
「いいのか、エリ?」
エリは手を頭の後ろに回して笑った。
「昨日じいちゃんに真剣に説得されてさー。そこまで言うなら頼みを聞かないわけにはいかないじゃん? それに、二人といっしょにいるのも楽しそうだし」
あれこれ悩むのは昨日のうちに済ませてあるのだろう。エリの笑顔は明るかった。
「アンナ、どうする?」
アンナは満面の笑顔。
「よろしくっ! エリちゃん!」
「わはーっ! よろしく!!」
二人はどちらからともなく抱きついて、ダンスでも踊るかのようにくるくる回った。




