凶行
部屋のドアをぶち開けて礼拝堂を走り抜ける。
教会の扉を抜けて――いた!
「ジュザック!!!」
「おや」
月明りの中、ジュザックは教会の前で穏やかな笑みをたたえていた。
その落ち着き払った笑みを見た瞬間確信した。
やはり、この男……!
「ああ、なんだ。飲まなかったのか。これだからガキは……」
もはやその邪悪を隠そうともせず、ジュザックはあざけりの笑いを浮かべていた。
「まあ残るはガキどもだけ。ならば直接手を下せば同じことだ……」
そう言って腰の剣を抜く。
スラリと抜き放たれた刀身は、今日この日のために磨かれたとでもいうような輝きを放っている。
俺は有無を言わせず火炎符を放つ。
「むっ――」
驚くべき身のこなしで火球を避けるジュザック。
「貴様、魔術師か……」
「符術士だ。裏切者のおっさん」
「裏切り……裏切りねぇ」
くつくつと暗い笑い声を上げる。
「裏切ったのはあいつらのほうなんだよ」
ジュザックは剣を構えたまま抜け目なく俺の動きを観察している。どんなわずかな魔法の気配も見逃さないとでも言いたげなするどい目つきだった。
「教えてやる。王女が来なければ俺が王子として祭り上げられ、決起する予定だったんだ」
「なんだって!?」
「馬鹿な話だと笑うか? だが俺の計画の現実性を知れば、みんなも納得してくれるはずだった。あとは機を待つだけだった。それなのに……くそっ、貴様が王女なんて連れてこなければ……俺が! 俺が王になるはずだったんだ!」
顔に狂気を浮かべてまくしたてるジュザック。
本気でそんなことを言っているのか?
この男の言うことはとても実現可能とは思えない。絵空事だ。
それをこの男は……。
「はずだったってことは、つまり全部お前の妄想だってことだ。そんな馬鹿な話にあの人たちが乗るとは思えない!」
「黙れ!」
ジュザックの剣のするどい一撃。
その剣はすでに展開しておいた障壁符の不可視の壁に遮られた。
「むっ……」
飛び退って距離を開けたジュザックは一瞬顔をしかめたが、すぐに軽薄な笑みを浮かべた。
「王女が現れたのは予想外だったが……なに、逆に考えればこれは全員を一度に殺すチャンスと言えるかもしれんな。俺を影武者だと知る人物は今日全員死ぬんだ」
「王になるなど……狂ってる」
「それができるんだよなぁ。そのための力をすでに俺は手に入れた」
そう言ってジュザックが懐から取り出したのは布袋。
武器か? 爆薬の類か?
警戒する俺をよそに取り出されたのは小さな鈴だ。
ジュザックは弄ぶように鈴を揺らす。それはシャラっと澄んだ音を立てた。袋の中身も鈴が詰まっているのだろうが、そちらは音を立てない。袋に魔法的な仕掛けがしてあるのだ。
「こいつはとある魔法と反応して、周囲の魔物の意識に作用する音を撒き散らすことができる代物だ。イリシュアールの小さな村ですでに実験は済ませた。これを使って次は王都を魔物に襲わせる」
間違いない。俺たちがはるばるシャーバンスまで来るきっかけとなったあの鈴だ。
想像していたより恐ろしい効果を持っていたようだ。
イリシュアールのレクレア村を襲ったのはジュザックが仕掛けた鈴のせいだったのか。
ジュザックは山越えの交易をしていたと言っていたが、それは鈴の実験という本来の目的を隠すためのカムフラージュだったのだ。
「そのことを他の人たちは知っているのか?」
ウェルニーリの穏やかな表情を思い出す。とてもそんな危険な道具を使うような人には見えなかった。
「知っているのは俺とリルスウェインだけだ。あいつの復讐心は本物だ。俺たち王子派の人間の比ではない。人間全体に対する業火のような憎しみを持っている。俺はそれを利用させてもらったのさ」
魔術師が協力しているのなら、危険な山越えも無理な話ではないということだ。
暗い笑みを浮かべてジュザックは、ねばつくような言葉を吐き出す。
「俺は王都を魔物に襲わせた後、機を見て王子として名乗りを上げ、魔物たちの襲撃をやめさせる。見事に魔物たちを撃退した俺を本物の王子ではないと疑う人間はいないという寸法さ。人々は喝采を上げるだろう。死んだはずの王子は実は生きていたとね。そうだな……死んだ王子のほうを影武者だったことにしてもいい。それでも王宮の主だった人間にはできるだけ多く死んでもらう必要があるから、タイミングは慎重に計る必要はあるがな」
最悪の計画だ。こいつは止めなければいけない。
俺は風刃符を放つ。
火炎符とは比べ物にならない速度で発射される、見えない刃。
ジュザックの手から跳ね飛ばされた剣が宙を舞った。
「なっ――」
驚愕に目を見開くジュザック。
そしていまいましげに俺をにらみつけてくる。
その額には汗が浮かんでいた。




