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自宅への帰還

 そして翌日。アールドグレインの町の入り口。

 今回の仕事では行きにあれほど苦労したから、帰りは万全の準備を整えて臨んだ。

 割れ防止の荒縄を巻いた水の入った陶器の瓶。多めのパン。それと毛布だ。

 街道沿いには廃屋がたくさんあったから、もし降られても雨つゆを凌ぐのには苦労しないだろう。


「じゃ、行くか。覚悟はいいか?」

「クリス、また行き倒れたりしないかな? 大丈夫かなぁ」

「いやあれは準備が足りなかっただけだ。あの時は水も食糧も持ってなかったからな」

「はいはい。そういうことにしてあげる。しゅっぱつしんこー!」


 そう言ってすたすたと歩きだすアンナ。

 その姿からは一度は衰弱して倒れたことなど微塵も感じられなかった。

 なので、お前だって倒れただろという言葉は苦笑いに変えておいた。

 やっぱりあの露店でポポルッカをねだられ、食べながら歩いた。

 行きに休憩した大きな木を見つけると、アンナは俺を見てへらっと笑う。

 少し早いが休憩ということで、あの時と同じように木の幹に背中を預けて座り込む。

 アンナはやっぱり俺の足の間に入って、頭を胸のあたりに押し付けた。


「んふーー」


 アンナはきっとふかふかのベッドにでも寝そべっている気分なのだろう。実に満足げだ。

 俺は堅い木の幹のゴツゴツ感しか感じしかないわけだが。

 いや、まあ、アンナに乗っかられるのは悪い気は……しない。

 特に、身ぎれいにして変身としか言いようのない変化を遂げた後のアンナだと、妙に意識してしまって頬が熱くなる。

 その後の道中で特に事件はなかった。

 適当な廃屋で一夜を明かし、無事にキリアヒーストル領バザンドラの町へと帰ることができた。




 

 バザンドラはキリアヒーストルでも辺境の田舎町程度の町だが、俺が苦労してお金を貯めて初めて店を持ったなじみの深い場所だ。

 町に入るや俺の顔を見た男が一人、顔色を変えた。


「おいおいクリス、帰ってきたのか」


 二十代後半くらいのそいつは、顔なじみのリックだ。靴職人をしている。

 俺より一回りも年上だが、年齢差を気にせず友人扱いしてくれている。

 まあ俺には転生前には二十年の人生があったわけだけど。


「どうしたんだリック、顔色を変えて」

「どうしたもこうしたもあるか! 店、見てみろよ。大変なことになってるぜ」


 言われて嫌な予感がした。

 前に仕事で数日店を空けた時には――。

 走り出そうとした俺をリックが呼び止める。


「待てよ。水くさいぜ。そっちの可愛い子、どこで拾ってきたんだ? 兄妹、じゃあないよな?」


 拾ってきた、とはあんまりな言い方だが、まさにその通りなのだから困る。だけどそのまま言うわけにもいかない。

 とりあえずこう言っておくことにした。


「あー……弟子、だな。ああいや、助手か。そんなとこ」

「アンナだよっ! よろしく!」

「おーおーいい子じゃないか。俺はリックってんだ。こいつがこの町で店を持とうと駆けずり回ってる時に、ちょいと手助けしてやった間柄さ」

「ははは……よく言うぜ」


 こいつの持ちかけたとある儲け話に乗っかったせいで、二人とも騙されてあやうく一文無しになるところだったってのに。


「じゃ、店が気になるから行ってくる」

「そうだ、俺も火炎符切らしてたんだ。頼めるか?」

「ああ、それなら今手持ちがある。何枚だ?」

「十枚ほど。焚き火用のやつでいい」


 俺は紐を通した紙片の束から火炎符を引き抜く。


「ほい、火炎符十枚。焚き火用な」

「助かるぜ。おっといけねえ。あんまり油売ってると親方にしかられちまう。じゃあな!」


 そう言ってさっと身をひるがえすリック。


「おい! 金! 金払えよ!」

「いつも通りツケといてくれ!」

「ばかやろう!!」


 文句を言った時にはリックはもう走り出していた。相変わらず素早い。


「ったく。火炎符だって作るの手間なんだぞ……ん?」


 アンナがおかしそうに笑っていた。


「いい人そうだね」

「どうだか」


 俺は嫌そーーーーな顔をして見せたが、アンナにはそれが大うけだった。


「あははははははは! その顔! もう一回! もう一回やって」


 こいつ……。

 馬のフンでも口にしましたという顔をしてやる。


「あはははははははは!!」


 お腹を抱えて笑いまくりやがる。

 俺はその頭を少し強めにぐりぐり撫でて言った。


「ほれ、行くぞ」


 町の中央通りから外れて、細道を歩く。


「ねえねえクリス、さっき言ったの」


 そわそわとした様子のアンナ。


「ん?」

「だから……あたしのこと、助手って」

「ああ、そのことか。嫌だったか?」


 ぶんぶんと首を振るアンナ。


「あたし、なる! クリスの助手! なりたい!」


 世間体とかを考えたら助手ということにしておいた方が無難かな、と思ってとっさに言っただけなのだが、アンナはうれしそうだった。


「おーう、大変だぞー。こき使ってやるぞー」


 冗談めかして脅してみるのだが、アンナは逆に声を弾ませた。


「うん! なんでもするっ! クリスの役に立ちたい!」

「うっ……」


 そんなキラキラした目で言われると……。

 は、恥ずかしい!

 こっちが恥ずかしくなるだろ!

 自分の頬が赤くなってないか気になって思わず触ってしまう。


「じゃ、じゃあ今日からお前、助手な」

「やったーーーーーーー!!」


 大喜びで飛び跳ねるアンナ。

 こいつは……本当に……本当に。

 照れを誤魔化すようにアンナの頭を撫でてしまう。


「えへへー……」


 されるがままのアンナはうれしそうに目を細めていた。

 そうして町の外れまで行くと、森を背にした一軒家が見えてくる。

 数日ぶりに帰ってきた自宅兼店。

 それは木造二階建ての小さな家だ。

 そして、今その家の扉、窓、壁、いたるところに貼り紙が貼り付けられまくっていた。

 一枚を剥して手に取る。


「なんて書いてあるの?」


 出会ってから今日までに分かったことがある。アンナは字が読めない。

 ま、少しずつ教えていくか。


「あー、注文だな。商品の。ええと氷冷符大至急、戻り次第連絡されたし。こっちは送風符。出力できるだけ高めで。連絡ください、か。溜まってるな」


 商売繁盛なのは結構だが、一人でやってるとどうしてもこうなってしまう。

 一応しばらく店を空ける旨の貼り紙はしておいたはずだが、注文の貼り紙が上から上から貼られてすっかり隠れてしまっていた。

 今回の爆破符二百枚の取引は、さすがに物が物だけにヤバすぎて人任せにできなかったから自ら足を運んだのだが、困ったものだ。

 さて、溜まった仕事のどれから片付けるか。

 そう思って貼り紙を見比べていると、横でアンナのお腹がくーっと鳴った。

 ああ、そういえば俺もお腹が減っていた。

 仕事……。

 飯……。


「メシだーーーーーーー!」

「おーーーーーーーーー!」


 俺の叫びに合わせてアンナも両手を振り上げた。

 扉を開けて乱暴に荷物を放り入れて、素早く施錠し直すと、俺とアンナは商店通りへと向かった。

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