謎の少女再び
さすがに俺との実力差を理解したのだろう。
ジュザックはじりじりとすり足で距離を取りながら口を開く。
「俺の長話に付き合った結果、中の連中はどうなった? 毒でくたばった連中はお前が殺したようなもんだ。お前も俺と同類だ。見殺しにしたんだよ」
「エリとアンナが治療してくれている」
「はっ! 小娘二人になにができる。ゆっくりともがき苦しみながら毒に体を蝕まれてゆく仲間たちを眺めていることしかできん。あの毒はすぐには死なないからな。その分地獄をたっぷりと見せてやることができ――」
ジュザックにそれ以上言わせず俺はもう一撃魔法を放った。
「ぐあああああああああっ!」
痛みに絶叫するジュザック。
かろうじて身をひねったようだが風の刃は大きくその肩を切り裂いた。
「クリス!!」
アンナだ。教会から出てきたのだ。
アンナの声に一瞬注意がそれる。
そのスキを突いたジュザックは素早く走りだす。たった今教会の入り口から出てきたアンナを捕まえるつもりだ。
「アンナ!」
くそっ!
ジュザックのほうが入り口に近かったのが災いした。
間に合わない!!
だがジュザックの腕がアンナを捕らえる、その瞬間。
教会の屋根の上から飛び降りたリズミナがジュザックに襲い掛かる。
不意打ちの頭上からの攻撃。
絶対に避けれない。そう思った。
「うぐっ!?」
しかしリズミナはなにか見えない力に弾かれるようにして横っ飛びに跳ね飛ばされてしまう。
「リズミナっ!」
そして教会脇から一人の人物が現れる。
「お前は……」
暗緑色のローブを身にまとった人物。魔術師の――リルスウェインと言ったか。
こいつが魔法でリズミナの奇襲を防いだのだ。
「遅いぞリルスウェイン! さて、王女の命が惜しければ言うことを聞いてもらおうか?」
しまった!
ジュザックはアンナを背後からしっかりと拘束していた。
アンナの首に腕を絡ませて、声を喜色に弾ませるジュザック。
形成は逆転した。
「くそっ――」
「……」
リルスウェインは黙して語らない。アンナを助けるつもりもないらしい。そもそもジュザックを止めようとしたリズミナを攻撃したのはこいつだ。敵、と見るしかないだろう。
俺はこいつの声すらまだ聞いていない。
エリが言うには優秀な魔術師ということらしいが。
そこへエリもやってきた。
「私とアンナちゃんでみんなを治療したよ! クリスの道具はたぶん……効いてる――ってアンナちゃん!?」
エリはジュザックとリルスウェインを見て驚きの声を上げた。
そしてすぐに状況を察したようだ。
怒りの目をジュザックたちに向ける。
「まさか……ジュザック! あなたが!」
「よう、エリ。悪いな。もうお仲間ごっこはやめにしたんだ。このガキに代って、俺が王になってやることにしたんだよ」
「なに馬鹿なこと言ってんのよ! リル、あんたもそんな男にくっついてるんじゃないわよ! いい加減目を覚ましなさい!」
全身をすっぽり覆うローブ姿が、一瞬びくんと震えたように見えた。
エリの言葉に動揺しているのか?
「ちっ! 黙れクソガキ! 全員王女の命が惜しければ今すぐ武器を捨てるんだ。魔術師のガキ、てめえはそのおかしな紙切れだ。早くしろ」
ジュザックはアンナの喉元に短剣を突き付けている。
絶対絶命。
いや、ジュザックは俺が脳内詠唱の技術を持っていることを知らない。術符を捨てて油断させたところを、詠唱完了した魔法で仕留める。それしかない。
俺は脳内詠唱を開始した。
が、そのとき。
「え……」
声はジュザックのもの。
遅れてその口からは鮮血があふれだす。
力を失った腕からアンナが解放される。
アンナは俺のほうへと駆けてきた。
「クリス!!」
俺はアンナをしっかりと抱き寄せた。
ジュザックの背後から、ゆらりと一人の人物が姿を現した。手に持つのはたった今ジュザックを背後から刺し貫いた血濡れのナイフ。
その人物を俺は見たことがある。
レクレア村跡で見たオレンジのローブの少女だ。リルスウェインとは違って顔は出している。
オレンジ色のローブに青い刺繍。そして褐色の肌。豊かな髪。
「……お姉ちゃん!?」
驚きの声はリルスウェインのもの。
リルスウェインのフードの中の声は意外にも少女のそれだった。
「……」
あのとき見たままの姿のオレンジの少女は、じっとリルスウェインを見つめていた。
そこには少しの感情もこもっていない。まるで道端の石でも見ているかのようだ。
それでも変化は劇的で、リルスウェインは俺たちに背を向けて逃げ出したのだ。
俺はその背中を追おうか一瞬迷ったが、アンナを助けることを優先した。
「大丈夫か?」
俺の問いに、しっかりとうなずくアンナ。
「うん」
オレンジのローブの少女は、いまだ血を滴らせるナイフを無造作に持ったまま口を開いた。
「やれやれ。リルの行動には困ったものだ。明らかに重大な違反行為だ。そしてジュザック」
「あ……う……ぐっ……」
ジュザックは地面に仰向けに倒れて、うつろな目をして体を震わせていた。
口と背中からは大量の血があふれ、地面には血だまりができつつあった。
誰がどう見ても致命傷だった。




